花ノ魔王

長月 鳥

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第六章 ガーベラ

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 「え? その魔法って花を人の姿にするだけじゃないの?」
 エミリーは絶句した。
 「ははは、そうみたいだね……」
 ハナもまた動揺を隠せない。

 ストレリチアの花はハナの魔法によってその姿を変えた。
 情熱的な赤い瞳。
 まるで輝く女王の冠を思わせる冠羽。
 鋭い嘴(くちばし)と極彩色の羽。
 その羽を広げると、ジェルベーラが倒したミノタウロスよりも巨大な鳥だった。

 「でっかい鳥さん……」
 ハナがそう呟くと、ストレリチアの花だった鳥は再び叫ぶ。

 「なんか怒ってないですか?」
 「そ、そうかな……」
 「それにしても、なんで鳥なんですか?」
 「きっとあれだよ、ストレリチアは別名で極楽鳥花。花の形が鳥みたいだからそう呼ばれているんだ。だからだよ」
 「だからだよ、っていい加減な魔法ですね……」
 しかし、エミリーはニコの残した研究記録を思い返した。


 ハナの魔法は、その花の特性をもって具現化する可能性がある。

 もしくは、花がこうあって欲しいとの願い、或いはハナの潜在意識の中の花の姿。

 どちらにせよ、魔法は使う者の意思の強さに比例する。
 これがハナの持つ潜在的な能力だとすれば、魔法の概念が覆る。
 そして、この世界はハナの魔法により破滅に向かう恐れが……。


 エミリーは寒気を覚えた。
 今回は巨大な鳥だが、これが魔物だとしたら……。
 
 「ピィィーー」
 巨大な鳥は奇声を上げ、ハナの足元に向け、鋭いくちばしを振り下ろした。
 「びっくりしたぁ、あ、暴れるのは止めてよラクチョ」
 ハナは寸でのところでくちばしを避けて、苦笑いを浮かべて鳥を見上げた。
 「確認するけど、ラクチョって、この鳥の名前?」
 恐らく、いや、間違いなくゴク“ラクチョ”ウの真ん中を取って付けた名前だということをエミリーは確信していたが、せめてそこはスト“レリチ”アのレリチにしてあげなよ、とは言わなかった。
 「うん、良い名前でしょ」
 「ピィィィィーーーー」
 「たぶん名前に怒ってると思うよ」
 「いや、名前を呼ぶ前から怒ってたよ」
 「そうかもしれませんけど、どうにかしないと、あの巨体でじゃれつかれたら死んじゃいますよ」
 「で、でもどうすれば」

 戸惑うハナ。
 しかし、巨大な鳥のくちばしは容赦なく振り下ろされる。

 「ちょっ、止めてよラクチョっ、どうしてこんなことするのさ」
 執拗にハナを狙う巨大な鳥。
 ハナも初めは冗談交じりで避けていたが、地面を抉る威力と、言葉が通じない相手に、いつしか笑顔は消え、必死に逃げ惑う。

 「ぐあっ」
 そして巨大なくちばしは、ついにハナの右足ふくらはぎを切り裂いた。
 傷は浅かったが、血が流れ、ハナは恐怖で固まってしまう。

 「ハナっ」
 エミリーは咄嗟に風魔法のウィンドショットを唱えた。
 初級魔法であるため、威力が期待できないのは承知の上、少しでも鳥の注意を引き付けることができれば良いと思った。

 なんで私がハナを助けなきゃ……。
 エミリーは自問自答したが、ファザの命令が頭を過る。
 「ハナ、いやハナの魔法を監視し報告しろ。そして絶対に死なせるな、身を挺して守れ」

 ハナにもしものことがあり、自分だけが無事に父親の元に戻ったら……。
 きっと幻滅させてしまうだろう。
 もう、興味をもってもらえないかもしれない。
 最悪の場合、ハナと同じように捨てられる。

 それだけは絶対に嫌だ。

 エミリーは、覚悟を決め、魔法を放つ。

 「ひとつだけこのダンジョンから出る方法があります。私のウィンドショットに乗って、あの天井を抜けて下さいっ」
 ウィンドショットの衝撃を受けた体の部位は、怪我どころでは済まないだろう。しかし、ここで2人で野垂れ死ぬよりはマシ。
 鳥の注意を引き、外に出たハナが救助を呼ぶまで風魔法で逃げ切る。
 エミリーは、ハナに向かって“逃げて”と叫んだ。

 「逃げるもんか」
 ハナは怪我をした足を引き摺り、両手を広げてエミリーと巨鳥の間に立った。

 「ハナにい……」
 巨鳥を視界から遠ざけてくれたハナの背中を心強く思い、自分の口から発せられそうになった言葉をエミリーは咄嗟に飲み込んだ。
 「どちらかが地上に出られれば助けを呼べます。2人一緒に死ぬなんてバカげている」
 「どちらかとか言うなら、エミリーが逃げるべきだ」
 ハナはエミリーの提案を強く否定した。
 「地面に風魔法を放ったところで、私の体はあそこまで届かない。ちょっと、いや、かなり痛いかもしれないけど、ハナを飛ばすことならできるハズ」
 「エミリーを置いては行けないよ」
 「バカ、分からず屋、いい加減大人になってよ、冷静に考えてあなたが助からないと誰も得しないの、さっさと行って」
 エミリーはそう叫ぶと、ハナの背中に拳を突き付けた。

 「大丈夫……大丈夫だよエミリー、怖がらないで」
 背中に感じたエミリーの微かな手の震え。
 ハナは一歩、また一歩と巨鳥へ歩み入る。

 「ラクチョも、そうだ。怖がらなくていいよ、僕は君を傷付けない」
 
 ストレリチアの花だった巨鳥は、ハナの優しい顔を見つめて思う。

 自分は何故こうも激高しているのだろう。
 先程まで、咲いていたのに無理矢理にこんな姿にされたからだろうか。
 一生懸命に咲いたとしても、あの牛の魔物に踏み荒らされるからだろうか。
 日が傾き、差し込む太陽の光が消え、瞬く間に枯れてしまうからだろうか。
 それらの怒りを、この小さな少年にぶつけたところで何も解決しないのに……。

 巨鳥は天を仰ぎ、そして再び思う。

 ああ、そうだ、自分はここから抜け出したかったのだ。
 あの遠く小さな穴を抜け、あの太陽の光を独占したかったのだ。

 「ピィィィィーーーー」
 巨鳥は高らかに叫び、ハナを啄み、エミリーを右足で掴むと、大きな羽を広げ、羽ばたいた。
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