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第四章 彼岸花
悲しい思い出
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「リリーちゃん、お願いだから元の花に戻って」
ハナはリリーを睨んで言った。
リリーの言動の全てが許容出来なかった。
大好きな花を初めて憎いと思った。
「それは、私への敵意ですか?」
リリーは、ハナの変化に口角を下げる。
「怖くないよ、僕に花の魔法は効かないことは分かっている」
シクラメンと芥子の毒はハナに影響を及ぼさなかった。
彼岸花がどんなに強い毒を持っていても、効果がなければ怖くない。
ハナは恐怖に震える自信の体に強く言い聞かせた。
「思っていたよりも賢いのですね、流石マスターです……でもね」
リリーはハナの首筋に赤く鋭利な指の爪を立て
「こんなにも柔らかい肌……簡単に切り裂けますよ」
そう言って、今度は笑って見せた。
ハナは首筋に滲む血を拭おうともせず
「元に戻って」
そう言って睨んだ目を逸らそうとしなかった。
「そうですか……ならば仕方がないですね」
リリーが少し溜め息をつき、次の動作に移ろうとした矢先。
「そこまでだ、彼岸の花よ」
今度は、リリーの首筋に地面に刺さっていたはずの大剣が触れた。
ワンは魔力を最小まで落とし、殺意を消し、気配までをも消して、無心で歩き、そしてリリーの背後に至っていた。
「あらあら……まったく敵意がなかったので気が付きませんでしたよ」
リリーは大剣を握るワンの腕にそっと触れる。
「殺意がないのに殺せるのですか……素晴らしいわ」
「恨むなら我が父を恨め」
敵を殺すときは、息を吐くように殺せ
躊躇なく殺せ
無心で殺せ
欺き殺せ
殺せ、殺せ、殺せ
幼少期から繰り返されたファザの教えが耳で蠢き、ワンは大剣を振り抜いた。
「優しいマスター、また近いうちにお会いしましょうね」
宙に舞うリリーの頭部。その口から発せられた言葉に、ハナは耳を塞いだ。
「もっと抗うと思ったが……或いは既にハナの願いを……」
ワンが感じた違和感は、苦しみのないリリーの顔が物語っていた。
リリーの身体能力は「葉見ず花見ず」という彼岸花の特性に由来していた。
彼岸花は葉があるときには花を咲かせず、花を咲かせる間は葉をつけない。
故に、花であるときには全ての生命力、つまり魔力を自信に宿し、それを身体能力として備えることが出来た。
その力は、アララガ国最強と呼ばれる剣聖ワンはおろか、大賢者ファザをも容易く凌駕していた。
その気になれば、どれだけワンが魔力を込めた剣を振るってもリリーの体に傷をつけることは出来ない。
音速で飛んできた剣弓を避けることも容易だった。
だが、リリーは甘んじてワンの刃を受け入れた。
思えば、もっと早くにそうするべきだった。
リリーは怯えるハナの顔を見ながら後悔した。
ハナの魔法で人の体を手に入れた彼岸花の花は、己の能力をすぐに理解していた。
獣から神聖な墓を守るため、全草に毒をもつ彼岸花が用いられるようになってから随分と時は経っていて、逸話となった今でも死を連想させる花として人々の記憶に息づいている。
それが魔法効果として発現するのは必然だった。
守る為に殺す。
それだけが己の存在意義。
リリーはそう確信していた。
そして、それを正当化するために、死は尊いものだと意識づけた。
死人が眠る墓を守ってきたことも、その結論に至らせる十分な理由であった。
死人は神聖なもの、つまり死とは神聖な事象の結果。
死は終わりではない。
彼岸の地は救いの地だ。
人は死を尊び、崇め、解放の場として示していると解釈した。
敵意とは願望、死を欲している者の証。
だから、まずはその者達を彼岸に送ろうと決意し、それが己が生まれた意味だと強く思うことにした。
死の花ゆえに、死の匂いにも敏感だった。
死を弄び、死の意味を求める者に強く惹かれた。
死を経験すれば善き理解者となり得るだろう。
死という概念をゆっくりと味わってもらえば、さらに神聖な場所へ導けるのだと思った。
望まずして手に入れた魔法の力。
全てが手探りだった。
己の存在意義は死を与えること以外にないと思った。
呼び出された瞬間にハナが気を失ったことも要因としてあった。
最初に会話した相手が、死を望む者でなく。
人を憎まず、花を想い、誰かのために泣くことのできる少年だったなら……。
「きっと、もう手遅れよね……」
ある意味では産みの親であるハナの怒り、畏れに触れたリリーは間違いに気付こうと思考したが、与えた死の数の多さを顧みて”あきらめ”た。
花に戻ったそのときに、己の存在意義を見失ってしまいそうで怖かったとも言えた。
「あなた方に相応しい死が訪れることを願っています」
ワンの剣を受け入れたリリーはそう言い残し、赤く燃え、そして雪のような灰となって降り注いだ。
「綺麗だな……」
ワンは、散り行く花にその言葉を贈り
「リリーちゃん……」
ハナは、分かり合えなかった切なさを言葉に込めた。
そしてハナは彼岸花の記述を思い返す。
天上に咲く花、曼珠沙華とも呼ばれ、地上で厄災起こったあと、その命が燃えているような力強く、けれど繊細な花弁を、天人が雨のように降らせる。
それを見る者は心が洗われ、自然と悪行から離れていくと伝えられている。
敵意を持つ者を悪とするなら、戦いに興じ、死に急ぐ者を憐れむリリーの魔法は、その者を悪行、地上から離し、彼岸、天上へと導く魔法だったのではないか……。
ワンとエリナに連れられ研究所に戻り、涙するエミリーが抱き抱えるニコの死に顔がとても安らかで、幸せそうだったことも相まって、ハナの心を少し落ち着かせた。
贖罪、言い訳……どう足掻こうとも、己の魔法で産み出されたであろう厄災は消えないだろう。
しかし、ハナは前に進むしかなかった。
いや、前に進むことしか許されなかった……。
ハナはリリーを睨んで言った。
リリーの言動の全てが許容出来なかった。
大好きな花を初めて憎いと思った。
「それは、私への敵意ですか?」
リリーは、ハナの変化に口角を下げる。
「怖くないよ、僕に花の魔法は効かないことは分かっている」
シクラメンと芥子の毒はハナに影響を及ぼさなかった。
彼岸花がどんなに強い毒を持っていても、効果がなければ怖くない。
ハナは恐怖に震える自信の体に強く言い聞かせた。
「思っていたよりも賢いのですね、流石マスターです……でもね」
リリーはハナの首筋に赤く鋭利な指の爪を立て
「こんなにも柔らかい肌……簡単に切り裂けますよ」
そう言って、今度は笑って見せた。
ハナは首筋に滲む血を拭おうともせず
「元に戻って」
そう言って睨んだ目を逸らそうとしなかった。
「そうですか……ならば仕方がないですね」
リリーが少し溜め息をつき、次の動作に移ろうとした矢先。
「そこまでだ、彼岸の花よ」
今度は、リリーの首筋に地面に刺さっていたはずの大剣が触れた。
ワンは魔力を最小まで落とし、殺意を消し、気配までをも消して、無心で歩き、そしてリリーの背後に至っていた。
「あらあら……まったく敵意がなかったので気が付きませんでしたよ」
リリーは大剣を握るワンの腕にそっと触れる。
「殺意がないのに殺せるのですか……素晴らしいわ」
「恨むなら我が父を恨め」
敵を殺すときは、息を吐くように殺せ
躊躇なく殺せ
無心で殺せ
欺き殺せ
殺せ、殺せ、殺せ
幼少期から繰り返されたファザの教えが耳で蠢き、ワンは大剣を振り抜いた。
「優しいマスター、また近いうちにお会いしましょうね」
宙に舞うリリーの頭部。その口から発せられた言葉に、ハナは耳を塞いだ。
「もっと抗うと思ったが……或いは既にハナの願いを……」
ワンが感じた違和感は、苦しみのないリリーの顔が物語っていた。
リリーの身体能力は「葉見ず花見ず」という彼岸花の特性に由来していた。
彼岸花は葉があるときには花を咲かせず、花を咲かせる間は葉をつけない。
故に、花であるときには全ての生命力、つまり魔力を自信に宿し、それを身体能力として備えることが出来た。
その力は、アララガ国最強と呼ばれる剣聖ワンはおろか、大賢者ファザをも容易く凌駕していた。
その気になれば、どれだけワンが魔力を込めた剣を振るってもリリーの体に傷をつけることは出来ない。
音速で飛んできた剣弓を避けることも容易だった。
だが、リリーは甘んじてワンの刃を受け入れた。
思えば、もっと早くにそうするべきだった。
リリーは怯えるハナの顔を見ながら後悔した。
ハナの魔法で人の体を手に入れた彼岸花の花は、己の能力をすぐに理解していた。
獣から神聖な墓を守るため、全草に毒をもつ彼岸花が用いられるようになってから随分と時は経っていて、逸話となった今でも死を連想させる花として人々の記憶に息づいている。
それが魔法効果として発現するのは必然だった。
守る為に殺す。
それだけが己の存在意義。
リリーはそう確信していた。
そして、それを正当化するために、死は尊いものだと意識づけた。
死人が眠る墓を守ってきたことも、その結論に至らせる十分な理由であった。
死人は神聖なもの、つまり死とは神聖な事象の結果。
死は終わりではない。
彼岸の地は救いの地だ。
人は死を尊び、崇め、解放の場として示していると解釈した。
敵意とは願望、死を欲している者の証。
だから、まずはその者達を彼岸に送ろうと決意し、それが己が生まれた意味だと強く思うことにした。
死の花ゆえに、死の匂いにも敏感だった。
死を弄び、死の意味を求める者に強く惹かれた。
死を経験すれば善き理解者となり得るだろう。
死という概念をゆっくりと味わってもらえば、さらに神聖な場所へ導けるのだと思った。
望まずして手に入れた魔法の力。
全てが手探りだった。
己の存在意義は死を与えること以外にないと思った。
呼び出された瞬間にハナが気を失ったことも要因としてあった。
最初に会話した相手が、死を望む者でなく。
人を憎まず、花を想い、誰かのために泣くことのできる少年だったなら……。
「きっと、もう手遅れよね……」
ある意味では産みの親であるハナの怒り、畏れに触れたリリーは間違いに気付こうと思考したが、与えた死の数の多さを顧みて”あきらめ”た。
花に戻ったそのときに、己の存在意義を見失ってしまいそうで怖かったとも言えた。
「あなた方に相応しい死が訪れることを願っています」
ワンの剣を受け入れたリリーはそう言い残し、赤く燃え、そして雪のような灰となって降り注いだ。
「綺麗だな……」
ワンは、散り行く花にその言葉を贈り
「リリーちゃん……」
ハナは、分かり合えなかった切なさを言葉に込めた。
そしてハナは彼岸花の記述を思い返す。
天上に咲く花、曼珠沙華とも呼ばれ、地上で厄災起こったあと、その命が燃えているような力強く、けれど繊細な花弁を、天人が雨のように降らせる。
それを見る者は心が洗われ、自然と悪行から離れていくと伝えられている。
敵意を持つ者を悪とするなら、戦いに興じ、死に急ぐ者を憐れむリリーの魔法は、その者を悪行、地上から離し、彼岸、天上へと導く魔法だったのではないか……。
ワンとエリナに連れられ研究所に戻り、涙するエミリーが抱き抱えるニコの死に顔がとても安らかで、幸せそうだったことも相まって、ハナの心を少し落ち着かせた。
贖罪、言い訳……どう足掻こうとも、己の魔法で産み出されたであろう厄災は消えないだろう。
しかし、ハナは前に進むしかなかった。
いや、前に進むことしか許されなかった……。
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