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第四章 彼岸花
あきらめ
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ただ兵士達の死体を辿るだけ……リリーを見つけるのは容易だった。
「止まってリリーちゃん‼」
ハナは楽しげに踊るリリーの姿を捉え、怒りに任せて叫んだ。
「あなたは……」
リリーはハナの声に振り向き、嬉しそうに微笑んだ。
「お目覚めですね、我がマスター」
そう言って、駆け付けたハナの前で片膝をつき頭を下げた。
「どうしてこんな酷いことをするのっ」
平伏したリリーを見たハナは怒鳴りつけた。
「どうして? 私が差し上げているモノが、酷いことだと?」
リリーは、ハナの顔を見上げて不思議そうに返す。
「ダメに決まっている‼ 人を死なせていいわけないじゃないかっ」
「なぜですか?」
「なぜ? わからないの? 死んでしまったら悲しいじゃないか、兵隊さん達にも家族がいて大切な人がいて……みんな、みんな、悲しむよ」
ハナは泣きながら叫んだ。
「悲しむ……それは残された者達の感情でしょう。私から死を貰った方々は、とても幸せそうですよ。ほら……」
リリーがそう言って指差した死体を見て、ハナは小さく悲鳴を上げた。
それは兵士達の死に顔が、とても安らかで苦しんだ形跡がなかったから。だが、それが逆にハナの恐怖心に触れたのだ。
「そんなわけない、そんなわけない、リリーちゃんがやっていることは悪いことだ。死んで幸せなんてあるわけないじゃないか」
「マスター、それはただのワガママというものですよ」
リリーは立ち上がりハナの手を取って優しく撫でた。
「彼岸花の毒は殺すためのものじゃない、守るための毒だって図鑑に書いてあった」
ハナは、リリーがもっともらしいこと言って、言い包めてきているのだと感じ、ありったけの知識で抵抗した。
死者を弔い、大切に思う人々の思いが込められた花。
むやみやたらに命を弄ぶような、そんな悪い花であるはずがない。
ハナは、そう説いた。
「あらあら、ずいぶんと優しい解釈ですこと、まぁ間違いではないのですけど、死の意味とは少し違いますね……そうだわ、マスターも一度死んでみませんか?」
リリーは振り解こうとするハナの手を強く握り返し、続けてこう言った。
「マスターが不憫なので、この国の方々も全員殺してしまいましょう。みんなで彼岸へ行けば、きっとみんな幸せになれます。どうでしょうかマスター、良い提案でしょう」
「リリーちゃん……」
ハナは絶句した。
なんの罪悪感も持たずに無邪気に話すリリーの姿に、会話が成立しないことを悟った。
✿
「お兄様、彼岸花の元にハナが現れました。なにか言い争っています」
ワン最大の遠距離攻撃【剣弓】がいとも簡単に避けられ、食い入るように千里眼の魔法を覗くエリナ。
「ああ、私も目視できた。しかし、やはり魔法を発動したハナには即死魔法は効かないか、まぁ無事でなによりだ」
ワンはハナの心配をしてみせたが、冷や汗を拭うことができないでいた。遠距離魔法が避けられるのなら接近戦で挑むしかないが、即死魔法の範囲内に入ることになる。
どんなに巡らせても、次の手が浮かばない。
「ハナを殺してしまえば……」
ワンの焦りを感じ取ったエリナは、そう零した。
「エリナ……正気か?」
「だってそれしか打つ手はないです。ニコやファザは絶対にハナに危害を加えるなと念を押していましたが、それは新しいモルモットを守るための口実です」
「そういう問題ではない」
「いいえ、そういう問題です。ハナを殺せば魔法も解けるハズ……これ以上犠牲者を出す訳には行きません(本当はお兄様と一緒に逃げたい。でも優しいお兄様は拒むでしょう。ならばなによりも優先すべきはお兄様の命)」
「エリナ……」
エリナの言葉に不快感を抱いたワンだったが、迷いがあるのは確かだった。
肉親とはいえ、ハナ1人の犠牲で、大勢の国の民を救えるのならば……。
ワンは、両手で自分の顔を強く叩き、首を左右に振った。
「エリナ、ここで待っていてくれ」
「どこへ行かれるおつもりですかお兄様っ」
ワンの言葉に驚いたエリナは千里眼の魔法を解く。
「あの2人と話してくる」
ワンはゆっくりと歩き出した。
「死ぬ気ですか?」
エリナはその背中に叫ぶ。
「あの子供が見えるか?」
ワンは、リリーとハナが居る場所に近い建物の前を指差した。
「はい、おそらく何が起きているかわからずに戸惑っているのでしょう」
エリナの考えは当たっていた。
両親と逸れ、逃げ遅れた子供が1人、ただ呆然と立ち尽くしている姿があった。
「そうだ、ただ戸惑っているだけ……兵士達の死体よりもリリーに近いのに無事でいる」
「……やはり敵意が即死魔法の発動条件だと?」
「おそらくな」
「リスクが高過ぎます。行かせません」
エリナは、ワンの道を遮った。
「ハナ……あれは優しい子だ。たぶん自分の力で解決しようと足掻いているのだろう……兄として手を貸してやらねば」
「……」
ハナを見据えるワンの瞳に、エリナは言葉では止められないと悟り
「ならば私も行きます」
“お兄様にもしものことがあれば私がハナを……”
エリナは、その言葉を飲んだ。
_________________________
花のよもやま話
土葬が一般的だった時代、埋められた大切な人の遺体を動物が掘り起こさぬ様に、毒があると言われる彼岸花を墓地の回りに植え、動物除けにしたと伝えられています。
動物でも毒と分かる花色、花姿の彼岸花は、先に逝った人にとっては、安らかに眠るためのお守りのような役目を持っていたそうです。
また、彼岸花は曼殊沙華「天上に咲く花」とも呼ばれ、地上でめでたいことが起こるときに、その柔らかく咲く花を天人が雨の様に降らせるとされ、それを見る者は心が洗われ自然と悪行から離れていくと伝えられたそうです。
「止まってリリーちゃん‼」
ハナは楽しげに踊るリリーの姿を捉え、怒りに任せて叫んだ。
「あなたは……」
リリーはハナの声に振り向き、嬉しそうに微笑んだ。
「お目覚めですね、我がマスター」
そう言って、駆け付けたハナの前で片膝をつき頭を下げた。
「どうしてこんな酷いことをするのっ」
平伏したリリーを見たハナは怒鳴りつけた。
「どうして? 私が差し上げているモノが、酷いことだと?」
リリーは、ハナの顔を見上げて不思議そうに返す。
「ダメに決まっている‼ 人を死なせていいわけないじゃないかっ」
「なぜですか?」
「なぜ? わからないの? 死んでしまったら悲しいじゃないか、兵隊さん達にも家族がいて大切な人がいて……みんな、みんな、悲しむよ」
ハナは泣きながら叫んだ。
「悲しむ……それは残された者達の感情でしょう。私から死を貰った方々は、とても幸せそうですよ。ほら……」
リリーがそう言って指差した死体を見て、ハナは小さく悲鳴を上げた。
それは兵士達の死に顔が、とても安らかで苦しんだ形跡がなかったから。だが、それが逆にハナの恐怖心に触れたのだ。
「そんなわけない、そんなわけない、リリーちゃんがやっていることは悪いことだ。死んで幸せなんてあるわけないじゃないか」
「マスター、それはただのワガママというものですよ」
リリーは立ち上がりハナの手を取って優しく撫でた。
「彼岸花の毒は殺すためのものじゃない、守るための毒だって図鑑に書いてあった」
ハナは、リリーがもっともらしいこと言って、言い包めてきているのだと感じ、ありったけの知識で抵抗した。
死者を弔い、大切に思う人々の思いが込められた花。
むやみやたらに命を弄ぶような、そんな悪い花であるはずがない。
ハナは、そう説いた。
「あらあら、ずいぶんと優しい解釈ですこと、まぁ間違いではないのですけど、死の意味とは少し違いますね……そうだわ、マスターも一度死んでみませんか?」
リリーは振り解こうとするハナの手を強く握り返し、続けてこう言った。
「マスターが不憫なので、この国の方々も全員殺してしまいましょう。みんなで彼岸へ行けば、きっとみんな幸せになれます。どうでしょうかマスター、良い提案でしょう」
「リリーちゃん……」
ハナは絶句した。
なんの罪悪感も持たずに無邪気に話すリリーの姿に、会話が成立しないことを悟った。
✿
「お兄様、彼岸花の元にハナが現れました。なにか言い争っています」
ワン最大の遠距離攻撃【剣弓】がいとも簡単に避けられ、食い入るように千里眼の魔法を覗くエリナ。
「ああ、私も目視できた。しかし、やはり魔法を発動したハナには即死魔法は効かないか、まぁ無事でなによりだ」
ワンはハナの心配をしてみせたが、冷や汗を拭うことができないでいた。遠距離魔法が避けられるのなら接近戦で挑むしかないが、即死魔法の範囲内に入ることになる。
どんなに巡らせても、次の手が浮かばない。
「ハナを殺してしまえば……」
ワンの焦りを感じ取ったエリナは、そう零した。
「エリナ……正気か?」
「だってそれしか打つ手はないです。ニコやファザは絶対にハナに危害を加えるなと念を押していましたが、それは新しいモルモットを守るための口実です」
「そういう問題ではない」
「いいえ、そういう問題です。ハナを殺せば魔法も解けるハズ……これ以上犠牲者を出す訳には行きません(本当はお兄様と一緒に逃げたい。でも優しいお兄様は拒むでしょう。ならばなによりも優先すべきはお兄様の命)」
「エリナ……」
エリナの言葉に不快感を抱いたワンだったが、迷いがあるのは確かだった。
肉親とはいえ、ハナ1人の犠牲で、大勢の国の民を救えるのならば……。
ワンは、両手で自分の顔を強く叩き、首を左右に振った。
「エリナ、ここで待っていてくれ」
「どこへ行かれるおつもりですかお兄様っ」
ワンの言葉に驚いたエリナは千里眼の魔法を解く。
「あの2人と話してくる」
ワンはゆっくりと歩き出した。
「死ぬ気ですか?」
エリナはその背中に叫ぶ。
「あの子供が見えるか?」
ワンは、リリーとハナが居る場所に近い建物の前を指差した。
「はい、おそらく何が起きているかわからずに戸惑っているのでしょう」
エリナの考えは当たっていた。
両親と逸れ、逃げ遅れた子供が1人、ただ呆然と立ち尽くしている姿があった。
「そうだ、ただ戸惑っているだけ……兵士達の死体よりもリリーに近いのに無事でいる」
「……やはり敵意が即死魔法の発動条件だと?」
「おそらくな」
「リスクが高過ぎます。行かせません」
エリナは、ワンの道を遮った。
「ハナ……あれは優しい子だ。たぶん自分の力で解決しようと足掻いているのだろう……兄として手を貸してやらねば」
「……」
ハナを見据えるワンの瞳に、エリナは言葉では止められないと悟り
「ならば私も行きます」
“お兄様にもしものことがあれば私がハナを……”
エリナは、その言葉を飲んだ。
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花のよもやま話
土葬が一般的だった時代、埋められた大切な人の遺体を動物が掘り起こさぬ様に、毒があると言われる彼岸花を墓地の回りに植え、動物除けにしたと伝えられています。
動物でも毒と分かる花色、花姿の彼岸花は、先に逝った人にとっては、安らかに眠るためのお守りのような役目を持っていたそうです。
また、彼岸花は曼殊沙華「天上に咲く花」とも呼ばれ、地上でめでたいことが起こるときに、その柔らかく咲く花を天人が雨の様に降らせるとされ、それを見る者は心が洗われ自然と悪行から離れていくと伝えられたそうです。
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