花ノ魔王

長月 鳥

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第四章 彼岸花

転生(ニコ視点)

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 動悸が止まらない……心臓が破裂しそうだ。
 これは間違いなく毒、自律神経をやられている。
 どこで間違えた、最後の問いか?
 いいや、そもそもあの問いには正解など無かった。
 最初から全てに死を与えるつもりだったのだ。

 そして、私を弄び、ゆっくり味わえと告げた。
 つまり、死を完全に操れる魔法。

 千日紅の防御力、トリカブトの攻撃力、彼岸花の即死力。

 花とは、一体何なんだ。
 本当にこの世界の魔法か?
 それとも、ハナの魔力が成せる業なのか?
 どちらにしても危険すぎる。
 
 リリーは研究所を出てしまった。
 おそらく、リリーがその気なら、対象を発見次第殺せるだろう。
 ハナが目覚めない今、誰も彼女を止める事は出来ない。
 
 彼女のせいで、大量の死人が出ようが、国が亡ぼうが、どうでもいい。
 だが、私はまだ死ぬわけにはいかない。
 もっと、彼女と話したい。
 リリーは死の意味を知っている。
 私は生きて、死の心理が知りたい。

 「ハナっ起きろっ、ハナ、はぁはぁ、」
 息が苦しい。
 一般的な気絶は、大脳皮質全体あるいは脳幹の血流が瞬間的に遮断されることによっておこる一過性の瞬間的な意識消失発作だ。
 通常は数分で回復する。
 魔力の枯渇も同様。
 というか普通魔力の枯渇で気絶はしない、ハナは1回の魔法でどれだけの魔力を消費しているんだ?

 「くそっ、起きろハナっ、エミリーが目覚めたぞっ」
 「エミリーっ?」
 起きやがった、このシスコンめ。

 「大変な事態になった。お前が呼び出した彼岸花は死神だ」
 「死神? お花が死神なわけないじゃなか、バカだなニコ兄さんは、ハハハ」
 だらしのない笑い声を出しおって。
 しかしハナが目覚めて良かった。
 これで魔法を解除できる。
 芥子の女児の魔法に侵されたエミリーの体が、女児が消えたとたんに回復した。
 ということは、彼岸花の女が居なくなれば、私の体も元に戻るということだ。
 
 「笑い事ではない、彼岸花の女を消さないと私が死んでしまう」
 だが時間がないのは事実、急がねば。
 「ダメだよ、ニコ兄さんが死んじゃったら悲しいよ」
 偽善者め。だが、それでいい。

 「心配してくれて感謝する。だが急いでくれないか」
 「わかった。やってみる」
 ハナは、両手を合わせ目を瞑った。
 これが魔法? ただ祈っているようにしか見えないが……。
 「……」
 「どうしたハナ、なぜ祈りを止めた」
 「ごめんニコ兄さん。僕は彼岸花さん見てないし、名前も知らないから出来ないかも」
 役立たずが。

 「彼岸花の女は、赤い髪、赤いドレスを着ている。リリーと名付けた。急げっ」
 「リリーちゃんかぁ、“ンバナ”ちゃんでも良かったのに、センス無いなぁニコ兄さんは」
 ンバナ? ヒガ“ンバナ”だからか?
 誰の教育だ。人の名前の頭文字に“ん”を用いるなんて、最悪なセンスだぞ。
 「早くしろ」
 「分かった」
 ハナは再び祈った。
 “リリーちゃん、リリーちゃん、お願いだから消えて下さい”と何度も呟いている。

 「どう?」そして嬉しそうに、そう問うた。
 しかし、私の体の異変は収まるどころか悪化している。
 「ダメだ。頼むからちゃんと魔法を使ってくれ」
 「……ごめんニコ兄さん。たぶんだけど、お花さんの近くじゃないと無理かもしれない」
 「なんだとっ」
 確かに、その可能性は高いな。
 魔法には念が重要な要素となる。
 やはり、対象を視認しなければ発動しないのか。

 「アイツは歩いて研究所を出て行った。走ればすぐに追いつくハズだ。急いでくれ」
 「分かった。赤い女の人だね、必ず見つけてくるから待ってて」
 「ああ、頼んだぞハナ」
 「任せてっ」
 ハナは、そう言うと全力で駆けて行った。
 
 ……無能だと思っていたが、案外芯は強いのかもな……頼りにできそうな顔つきだった。

 ……死に際だからか、感情が不安定だ。
 
 ハナだけでは心許無いからな、念のため他の兄弟にも連絡しておこう。

 近くに、ワンとエリナが居たな……あの2人なら或いはリリーと対等に……。

 リリーか、綺麗な女だったな……父上のスパルタと研究で恋愛などとは縁遠かった私がこんなに心を乱されるとは……。
 
 また会えるかな。
 ハナが万全の状態で呼び出せば、もっと上手く話せる気がする。


 静かだな。

 ハナが出て行って何分経った? 上手く行っていないのか?

 まさか、リリーの魔法で、皆死んでしまったのでは……。

 私は助からないのか? 死ぬのか?

 冗談じゃないぞ、私は死を愉しむ側だ、貪る側だ、私は死なん。

 ……怖い。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 死にたくない、死ぬのは嫌だ、死ぬのは怖い。

 助けろ、助けろよ、誰でもいいから助けてくれっ。

 「よかった、まだ死んでいなかったようですね」
 エミリー? 気が付いたのか? なんだか雰囲気が違う気がするが……。
 それに、私が死に直面していることを知っているかのような口ぶり。
 エミリーはずっと気を失っていたハズだが……。
 「エ、ミリー……」
 返答しようにも、毒がだいぶ回っているようで口が回らない。
 「私はエミリーじゃありませんよ」
 なにを言っているんだ。やはり芥子の女児の毒が脳神経まで到達して……。
 「私の名前はリリー、あなたが付けてくれた素敵な名前」
 リリー? 彼岸花の?
 「な、なにが……」
 なにがどうなっているというのだ。
 「“私”の花言葉にあるでしょう? 【転生】してみたの、本体がなくなっちゃったから直ぐに消えてしまうのだけれども」
 転生だと。エミリーの体を乗っ取ったというのか?
 一体、なんのために。
 「知りたがっていたでしょ、死の意味について。だから最後に教えてあげようと思って」
 死の意味?
 今はそれどころじゃない。
 「た、助けて……くれ」
 「いいわ、私ならその願いを叶えてあげられる」
 リリーのその言葉を最後に、私の視界になにも映らなくなった。
 
 これが……死の意味……。
 そうか……。

 これが……私が求めていた……死。
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