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第四章 彼岸花
悲しい思い出(ニコ視点)
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「あなたは、だれですか?」
彼岸花だった女性は、少し斜めに顔を傾け、真っ赤な瞳を軽く瞬きさせながら私にそう囁いた。
「初めまして。私はニコと申します」
私は冷静さを装い、白衣のポケットに忍ばせていた通信機器の警報ボタンを押す。
ここは軍事施設、有事の際の備えは万全、即座に警備隊が駆け付けるだろう。
どうやら会話をする意思があるようだ、包囲網が整うまで時間を稼がせてもらおう。
「あなたを呼び出した少年の名前はハナ、私はその兄にあたります。突然お呼びしたご無礼をお許しください」
よし、もう既に数十名の配下が物陰に隠れ、武器と魔法を構えている。
これで安心した訳ではないが、私が危険に陥った際の駒には使えるだろう。
「……私は誰ですか?」
彼岸花だった女性が不思議そうな顔で言った。
これは本心からの問いだろうか……そういえばハナは毎回呼び出した花に名前を付けているようだったな、“ニチ子”と名付けられた千日紅の花が不憫でならないが、花の名前で呼ばれるよりはマシということだろうか、ならば私が彼女の特別な存在にとなるきっかけとなるかもしれんな。
「リリー……そう、お呼びしても宜しいでしょうか?」
通常、リリーは百合の花をさすが、彼岸花の別名にも“ハリケーンリリー”や“レッドマジックリリー”がある。
なにより私の感性がそう願っている。
「まぁ、なんて素敵な名前なんでしょう、嬉しいわ」
心から喜んでいる様に見えた。
その愛らしい笑顔に、少し緊張が緩んだ。
「それに……今この瞬間にも私に注がれる、溢れんばかりの敵意。はぁ、なんて素晴らしいのでしょう」
そう続けたリリーの妖艶な吐息に見惚れてしまったが、周りで起こった異変で直ぐに我に返る。
包囲していた配下の者達が、次々に倒れ始めたのだ。
なんだこれは……気絶?
私が立っている配下の一人に目くばせすると、倒れた者の脈を取り首を横に振った。
まさか、死んだ……のか?
倒れた者全員残らず?
有り得ない。研究所とはいえ配備されているのは精鋭部隊だぞ、魔法耐性も高い。
不確定な要素に焦りを覚えた私は再び警報ボタンを押した。
「可愛いわ、みんなそんなに私のコトが気になるのね」
リリーが言葉を発するごとに、応援の部隊が次々と死んでいく。
まさか、これが彼岸花の魔法効果か。
確か、彼岸花は全草に激しい毒性のアルカロイドを含んでいたな……それを飛散させ、吸い込んだ隊員の中枢神経を即座に麻痺させ、そして死に至っているということなのだろうか……。
私が無事なのはペストマスクを着けているおかげか?
それでは、ハナとエミリーも、もう……。いや、結論を急ぐには早計だろう、まだ情報が足りぬ、一刻も早く原理を解明し打開せねば。
「なぜ私をここに呼んだのですか?」
相も変わらず無垢な顔で問うリリーに敵意は感じられない。
これ以上犠牲者を増やさないためには、彼女の問いに最善の答えを出さねばならないのでは?
なぜ彼女を呼んだのか? 難しい質問だ。だが私には知識がある。芥子以外の植物毒素の研究も怠っていない。毒を持つ花は成分から花言葉まで全て記憶している。
まずはそこから導き出そう。
彼岸花の花言葉には『情熱』『独立』『再会』『あきらめ』『転生』『悲しい思い出』『思うはあなた一人』『また会う日を楽しみに』
“思うはあなた一人”……。
「そうですね、私は死というものに憧れと探求心を持っています、死に縁深い彼岸花は私の思い花だ。その花と話せたら、何かが掴めるかもと思い、弟の魔法であなたを呼び出しました」
嘘は無い。
「まぁ」
リリーは真っ赤な唇に右手を添え、顔を赤らめた。
そして、ゆっくりと私の方へ近づいてくる。
間近で見るリリーの顔は「美しい」の一言が相応しい。
軍の強化に非力な女は不要、色恋沙汰など興味も無い。
そんな私が、こんなに胸を高鳴らせるとは……。
「その仮面を脱いで頂けますか? ニコの顔が見たいです」
くっ、今度はそうきたか。
ペストマスクを脱ぐということは、毒素を吸い込むということ。
だが拒否すれば信頼を得られない……。
“大丈夫だ、きっと彼女は私に害を成さない”
頬を赤く染めるリリーの顔が、私にその自信を齎したのは確かだ。
「リリーが望むのなら、喜んで脱ぎましょう」
研究の過程で、動植物の毒や、毒の魔法に対する耐性、魔法防御にも自信があった。
解毒剤も配備している。むろん彼岸花の毒も研究済み……なによりも彼女の気を引けるのなら……。
マスクを脱いだ私の顔を上目遣いで見つめるリリー。
やはり、異臭もない、体にも異変は無い、事は上手く運んでいる様だ。
「最後に聞かせて下さい」
リリーは私の胸に顔を寄せて囁いた。
最後? その質問に上手く答えられれば、この女の全てが手に入る。
なぜか私は、そう結論付けた。
「死に意味があると思いますか?」
死の意味?
「死に意味があるかと聞かれても、死んだことがないから分かりません。ですが死というものは誰にでも平等に訪れます。きっと意味なんてない、だから尊い、そして私はそれに激しく惹かれる」
“そして、あなたのことも……”と続けようと思ったが、流石に時期尚早。
しかし、敵国の捕虜や実験動物、研究材料の軍人、それらの死には何の意味もない、あるのは死ぬまでの過程、研究結果だけ。
完璧な答えだ。
きっとリリーも喜んでくれる。
「ありがとうニコ、良い答えでした」
やっぱり、リリーは笑って答えた。
ここから何かが始まる予感がした。
古い私が死に、リリーから得る知識で新しい私が誕生する。
「そして、さようなら『また会う日を楽しみに』しています」
「え? 帰っちゃうんですか?」
なんだ、答えを間違えたのか?
「ええ、お話のお礼に、これを受け取って下さいね」
ドクンッ。
私の心臓が急激に走り出した。
「な、なにをした。貴様、私に……なにをした……」
息が苦しい……言葉が上手く出せない。
「少し楽しかったから特別なモノをあげるわ、ゆっくりと味わって」
「だから……なにを……」
「私にはこれしかあげられないから……」
リリーは、また少し溜め息めいた声で私の耳に囁いた。
「では、良い“死”を」
リリーは確かにそう言った。
彼岸花だった女性は、少し斜めに顔を傾け、真っ赤な瞳を軽く瞬きさせながら私にそう囁いた。
「初めまして。私はニコと申します」
私は冷静さを装い、白衣のポケットに忍ばせていた通信機器の警報ボタンを押す。
ここは軍事施設、有事の際の備えは万全、即座に警備隊が駆け付けるだろう。
どうやら会話をする意思があるようだ、包囲網が整うまで時間を稼がせてもらおう。
「あなたを呼び出した少年の名前はハナ、私はその兄にあたります。突然お呼びしたご無礼をお許しください」
よし、もう既に数十名の配下が物陰に隠れ、武器と魔法を構えている。
これで安心した訳ではないが、私が危険に陥った際の駒には使えるだろう。
「……私は誰ですか?」
彼岸花だった女性が不思議そうな顔で言った。
これは本心からの問いだろうか……そういえばハナは毎回呼び出した花に名前を付けているようだったな、“ニチ子”と名付けられた千日紅の花が不憫でならないが、花の名前で呼ばれるよりはマシということだろうか、ならば私が彼女の特別な存在にとなるきっかけとなるかもしれんな。
「リリー……そう、お呼びしても宜しいでしょうか?」
通常、リリーは百合の花をさすが、彼岸花の別名にも“ハリケーンリリー”や“レッドマジックリリー”がある。
なにより私の感性がそう願っている。
「まぁ、なんて素敵な名前なんでしょう、嬉しいわ」
心から喜んでいる様に見えた。
その愛らしい笑顔に、少し緊張が緩んだ。
「それに……今この瞬間にも私に注がれる、溢れんばかりの敵意。はぁ、なんて素晴らしいのでしょう」
そう続けたリリーの妖艶な吐息に見惚れてしまったが、周りで起こった異変で直ぐに我に返る。
包囲していた配下の者達が、次々に倒れ始めたのだ。
なんだこれは……気絶?
私が立っている配下の一人に目くばせすると、倒れた者の脈を取り首を横に振った。
まさか、死んだ……のか?
倒れた者全員残らず?
有り得ない。研究所とはいえ配備されているのは精鋭部隊だぞ、魔法耐性も高い。
不確定な要素に焦りを覚えた私は再び警報ボタンを押した。
「可愛いわ、みんなそんなに私のコトが気になるのね」
リリーが言葉を発するごとに、応援の部隊が次々と死んでいく。
まさか、これが彼岸花の魔法効果か。
確か、彼岸花は全草に激しい毒性のアルカロイドを含んでいたな……それを飛散させ、吸い込んだ隊員の中枢神経を即座に麻痺させ、そして死に至っているということなのだろうか……。
私が無事なのはペストマスクを着けているおかげか?
それでは、ハナとエミリーも、もう……。いや、結論を急ぐには早計だろう、まだ情報が足りぬ、一刻も早く原理を解明し打開せねば。
「なぜ私をここに呼んだのですか?」
相も変わらず無垢な顔で問うリリーに敵意は感じられない。
これ以上犠牲者を増やさないためには、彼女の問いに最善の答えを出さねばならないのでは?
なぜ彼女を呼んだのか? 難しい質問だ。だが私には知識がある。芥子以外の植物毒素の研究も怠っていない。毒を持つ花は成分から花言葉まで全て記憶している。
まずはそこから導き出そう。
彼岸花の花言葉には『情熱』『独立』『再会』『あきらめ』『転生』『悲しい思い出』『思うはあなた一人』『また会う日を楽しみに』
“思うはあなた一人”……。
「そうですね、私は死というものに憧れと探求心を持っています、死に縁深い彼岸花は私の思い花だ。その花と話せたら、何かが掴めるかもと思い、弟の魔法であなたを呼び出しました」
嘘は無い。
「まぁ」
リリーは真っ赤な唇に右手を添え、顔を赤らめた。
そして、ゆっくりと私の方へ近づいてくる。
間近で見るリリーの顔は「美しい」の一言が相応しい。
軍の強化に非力な女は不要、色恋沙汰など興味も無い。
そんな私が、こんなに胸を高鳴らせるとは……。
「その仮面を脱いで頂けますか? ニコの顔が見たいです」
くっ、今度はそうきたか。
ペストマスクを脱ぐということは、毒素を吸い込むということ。
だが拒否すれば信頼を得られない……。
“大丈夫だ、きっと彼女は私に害を成さない”
頬を赤く染めるリリーの顔が、私にその自信を齎したのは確かだ。
「リリーが望むのなら、喜んで脱ぎましょう」
研究の過程で、動植物の毒や、毒の魔法に対する耐性、魔法防御にも自信があった。
解毒剤も配備している。むろん彼岸花の毒も研究済み……なによりも彼女の気を引けるのなら……。
マスクを脱いだ私の顔を上目遣いで見つめるリリー。
やはり、異臭もない、体にも異変は無い、事は上手く運んでいる様だ。
「最後に聞かせて下さい」
リリーは私の胸に顔を寄せて囁いた。
最後? その質問に上手く答えられれば、この女の全てが手に入る。
なぜか私は、そう結論付けた。
「死に意味があると思いますか?」
死の意味?
「死に意味があるかと聞かれても、死んだことがないから分かりません。ですが死というものは誰にでも平等に訪れます。きっと意味なんてない、だから尊い、そして私はそれに激しく惹かれる」
“そして、あなたのことも……”と続けようと思ったが、流石に時期尚早。
しかし、敵国の捕虜や実験動物、研究材料の軍人、それらの死には何の意味もない、あるのは死ぬまでの過程、研究結果だけ。
完璧な答えだ。
きっとリリーも喜んでくれる。
「ありがとうニコ、良い答えでした」
やっぱり、リリーは笑って答えた。
ここから何かが始まる予感がした。
古い私が死に、リリーから得る知識で新しい私が誕生する。
「そして、さようなら『また会う日を楽しみに』しています」
「え? 帰っちゃうんですか?」
なんだ、答えを間違えたのか?
「ええ、お話のお礼に、これを受け取って下さいね」
ドクンッ。
私の心臓が急激に走り出した。
「な、なにをした。貴様、私に……なにをした……」
息が苦しい……言葉が上手く出せない。
「少し楽しかったから特別なモノをあげるわ、ゆっくりと味わって」
「だから……なにを……」
「私にはこれしかあげられないから……」
リリーは、また少し溜め息めいた声で私の耳に囁いた。
「では、良い“死”を」
リリーは確かにそう言った。
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