花ノ魔王

長月 鳥

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第三章 芥子

心の平静

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  「ケーシィちゃん……」
 エミリーを人質に取られていたとはいえ、もともとは己の身勝手で呼び出した芥子の花。
 消えていくケーシィの姿に、ハナは未練の声を漏らした。
 「もっと遊んでいたかったんだけどな、残念……」
 ケーシィは寂しそうに笑う。

 「ごめんね……僕が弱いばっかりに……」
 ニチ子のときのように、自分にもっと魔力があれば、もしかしたらケーシィの魔法効果を抑えることができたかもしれない。
 ハナはズボンの裾を掴み、自分を責めた。

 「お兄ちゃんが弱いのは認める、だけどね、強くなったって良いことばかりじゃないんだよ。それをエミリーちゃんにも教えてあげて」
 「エミリーに?」
 「うん、私の魔法に頼らなくても、エミリーちゃんならきっと言えるから」
 「なにを言えるの?」
 「それは、ないしょだよ」
 ケーシィは人になって一番の笑顔で言った。

 「……ケーシィちゃん……居なくなってしまうの……」
 意識が朦朧とするなか、消えゆくケーシィの姿に手を伸ばすエミリー。
 自身を死に追いやったかもしれない少女を責める理由は浮かばず、むしろ心の開放を担ったことに感謝さえしていた。
 「私はいつも傍にいるよ、今までも、そしてこれからも……だからエミリーちゃん、我慢しないでちゃんと言うんだよ、お兄ちゃんはすぐ傍にいるんだからね」
 ケーシィはエミリーの耳元でそう囁き、エミリーはコクリと頷いた。

 「さよならは言わないよ」
 ハナは大声で叫んだ。
 「あったり前じゃない」
 ケーシィはそう言ってハナに向かい親指を立て、そして笑顔で消えた。

 そして、芥子の花の残り香が、風など吹くはずもない地下施設に漂い、ハナの背中を押した。

 「エミリーッ」
 ハナは横たわるエミリーの傍に駆け寄ると、そっとその体を抱き寄せた。
 エミリーの体に出ていた黒紫の斑点は徐々に薄くなり、そして完全に消えて行く。

 「ハ、ナ……」
 エミリーは、そう言葉を詰まらせ意識を失った。
 とても穏やかなその顔にハナは安心したが、その後いくら声を掛けても起きないことに焦り、ニコに助けを求めた。

 「ふむふむ、なるほどな。非常に興味深い魔法だ」
 ニコは一連の出来事のメモを取り終えると、そう言ってハナの傍に歩み寄る。

 「ハナよ、エミリーを助けたいのなら私に協力しろ」
 
 ペストマスクで隠れるニコの目は、まるでおもちゃを得た子供のように輝いていた。

_____________________
花のよもやま話

 芥子は法律で栽培が禁止されている植物ですが、その成分は医療現場では重要な医療用麻酔(モルヒネ、コデインなど)に用いられ、中枢神経に抑制的に働き、鎮痛・鎮静・呼吸抑制作用などの効果があるそうです。
 上手に使えば人の助けとなる、小さく可愛い花です。
 
 ケシ科にナガミヒナゲシと呼ばれる種類があり。
 可憐な姿とは裏腹に、花後にできる鞘と呼ばれる芥子坊主1つにはタネが1000~2000粒入っており、1株で合計8万~20万の種子をつける凄まじい繁殖力を持っているそうです。
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