花ノ魔王

長月 鳥

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第二章 千日紅

変わらぬ愛

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 【獄炎剣】
 火と風と闇の魔法を掛け合わせ剣に込めることで絶大な威力を発揮する魔法剣。
 ヨナとハナの兄弟である次男の軍司ニコが作り出したその魔法は、アララガの国を脅かす魔物や魔獣を退けるために開発され、この世界で最強の生物とされるドラゴンの鱗をも貫く。
 むろん人に使えばヨナの言ったように“消し炭”となる。
 
 振り下ろされた獄炎剣は、ニチ子の前に飛び出したハナへ襲い掛かった。
 「くっ」
 ニチ子は木剣を投げ捨て、ハナに覆いかぶさる。

 なぜ自分がその行動に至ったのか……ニチ子は瞬きの間に思う。

 ただの花だった自分。思考はあるが喋れない、動けない、ただ生まれ育ち他の生物や大地の養分となり朽ちていく存在。
 それ以上でも以下でもない……そう思って生きていた。

 だが、ハナに会い、人として生まれ変わった。
 自由に動き、自由に言葉を話せるようになった。
 だからどうだというのだ……初めはそう思った。
 花である自分が自由を手にしてどうしろと?
 意味を見出せないでいた。

 しかし、人でいる時間が長くなるにつれ、様々な感情が芽生えてきた。
 剣技への憧れ。
 ハナの弱さ、優しさ。
 ヨナへの憎しみ。
 誰かを想う心。
 それらがハナの齎したものだと思い至った瞬間。
 ハナを守りたいと思う感情が溢れた。

 「なにっ!」
 ヨナは絶句した。
 渾身の力を込めて振り抜いた獄炎剣は確かにニチ子の頭に直撃した。
 だが、砕けたのはヨナの剣の方だった。

 剣は半分に折れ、獄炎を纏った剣先がクルクルと宙を舞った。

 「ヨナッ、避けろ!」
 そのファザの声を認識するまで、ヨナは放心していた。
 絶大な信頼を持つ最強の魔法剣を防がれたどころか、大量の魔力を込めて耐久を極限まで高めた剣が折れた事実を受け入れることができないでいた。
 
 「グハッ」
 落ちてきた剣先がヨナの右肩から肘の辺りを切り裂き悲鳴をあげる。
 ファザの掛け声がなかったら、おそらく命は無かっただろう。

 「エミリー治癒魔法だ」
 「承知しました」
 道場の隅でやはり放心状態だったエミリーがファザの声を聞いてヨナへ駆け寄る。

 「ここで待っていてくれ」
 ニチ子がハナの頭に手をあて立ち上がる。
 「え? なに? どうなったの?」
 ニチ子に守られていたハナは状況が分からずあたりを見回し傷を負ったヨナを見た。
 「今ここで奴にトドメを刺す」
 「ニチ子……何を言っているの?」
 ハナの声は届かず。手放した木剣を再び握ったニチ子はヨナへ向かって走った。

 あの男を殺せる。
 自分を育ててくれた優しい花屋の娘を汚した男。
 花を散らせた男。

 憎悪という感情がとめどなく溢れ、それに抗うことなく体を動かすこと。
 力を行使すること。
 ただ眺めることしかできなかった花だったあの時とは違う。
 
 この胸の鼓動がただただ心地良くて、ニチ子は木剣を振り下ろした刹那。
 「ファイヤーテンペスト」
 ファザが、そう叫んだ。
 それはファザを大賢者と言わしめる魔法。
 標的を一瞬で灰にする業火がニチ子を包む。

 だが、ニチ子の【不朽】の魔法効果の前では無力だった。
 「うぉぉぉぉ」
 ニチ子は炎を纏いながら木剣を振り抜いた。
 「くっ」
 ヨナは左腕に防御の魔法を発動させ、ニチ子の木剣を受ける。
 「お前が、お前さえ居なくなれば、お前がぁ」
 防御魔法で守られたヨナへの攻撃に手応えを感じない。
 だが、それでもニチ子は剣を振り続けた。
 木剣にもニチ子の魔法効果が付与され、どんなに強度な金属よりも硬く強い物質へと変化している。
 手負いのヨナの魔力が尽きるのは時間の問題だった。

 「ハナッ、止めさせろ、兄が死ぬぞ」
 ファザが声を荒げる。
 エミリーは鬼神の如きニチ子の顔に恐怖し、その場でしゃがみ込む事しかできない。

 「ニ、ニチ子、やめて」
 ニチ子の変貌ぶりに放心状態だったハナは、ファザの声で我に返り叫んだ。
 「ダメだよニチ子。ヨナ兄さんが死んでしまう、お願いだから、もうお花に戻って」
 ハナは、力の限り叫び、そして願った。
 シクラメンの花であったシーラは、ハナが願えば花に戻ってくれた。

 自分の思い通りに花を人の姿にし、そして花に戻せる。
 そういう魔法だと思っていた。
 
 だが、ハナの願いは届かず。
 ニチ子は花に戻らない。

 「ニチ子っ」
 ハナはニチ子の背中に抱き付いて叫んだ。
 「お願いだよニチ子、もう止めて」
 「ハナ、危険だ。下がっていろ」
 ファイヤーテンペストの業火がハナにも飛び火した。
 「嫌だっ、どかない」
 ハナは、両手を広げてヨナの前に立った。
 「邪魔をしないでくれ、これは私の問題だ」
 ニチ子は木剣を振り上げ、ハナを威嚇した。
 「お願いだよニチ子。僕が好きなお花は、誰かを傷つけたりなんかしない。ヨナ兄さんがニチ子に……千日紅の花に何か酷いことをしたのなら謝るから、僕が一生懸命お世話して償うから」
 ハナは涙を浮かべながらニチ子を真っ直ぐに見つめて言った。

 「ハナ……」
 “一生懸命お世話するから、みんな綺麗に咲いてね”
 ニチ子の脳裏に花屋の娘の言葉が浮かび、その姿をハナと重ねた。
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