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第二章 千日紅
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パチパチパチ、パチ……。
ハナとニチ子が千日紅の魔法効果に喜んでいると、どこからか乾いた拍手が聞こえてきた。
「お見事ですね、ハナ兄様」
拍手の主はハナを兄と呼び称賛したが、表情は不機嫌に口を尖らせている。
「エミリー、どうしたの? お母さんは一緒じゃないの」
声の主を見たハナは驚いた表情で聞き返した。
ハナの記憶の中のエミリーは母の傍をひと時も離れようとしない甘えん坊で、孤児院に入る前まで、よく一緒に遊んでいて笑顔がよく似合う可愛い妹のままだった。
「今日は私一人です、ハナ兄様。それと、お父様がお呼びですのでご同行願えますか?」
「お父さんが僕を? どうして? お母さんは何て言っているの?」
自分のことをお兄ちゃんと呼んでいた幼い妹の落ち着いた姿に少し動揺するハナ。
「ちっ、何時までも、幾つになっても、お母さん、お母さんってうるさいんですよ」
「エミリー……」
今まで見たことない妹の苛立ちに言葉が出ないハナ。
「失礼、取り乱しました、さっさとその大女を連れて付いてきて下さい、お父様の命令は絶対です、わかりますよね?」
「分かった」
エミリーの気迫に押されたハナ。父親の言葉に逆らうことが出来ないことも知っている。
「大丈夫なのかハナ?」
その様子を伺っていたニチ子が心配そうに声をかける。
「大丈夫だよニチ子、エミリーは本当は優しい子なんだ、きっと何かあったんだよ、付いて行こう」
妹のだたならぬ雰囲気に覚悟を決めるハナ。
「ここは、ヨナ兄さんの……」
エミリーに連れられハナとニチ子が訪れたのは、孤児院からそう離れていない天帝流の道場。
ハナの兄妹、四男の剣帝ヨナが軍務の傍らに指導を務める剣道場だ。
「ここは……」
ハナに釣られて思わず息を飲み、顔を歪めるニチ子。
その視線の先には道場の庭に咲く花々が映っている。
しかし、ハナはニチ子の異変に気付くことなく道場の神棚の下に陣取る人物に全神経を向ける。
「久しぶりだなハナ、ようやく魔法が使える様になったそうじゃないか、なぜ私に報告しに来ぬのだ?」
黒ずくめの司祭服、エルフの象徴である鋭く長い耳介を強調するための黒髪オールバック、綺麗に整えられた顎鬚、目じりに皺はなく、年齢よりも若く精鍛な顔つきでハナに優しく声をかけたのは実父であるファザだった。
その隣には白の剣道着と黒の袴に身を包んだ、同じくエルフの耳を持つ男。父親と同じようにオールバックにした青い髪と、やはり精鍛な顔つきで不敵な笑みを浮かべて立っている。
男の名はヨナ。ハナの兄弟で四男。魔法剣の才に恵まれ、若くしてアララガ国最大の道場の師範を務める。
「……」
ハナはファザの優しい声かけに警戒し、無言のまま視線をエミリーへ流す。
だがエミリーは目を瞑ったまま道場の隅で佇んでいる。
「まぁ良い、今日は祝うべき日だ。お前の魔法の力を私に見せてみよ」
ファザはそう言うと、ニチ子に視線を向けた。
「女剣士の具現化か……なるほど稀有な魔法だ」
ファザはニチ子の体を嘗め回すように見た後、
「ヨナよ、値踏みしなさい」
そう言って道場の上座に陣取り、片膝を立てあぐらをかいた。
「いいんですか父上、俺は相手が女だからって手加減しませんよ?」
ヨナは笑いながら木剣で肩を2、3度叩いた。
「構わん、どうせ魔法で出来たまがい物だ。そうだろうハナ、潰してもまだ出せばいい」
「まがい物じゃない、ニチ子は僕の大事な友達だ」
ファザとヨナの一方的な会話に、思わずハナは叫ぶ。
「フハハ、言うようになったなハナ、私に抗弁するか、これが終わったら再教育してやる、覚悟しておけよ」
ファザに睨み付けられたハナは委縮する。魔法が一向に使えず虐げられていた幼少期の記憶で体が震えていた。
「魔法で出来た女剣士か、どんな味がするのかねぇ、デカい女も嫌いじゃないぜオレは」
ヨナは、そう言って舌なめずりをした。
剣帝と呼ばれ、門下生も多く、誰もが認める腕の持ち主だが、よからぬ噂が絶えないことをハナは知っている。
実際、裏では狂った色情魔とも呼ばれ、残忍な行為も行っているが、その剣技と大賢者ファザの実子という肩書に誰も彼の愚行を咎められないでいた。
「やめてヨナ兄さん、ニチ子はまだ試合なんて……」
「いいんだハナ、私は今、高揚している」
ハナの肩を掴み、言葉を遮ったのはニチ子だった。
「ニチ子?」
ハナにはニチ子が笑ったように見えた。
そして、扉が開け放たれている道場内に風が吹き込み、ニチ子の向こう側、道場の庭で風に靡く花に一瞬目を奪われた。
その庭の花壇には”千日紅”が咲き乱れていた。
ハナとニチ子が千日紅の魔法効果に喜んでいると、どこからか乾いた拍手が聞こえてきた。
「お見事ですね、ハナ兄様」
拍手の主はハナを兄と呼び称賛したが、表情は不機嫌に口を尖らせている。
「エミリー、どうしたの? お母さんは一緒じゃないの」
声の主を見たハナは驚いた表情で聞き返した。
ハナの記憶の中のエミリーは母の傍をひと時も離れようとしない甘えん坊で、孤児院に入る前まで、よく一緒に遊んでいて笑顔がよく似合う可愛い妹のままだった。
「今日は私一人です、ハナ兄様。それと、お父様がお呼びですのでご同行願えますか?」
「お父さんが僕を? どうして? お母さんは何て言っているの?」
自分のことをお兄ちゃんと呼んでいた幼い妹の落ち着いた姿に少し動揺するハナ。
「ちっ、何時までも、幾つになっても、お母さん、お母さんってうるさいんですよ」
「エミリー……」
今まで見たことない妹の苛立ちに言葉が出ないハナ。
「失礼、取り乱しました、さっさとその大女を連れて付いてきて下さい、お父様の命令は絶対です、わかりますよね?」
「分かった」
エミリーの気迫に押されたハナ。父親の言葉に逆らうことが出来ないことも知っている。
「大丈夫なのかハナ?」
その様子を伺っていたニチ子が心配そうに声をかける。
「大丈夫だよニチ子、エミリーは本当は優しい子なんだ、きっと何かあったんだよ、付いて行こう」
妹のだたならぬ雰囲気に覚悟を決めるハナ。
「ここは、ヨナ兄さんの……」
エミリーに連れられハナとニチ子が訪れたのは、孤児院からそう離れていない天帝流の道場。
ハナの兄妹、四男の剣帝ヨナが軍務の傍らに指導を務める剣道場だ。
「ここは……」
ハナに釣られて思わず息を飲み、顔を歪めるニチ子。
その視線の先には道場の庭に咲く花々が映っている。
しかし、ハナはニチ子の異変に気付くことなく道場の神棚の下に陣取る人物に全神経を向ける。
「久しぶりだなハナ、ようやく魔法が使える様になったそうじゃないか、なぜ私に報告しに来ぬのだ?」
黒ずくめの司祭服、エルフの象徴である鋭く長い耳介を強調するための黒髪オールバック、綺麗に整えられた顎鬚、目じりに皺はなく、年齢よりも若く精鍛な顔つきでハナに優しく声をかけたのは実父であるファザだった。
その隣には白の剣道着と黒の袴に身を包んだ、同じくエルフの耳を持つ男。父親と同じようにオールバックにした青い髪と、やはり精鍛な顔つきで不敵な笑みを浮かべて立っている。
男の名はヨナ。ハナの兄弟で四男。魔法剣の才に恵まれ、若くしてアララガ国最大の道場の師範を務める。
「……」
ハナはファザの優しい声かけに警戒し、無言のまま視線をエミリーへ流す。
だがエミリーは目を瞑ったまま道場の隅で佇んでいる。
「まぁ良い、今日は祝うべき日だ。お前の魔法の力を私に見せてみよ」
ファザはそう言うと、ニチ子に視線を向けた。
「女剣士の具現化か……なるほど稀有な魔法だ」
ファザはニチ子の体を嘗め回すように見た後、
「ヨナよ、値踏みしなさい」
そう言って道場の上座に陣取り、片膝を立てあぐらをかいた。
「いいんですか父上、俺は相手が女だからって手加減しませんよ?」
ヨナは笑いながら木剣で肩を2、3度叩いた。
「構わん、どうせ魔法で出来たまがい物だ。そうだろうハナ、潰してもまだ出せばいい」
「まがい物じゃない、ニチ子は僕の大事な友達だ」
ファザとヨナの一方的な会話に、思わずハナは叫ぶ。
「フハハ、言うようになったなハナ、私に抗弁するか、これが終わったら再教育してやる、覚悟しておけよ」
ファザに睨み付けられたハナは委縮する。魔法が一向に使えず虐げられていた幼少期の記憶で体が震えていた。
「魔法で出来た女剣士か、どんな味がするのかねぇ、デカい女も嫌いじゃないぜオレは」
ヨナは、そう言って舌なめずりをした。
剣帝と呼ばれ、門下生も多く、誰もが認める腕の持ち主だが、よからぬ噂が絶えないことをハナは知っている。
実際、裏では狂った色情魔とも呼ばれ、残忍な行為も行っているが、その剣技と大賢者ファザの実子という肩書に誰も彼の愚行を咎められないでいた。
「やめてヨナ兄さん、ニチ子はまだ試合なんて……」
「いいんだハナ、私は今、高揚している」
ハナの肩を掴み、言葉を遮ったのはニチ子だった。
「ニチ子?」
ハナにはニチ子が笑ったように見えた。
そして、扉が開け放たれている道場内に風が吹き込み、ニチ子の向こう側、道場の庭で風に靡く花に一瞬目を奪われた。
その庭の花壇には”千日紅”が咲き乱れていた。
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