花ノ魔王

長月 鳥

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第二章 千日紅

色褪せぬ愛

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 「凄いよニチ子。もう剣術の型を覚えたの?」
 翌日の朝、目を覚ましたハナは窓の外で剣を振るうニチ子に声をかけた。
 「おはようハナ。私の剣技は様になっているかな」
 ニチ子の表情は、一晩中剣を振っていたにも関わらず明るく、そして汗一つかいていない。
 「これってもう天帝流剣術皆伝レベルじゃないの?」
 「なんだそれは、強いのか?」
 「うん……」
 天帝流剣術はハナの祖父が確立させた流派で、剣に魔力や魔法を付与する、いわゆる魔法剣と呼ばれる剣技。
 アララガの国では他の流派の追随を許さず、門下生は6万人を超える。
 ハナも幼少期から習っているが、魔法が使えないという理由で風当たりは強く、あまり良い思い出がない。

 「なるほど天帝流か……」
 「でも意外だな、お花も剣術に憧れたりするんだ」
 ハナは木剣を持つニチ子が少し表情豊かになったことを喜んだ。
 「憧れか……そんな大層なものじゃないさ」
 「そうなの? じゃあどうして剣術を覚えたいって……」
 シーラとは全く違う、なにか思い詰めているようなニチ子の表情にハナは少し心配になった。

 「それは……」

 「ハナっ」
 ニチ子がハナの問いに応えようとした矢先、ハナを呼ぶ声が響いた。
 「お、お母さんっ!!」
 ハナが視線を飛ばした先には、アビー先生、それと小さな女の子、そしてハナが“お母さん”と呼んだ女性が立っている。
 「ハナ、ちょっとこっちに来なさい」
 白い司祭のローブに身を包み、エルフの耳を隠すようにフードを被っている女性は、ハナの母親フローラ。
 その隣でハナを睨んでいるのはハナの兄妹で一番下の妹エミリー。母親とは対照的な黒のローブと黒いブーツで大人びた風貌だが、黒髪のおさげが幼さを隠しきれていない。

 「エミリーも来てたんだ。待ってて」
 ハナは、すぐに着替えて部屋を出た。

 フローラは月に数回、身分を隠して孤児院を訪れる。
 それは母親としての責任でも義務でもなく、夫に逆らえずに我が子と縁を切ったことへの背徳感を晴らすためでもない。ただ我が子を愛しているから取る行動だった。
 それを肌で感じるハナは、母親が訪ねる日をいつも心待ちにしていた。

 「なんで嘘をついたの?」
 笑顔で駆け寄るハナをフローラは叱った。
 隣に居るアビー先生がバツの悪い顔でハナから目を逸らした。
 アビー先生に悪気があったわけではなく、古い友人であるフローラにハナの姉を名乗るニチ子のことを知らせたのだ。

 「ごめんなさい、お母さん」
 ハナは即座に理解し謝罪した。
 軽い嘘のつもりだったが、フローラの真面目な顔と「どんなことがあっても誠実でいなさい」という教えを思い出し、ハナは少し涙した。

 「私からも謝罪させてくれないか」
 隣で見ていたニチ子が両膝を地面に付け
 「ハナが嘘つかねばならなくなったのは私のせいだ。心より謝罪する」
 そして深く頭を下げた。

 「僕のせいなんだからニチ子は謝らなくて大丈夫だよ」
 「いいや、ハナは悪くない」
 「とにかく頭を上げて」
 「許しを得るまでは上げぬ」
 「ニチ子ぉ」
 ハナはニチ子の腕を掴み持ち上げようとするが、ニチ子は岩のように動かない。
 必死になったハナの目から涙は消えていた。

 それを見ていたフローラとアビー先生は、顔を見合わせて含み笑いを浮かべた。

 「なんだかホントに仲の良い姉弟みたいだけど……ハナ、そちらの方はどなたなの?」
 フローラは優しい声で尋ねた。

 「お母さん、あのね……」
 シーラのこと。
 ニチ子のこと。
 この魔法のこと。
 ハナは相談するつもりだったことを全部話した。

 「そう……遂に魔法が使えるようになったのね」
 フローラは複雑な表情を見せる。
 そして、父親や他の兄弟には報告しないと言った。
 
 「やっぱりみんなには言わない方がいいの? 僕はお父さんにも喜んでほしいけど……でも、お花屋さんにもなりたいんだ」
 ハナはズボンの裾を握り、自分には決められないと続けた。
 「ハナは優しいハナのままで良いのよ、軍になんて入らせないわ」
 フローラはそう応える。
 父親と母親に確執があったわけではない。
 しかし、厳格な大賢者である父ファザは、子供が幼かろうが女だろうが、優秀な魔法が使えるならばと、嬉々として自らの軍に引き入れる。
 国を守る為と言えば聞こえは良いが、スパルタ教育で性格さえも変わっていく子供たちをフローラは憂いており。
 魔法は使えるが魔力の弱い末っ子の妹エミリーと魔法の使えなかったハナだけがフローラの元に残り、心のより所となっていた。
 
 「待っていてねハナ、お母さんがなんとかするから」
 そう言い残して母と妹は孤児院を後にした。

 ※

 その夜、大賢者ファザの書斎。
 「お父様、ハナが魔法を習得したようです」
 エミリーは、薄暗い部屋で深く頭を下げた。
 「ほう、追放し虐げれば或いはと思っていたが、遂に覚醒したか」
 ファザは、顎鬚に触れて笑う。

 「はい、異質な魔法ではありますが、お父様のお役に立てると思われます」
 「うむ、ご苦労だったエミリー」
 「はい」
 「隠密魔法もだいぶ様になってきたな、期待しているぞエミリー」
 「ありがとうございますお父様。では私はこれで」
 「うむ」

 「花を人に変化させる魔法か……面白い」
 一人になったファザは不敵な笑みを浮かべ

 「お兄……いいえ、ハナ……あなたにだけは絶対に負けないから」
 ファザの部屋を後にしたエミリーは、唇を強く噛んだ。
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