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第二章 千日紅
謙虚
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薄い紫のドレッドヘア、血色の良い厚い唇、長いまつ毛と大きな青い瞳。
180㎝をゆうに超えているであろう身長と筋肉質な体つき。
そして……。
「うわぁ、シーラと全然違う……」
ハナがそう溜息をついたのは、その大きな胸なのか、それともその胸と臀部を覆う黒い“さらし”のような布なのか、いずれにしてもハナの目に映るのは、確かに千日紅の花だった美しい女性。
「何用か?」
裸ではないにしろ、布切れ1枚にも動じない美女は仁王立ちでハナを見下ろして言った。
「は、初めまして、僕はハナって言います」
落ち着いたハスキーなその声で我に返り、慌てて視線を下に向けるハナ。
そして、その手に持っているシーラ用の小さな衣類が意味をなさないことに気付き
「あ、あの、今すぐに大人用の服を借りてきますね……。でも、どうしよう大人用の服、アビー先生? いやまた怒られちゃうよね、お母さんのは小さいだろうし、兄さん達の……」
「私はこのままでも構わんが?」
千日紅だった女性は眉一つ動かさない。
「い、いやダメだよ、女の人がそんな恰好でいたらダメ」
「なぜ?」
「なぜって、それはみんなが目のやり場に困るし」
「私は困らんが?」
「と、とにかく、今は僕の部屋に来てもらって、それから考えよう」
「分かった。私はハナに呼ばれたのだからそれに従おう」
ハナは胸をなでおろす。
本当は一度花に戻すことも考えたが、それはそれで千日紅の花に失礼な気がして思い留まった。
「あの、千日紅って呼び難いからさ、ニチ子って呼んでもいいかな、ほらセンニチコウだからニチ子」
できるだけ人通りの少ない道を選びながら家路を急ぐハナは、無言のまま付いてくる千日紅の花に言った。
「構わんよ」
ニチ子は一言だけ返す。
「ホント? 良かった。良い名前でしょ? ニチ子」
ハナは喜び俯きがちだった顔を上げ、足取りも軽くなる。
「……」
良い名前……ニチ子は、それを否定しなかったことを少し後悔した。
帰りの道すがら、ニチ子の衣類について色々と考えたハナだったが、結局一番身近な大人であるアビー先生に相談することにした。
「ハナのお姉様ですか? これはこれは、お噂はかねがね伺っております」
ハナはニチ子を姉だと伝え、訓練で服が破れてしまったから貸してほしいと頼んだのだ。
ハナの家族【フラウ家】はアッガーダンデ7ヶ国の1国【アララガ】の国王に代々仕える貴族の家系。
国軍の最高顧問の祖父ファフ。
大賢者の称号を持つ父ファザと母フローラの間に生まれた11人兄妹。
剣聖:ワン(長男)
軍司:ニコ(次男)
魔法剣士:ミオ(長女)
風術士:サン(三男)
剣帝:ヨナ(四男)
賢者:エリナ(次女)
炎術士:ゴーシェ(五男双子)
氷術士:ローシュ(六男双子)
剣士:ナオ(七男)
風術士見習い兼諜報員:エミリー(三女)
それぞれが国から特別な称号を付与された逸材、文字通りエリート家族だ。
ハナは七男のナオと三女エミリーの間に入るが、魔法が使えないことを理由に追放され孤児院で生活している。
非情な行為だと批判も多かったが、君主制で軍事力に重きを置くアララガの国で声を上げる民は少ない。
「私なんかの服でよければいくらでも持って行って下さい」
縦にも横にも大きかったアビー先生は、“ハナの姉ってこんな人だったっけ?”と少し首を傾げたが、“さらし”姿の筋骨隆々な女性を前に、疑う理由を捨てて自分の服を何着か用意した。
「ご厚情、痛み入ります」
不愛想だが、貫禄があるその立ち居振る舞いもアビー先生のお眼鏡にかない、ニチ子は丸襟の白いシャツと動きやすい黒のズボンを選び着替えた。
「良かったねニチ子」
「こら、ハナ、お姉様を呼び捨てにするなんて」
アビー先生はハナを強めに叱った。
シーラの言っていた通り、アビー先生は誰が見てもハナに厳しい。
それでもハナは先生が好きだった。
厳しさの中にも、優しさを感じていたからだろう。家族に見捨てられ、自分を真面目に叱ってくれる人が居なかったからかもしれない。
「アビー先生、ごめんなさい」
だからハナはすぐさま謝罪し、ニチ子姉さんと言い直した。
それを見ていたニチ子は、人になって初めてその表情を緩めた。
「じゃあ、また何かあったら声をかけて下さいね」
そう言い残し、アビー先生はハナの部屋を後にする。
「じゃあ改めまして、よろしくねニチ子姉さん」
ハナはそう言って右手を伸ばした。
「もう嘘をつく必要はないだろう、ニチ子でいい」
ニチ子は握手を拒んだ。
「嘘は良くないよね……」
取り急ぎだったとはいえ、ハナ自身もアビー先生への嘘に罪悪感を感じていた。
「分かっているのであれば良しだ。よろしくなハナ」
ニチ子はハナの右手を取り、握手を交わす。
「それで、私を人の形に変えた理由はなんだ」
ハナはずっと不思議だった。
自由に動き回れることや会話ができることを凄く喜んでいたシーラと、無愛想な表情で言われるがままのニチ子の違いに少し戸惑っていた。
「ニチ子は楽しくないの?」
「楽しい? この状況がか?」
「うん」
「私は花だ。それ以上でも以下でもない」
「そ、そうか、そうだよね。でも何かこう、人になってやってみたいなってこととかあるでしょ?」
ハナがニチ子を呼んだ理由は、自分が魔法を使えるようになったことを母親に見せるためだった。
もしかしたらこの迫害の日々から解放され、家族の寵愛を再び受けることができるかもしれない。
ハナにとっては何よりも優先すべき試みだったが、ニチ子のその硬い表情にハナはまず寄り添うことを選ぶ。
「やってみたいこと……か、そうだな……」
ニチ子は、窓の外を眺め、そして指を差して言った。
「アレを……習得したい」
「アレ?」
ハナは、窓から身を乗り出してニチ子の指す方角を確認する。
そこには院の上級生達が剣を振るう姿があった。
「剣? 剣術がしたいってこと?」
「ダメか?」
「全然ダメじゃないよ。良かった、実は僕も習っている最中なんだ。魔法が苦手な子は剣術で貢献しろって教わってるからね」
ハナは喜び勇み、自分の木剣を取り出しニチ子に手渡した。
「これが、剣か……」
ニチ子は目を輝かせる。
「本物じゃないけどね、でも練習はできるよ。僕で良かったら教えてあげる」
「頼む」
ハナは剣の持ち方から構え、決め台詞までを簡単に教えた。
「我が剣に切れぬもの無し……こうでいいかハナ?」
「うん、すごくカッコいいよ」
楽しい時間はあっという間に過ぎ、母親にニチ子を紹介するのは翌日に持ち越すことにしたハナは、その夜ぐっすりと眠りについた。
そして、ニチ子はハナが眠った後も、木剣を握り、朝が来るまで振った。
180㎝をゆうに超えているであろう身長と筋肉質な体つき。
そして……。
「うわぁ、シーラと全然違う……」
ハナがそう溜息をついたのは、その大きな胸なのか、それともその胸と臀部を覆う黒い“さらし”のような布なのか、いずれにしてもハナの目に映るのは、確かに千日紅の花だった美しい女性。
「何用か?」
裸ではないにしろ、布切れ1枚にも動じない美女は仁王立ちでハナを見下ろして言った。
「は、初めまして、僕はハナって言います」
落ち着いたハスキーなその声で我に返り、慌てて視線を下に向けるハナ。
そして、その手に持っているシーラ用の小さな衣類が意味をなさないことに気付き
「あ、あの、今すぐに大人用の服を借りてきますね……。でも、どうしよう大人用の服、アビー先生? いやまた怒られちゃうよね、お母さんのは小さいだろうし、兄さん達の……」
「私はこのままでも構わんが?」
千日紅だった女性は眉一つ動かさない。
「い、いやダメだよ、女の人がそんな恰好でいたらダメ」
「なぜ?」
「なぜって、それはみんなが目のやり場に困るし」
「私は困らんが?」
「と、とにかく、今は僕の部屋に来てもらって、それから考えよう」
「分かった。私はハナに呼ばれたのだからそれに従おう」
ハナは胸をなでおろす。
本当は一度花に戻すことも考えたが、それはそれで千日紅の花に失礼な気がして思い留まった。
「あの、千日紅って呼び難いからさ、ニチ子って呼んでもいいかな、ほらセンニチコウだからニチ子」
できるだけ人通りの少ない道を選びながら家路を急ぐハナは、無言のまま付いてくる千日紅の花に言った。
「構わんよ」
ニチ子は一言だけ返す。
「ホント? 良かった。良い名前でしょ? ニチ子」
ハナは喜び俯きがちだった顔を上げ、足取りも軽くなる。
「……」
良い名前……ニチ子は、それを否定しなかったことを少し後悔した。
帰りの道すがら、ニチ子の衣類について色々と考えたハナだったが、結局一番身近な大人であるアビー先生に相談することにした。
「ハナのお姉様ですか? これはこれは、お噂はかねがね伺っております」
ハナはニチ子を姉だと伝え、訓練で服が破れてしまったから貸してほしいと頼んだのだ。
ハナの家族【フラウ家】はアッガーダンデ7ヶ国の1国【アララガ】の国王に代々仕える貴族の家系。
国軍の最高顧問の祖父ファフ。
大賢者の称号を持つ父ファザと母フローラの間に生まれた11人兄妹。
剣聖:ワン(長男)
軍司:ニコ(次男)
魔法剣士:ミオ(長女)
風術士:サン(三男)
剣帝:ヨナ(四男)
賢者:エリナ(次女)
炎術士:ゴーシェ(五男双子)
氷術士:ローシュ(六男双子)
剣士:ナオ(七男)
風術士見習い兼諜報員:エミリー(三女)
それぞれが国から特別な称号を付与された逸材、文字通りエリート家族だ。
ハナは七男のナオと三女エミリーの間に入るが、魔法が使えないことを理由に追放され孤児院で生活している。
非情な行為だと批判も多かったが、君主制で軍事力に重きを置くアララガの国で声を上げる民は少ない。
「私なんかの服でよければいくらでも持って行って下さい」
縦にも横にも大きかったアビー先生は、“ハナの姉ってこんな人だったっけ?”と少し首を傾げたが、“さらし”姿の筋骨隆々な女性を前に、疑う理由を捨てて自分の服を何着か用意した。
「ご厚情、痛み入ります」
不愛想だが、貫禄があるその立ち居振る舞いもアビー先生のお眼鏡にかない、ニチ子は丸襟の白いシャツと動きやすい黒のズボンを選び着替えた。
「良かったねニチ子」
「こら、ハナ、お姉様を呼び捨てにするなんて」
アビー先生はハナを強めに叱った。
シーラの言っていた通り、アビー先生は誰が見てもハナに厳しい。
それでもハナは先生が好きだった。
厳しさの中にも、優しさを感じていたからだろう。家族に見捨てられ、自分を真面目に叱ってくれる人が居なかったからかもしれない。
「アビー先生、ごめんなさい」
だからハナはすぐさま謝罪し、ニチ子姉さんと言い直した。
それを見ていたニチ子は、人になって初めてその表情を緩めた。
「じゃあ、また何かあったら声をかけて下さいね」
そう言い残し、アビー先生はハナの部屋を後にする。
「じゃあ改めまして、よろしくねニチ子姉さん」
ハナはそう言って右手を伸ばした。
「もう嘘をつく必要はないだろう、ニチ子でいい」
ニチ子は握手を拒んだ。
「嘘は良くないよね……」
取り急ぎだったとはいえ、ハナ自身もアビー先生への嘘に罪悪感を感じていた。
「分かっているのであれば良しだ。よろしくなハナ」
ニチ子はハナの右手を取り、握手を交わす。
「それで、私を人の形に変えた理由はなんだ」
ハナはずっと不思議だった。
自由に動き回れることや会話ができることを凄く喜んでいたシーラと、無愛想な表情で言われるがままのニチ子の違いに少し戸惑っていた。
「ニチ子は楽しくないの?」
「楽しい? この状況がか?」
「うん」
「私は花だ。それ以上でも以下でもない」
「そ、そうか、そうだよね。でも何かこう、人になってやってみたいなってこととかあるでしょ?」
ハナがニチ子を呼んだ理由は、自分が魔法を使えるようになったことを母親に見せるためだった。
もしかしたらこの迫害の日々から解放され、家族の寵愛を再び受けることができるかもしれない。
ハナにとっては何よりも優先すべき試みだったが、ニチ子のその硬い表情にハナはまず寄り添うことを選ぶ。
「やってみたいこと……か、そうだな……」
ニチ子は、窓の外を眺め、そして指を差して言った。
「アレを……習得したい」
「アレ?」
ハナは、窓から身を乗り出してニチ子の指す方角を確認する。
そこには院の上級生達が剣を振るう姿があった。
「剣? 剣術がしたいってこと?」
「ダメか?」
「全然ダメじゃないよ。良かった、実は僕も習っている最中なんだ。魔法が苦手な子は剣術で貢献しろって教わってるからね」
ハナは喜び勇み、自分の木剣を取り出しニチ子に手渡した。
「これが、剣か……」
ニチ子は目を輝かせる。
「本物じゃないけどね、でも練習はできるよ。僕で良かったら教えてあげる」
「頼む」
ハナは剣の持ち方から構え、決め台詞までを簡単に教えた。
「我が剣に切れぬもの無し……こうでいいかハナ?」
「うん、すごくカッコいいよ」
楽しい時間はあっという間に過ぎ、母親にニチ子を紹介するのは翌日に持ち越すことにしたハナは、その夜ぐっすりと眠りについた。
そして、ニチ子はハナが眠った後も、木剣を握り、朝が来るまで振った。
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