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クレサによる混乱②
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その日、私が出勤した時には、他の店舗の店長と、その店舗のアルバイト二人が手際よく開店の準備を行っていた。
「ばいばい、弘英君っ」
希ちゃんが、少し不貞腐れた表情で通り過ぎていった。
「どうしたんですか?」
私がそう言い終わる頃には、自転車で街に溶け込んだ後だった。
「割の良いバイトだったんだけどなぁ、スロでも行くかぁ。じゃあスロ屋で待ってるからな弘英」
今度は門田が私の肩を叩いて街に消えて行った。一体なにが起こっているのだろう。
「弘英さん、店長が休憩室で呼んでます。短い間でしたが、ありがとうございました」
後輩の裕斗が肩を落とし悲し気な表情でお辞儀した。
「みんな、どうしたの?」
「早く言った方がいいですよ」
私の問いに裕斗はすぐさま返した。その理由は明白だ。私は店長のいる休憩室へ急いだ。
「おまえも、やってたのかぁー、おらぁー、ひとの店で何しとんじゃー」
休憩室に入るなりの店長の怒号が飛んだ。
林田店長は30歳、中肉中背、接客、筐体(アーケードゲーム機の呼び名)の組み立て、メンテナンス、何をさせてもパーフェクトな尊敬すべき店長である。がしかし、怒ると手が付けられない、曲がったことが嫌いで、不正を働くお客さんに飛び蹴りを食らわすことも多々。
店長が店に来て、呼び出しを食らったら8割は雷が落ちることを皆知っている。
「弘英‼ お前も常連客に勝手にクレサしてたんか? 正直に答えろ」
クレサとはクレジットサービスの略で、ゲームセンター用に改造されたスロット機等は、メダル投入口とは違う場所に100円玉を投入してメダルに換算し遊戯するものが一般的だ。
しかし、これが曲者で、硬貨によっては、センサーをいとも簡単にスルーするのである、それもそのはず、硬貨を判別しクレジットに反映させるコインカウンターは物理式が一般的で、硬貨別に大きさを変えた投入口と、針金が付いているだけのコインセンサーは、店員とお客さんの間でお金を入れた入れてないで度々トラブルを引き起こすのである。
お金を投入した証拠は、前日の集計表とコインボックスに入っているお金の枚数等を照らし合わせ、誤差が無いか確認し、余分に入っている硬貨を取り出し、再度コインカウンターに投入するのだが、正直言って営業中にそんな事やっていたら、それだけで日が暮れる頻度で発生するのである。
そこで、お客さんの言葉を信じて、投入したであろう硬貨分のクレジットをクレジットサービスボタンなるスイッチを押し、クレジットを反映させる。これがクレサだ。
どうやら私以外の早番は、友人や親しくなった客に不正にクレサを行い無料で遊戯をさせていたようだ。もしかしたらなんらかの見返りがあったのかもしれない。
そうなると、いくら設定が厳しいスロット機とはいえメダルが無限に出て来る。そのメダルを使って無料で他のゲームを楽しめるということで、店の利益はゼロどころか、不正を使って遊んでいるゲーム機が埋まっている分、本来お金を使って遊ぶお客さんが遊戯できないのだからマイナスである。
そんなことが許されるはずもなく、他のお客さんからの情報提供と監視カメラの映像で確証を得た店長が降臨したというわけだ。
そして、私も疑われている。不正なクレサをしたのか、していないのか……。
確かに、クレサしたことはある。
しかし、前述のコインカウンターの構造上、不正であるかないかの判別などできようもない。
「弘英君、ごめんだけど私、今手が離せないからさ、あのお客さんに5クレジット入れといてもらえる?」
希ちゃんに可愛くお願いされたら断る理由もなく、とっぽい金髪のイケメンがプレイしているパチスロ機に“5回も連続でセンサーが反応しないなんてあるかな”と思いつつも500円分のクレサを行ったりもした。
「店長、私は“不正”なクレサなんてしてませんっ」
嘘ではない、不正だと分かっていたらクレサなんかしなかった……。
いや、私が希ちゃんや門田の立場だったらどうしただろう。友達が居て、遊びに来てくれて、ある程度お金を落としてくれた後なら、ちょっとくらいサービスしてあげても良いと思ってしまうのだろうか……その友達が店の常連となり、ある程度の売り上げに貢献してくれるのなら、それはゲームセンター業界の未来に繋がるのではないのか?
自問自答しても仕方がない、クレサはしたが“不正”とみなされるクレサはしていない。これが私の言い分だ。あとは店長の裁量次第。
「そうか、よし仕事に戻れ」
あっけにとられたが、不正を告発したお客さんや、遅番スタッフへのリサーチは入念に行われていたようで、私の名前は挙がっていなかったとのことだ。私は許された。
「おっそうだ、今日は麻雀ネット倶楽部のバージョンアップあるから手伝え、もうすぐアップデートキット届くから、お客さんがゲームしないように電源落としておけよ」
「わかりました。ありがとうございますっ」
クレサの件については、それ以上言われなかった。店長のこの切り替えの早さは見習うべきだろう。
希ちゃんがクビになってしまったのは残念だが、この業界の人の出入りは昔から激しく、求人を出せばすぐに埋まる。そして敷居が低い分、アルバイトだった人が店長を任されることも多いらしく、林田店長もアルバイト上がりだそうだ。
この人を見習い、技術を得ることが出来れば、私も店長になれるかもしれない。そうすれば元の世界に戻る近道になるかも。怒ると怖いけど、真っ直ぐな人だから信頼もできるし。
私は、そんな林田店長の大きな背中を見ながら、麻雀ゲームのバージョンアップに向かった。
“麻雀ネット倶楽部”とは、近場のゲームセンターに居ながら他のゲームセンターで遊戯している人と対戦できる麻雀ゲームである。
雀荘がまだまだ主流な2004年において確立された、この画期的なゲームは一気に人々を魅了し、朝から学生が占拠し、仕事帰りのサラリーマンがスーツのまま閉店まで居座った。
気軽に知らない人と麻雀を楽しめ、結果に応じた段位や称号などが付与され、ゲームセンターの花形機種となったのだ。
しかし、今回のバージョンアップはオンラインプレイ強化のため過去に類を見ない程の配線量と、プレイに必要な専用カードを使用するために設置されるカードリーダーなる物のせいで、複雑な構造となっていた。それを見越して林田店長は私を指名したのだろう、クレサによる混乱の鞭としての意味合いもあるのかもしれない。
結局、バージョンアップ作業が終了したのは夜の8時過ぎだったが、8台ある麻雀ネット倶楽部は無事に完成し、あっという間に満席となった。
バージョンアップを心待ちにしていたお客さん達は、両替した大量の100円玉を握りしめ熱中しきりだ。楽しそうな顔を見ると残業の疲れも吹き飛ぶというもの。
転生の呪縛から解放されることが目的だったが、こんな笑顔を見ることができるのならやりがいも感じるというもの。私の使命はまだまだ始まったばかりだが、ゲームセンター業界の未来は明るいな。
「ばいばい、弘英君っ」
希ちゃんが、少し不貞腐れた表情で通り過ぎていった。
「どうしたんですか?」
私がそう言い終わる頃には、自転車で街に溶け込んだ後だった。
「割の良いバイトだったんだけどなぁ、スロでも行くかぁ。じゃあスロ屋で待ってるからな弘英」
今度は門田が私の肩を叩いて街に消えて行った。一体なにが起こっているのだろう。
「弘英さん、店長が休憩室で呼んでます。短い間でしたが、ありがとうございました」
後輩の裕斗が肩を落とし悲し気な表情でお辞儀した。
「みんな、どうしたの?」
「早く言った方がいいですよ」
私の問いに裕斗はすぐさま返した。その理由は明白だ。私は店長のいる休憩室へ急いだ。
「おまえも、やってたのかぁー、おらぁー、ひとの店で何しとんじゃー」
休憩室に入るなりの店長の怒号が飛んだ。
林田店長は30歳、中肉中背、接客、筐体(アーケードゲーム機の呼び名)の組み立て、メンテナンス、何をさせてもパーフェクトな尊敬すべき店長である。がしかし、怒ると手が付けられない、曲がったことが嫌いで、不正を働くお客さんに飛び蹴りを食らわすことも多々。
店長が店に来て、呼び出しを食らったら8割は雷が落ちることを皆知っている。
「弘英‼ お前も常連客に勝手にクレサしてたんか? 正直に答えろ」
クレサとはクレジットサービスの略で、ゲームセンター用に改造されたスロット機等は、メダル投入口とは違う場所に100円玉を投入してメダルに換算し遊戯するものが一般的だ。
しかし、これが曲者で、硬貨によっては、センサーをいとも簡単にスルーするのである、それもそのはず、硬貨を判別しクレジットに反映させるコインカウンターは物理式が一般的で、硬貨別に大きさを変えた投入口と、針金が付いているだけのコインセンサーは、店員とお客さんの間でお金を入れた入れてないで度々トラブルを引き起こすのである。
お金を投入した証拠は、前日の集計表とコインボックスに入っているお金の枚数等を照らし合わせ、誤差が無いか確認し、余分に入っている硬貨を取り出し、再度コインカウンターに投入するのだが、正直言って営業中にそんな事やっていたら、それだけで日が暮れる頻度で発生するのである。
そこで、お客さんの言葉を信じて、投入したであろう硬貨分のクレジットをクレジットサービスボタンなるスイッチを押し、クレジットを反映させる。これがクレサだ。
どうやら私以外の早番は、友人や親しくなった客に不正にクレサを行い無料で遊戯をさせていたようだ。もしかしたらなんらかの見返りがあったのかもしれない。
そうなると、いくら設定が厳しいスロット機とはいえメダルが無限に出て来る。そのメダルを使って無料で他のゲームを楽しめるということで、店の利益はゼロどころか、不正を使って遊んでいるゲーム機が埋まっている分、本来お金を使って遊ぶお客さんが遊戯できないのだからマイナスである。
そんなことが許されるはずもなく、他のお客さんからの情報提供と監視カメラの映像で確証を得た店長が降臨したというわけだ。
そして、私も疑われている。不正なクレサをしたのか、していないのか……。
確かに、クレサしたことはある。
しかし、前述のコインカウンターの構造上、不正であるかないかの判別などできようもない。
「弘英君、ごめんだけど私、今手が離せないからさ、あのお客さんに5クレジット入れといてもらえる?」
希ちゃんに可愛くお願いされたら断る理由もなく、とっぽい金髪のイケメンがプレイしているパチスロ機に“5回も連続でセンサーが反応しないなんてあるかな”と思いつつも500円分のクレサを行ったりもした。
「店長、私は“不正”なクレサなんてしてませんっ」
嘘ではない、不正だと分かっていたらクレサなんかしなかった……。
いや、私が希ちゃんや門田の立場だったらどうしただろう。友達が居て、遊びに来てくれて、ある程度お金を落としてくれた後なら、ちょっとくらいサービスしてあげても良いと思ってしまうのだろうか……その友達が店の常連となり、ある程度の売り上げに貢献してくれるのなら、それはゲームセンター業界の未来に繋がるのではないのか?
自問自答しても仕方がない、クレサはしたが“不正”とみなされるクレサはしていない。これが私の言い分だ。あとは店長の裁量次第。
「そうか、よし仕事に戻れ」
あっけにとられたが、不正を告発したお客さんや、遅番スタッフへのリサーチは入念に行われていたようで、私の名前は挙がっていなかったとのことだ。私は許された。
「おっそうだ、今日は麻雀ネット倶楽部のバージョンアップあるから手伝え、もうすぐアップデートキット届くから、お客さんがゲームしないように電源落としておけよ」
「わかりました。ありがとうございますっ」
クレサの件については、それ以上言われなかった。店長のこの切り替えの早さは見習うべきだろう。
希ちゃんがクビになってしまったのは残念だが、この業界の人の出入りは昔から激しく、求人を出せばすぐに埋まる。そして敷居が低い分、アルバイトだった人が店長を任されることも多いらしく、林田店長もアルバイト上がりだそうだ。
この人を見習い、技術を得ることが出来れば、私も店長になれるかもしれない。そうすれば元の世界に戻る近道になるかも。怒ると怖いけど、真っ直ぐな人だから信頼もできるし。
私は、そんな林田店長の大きな背中を見ながら、麻雀ゲームのバージョンアップに向かった。
“麻雀ネット倶楽部”とは、近場のゲームセンターに居ながら他のゲームセンターで遊戯している人と対戦できる麻雀ゲームである。
雀荘がまだまだ主流な2004年において確立された、この画期的なゲームは一気に人々を魅了し、朝から学生が占拠し、仕事帰りのサラリーマンがスーツのまま閉店まで居座った。
気軽に知らない人と麻雀を楽しめ、結果に応じた段位や称号などが付与され、ゲームセンターの花形機種となったのだ。
しかし、今回のバージョンアップはオンラインプレイ強化のため過去に類を見ない程の配線量と、プレイに必要な専用カードを使用するために設置されるカードリーダーなる物のせいで、複雑な構造となっていた。それを見越して林田店長は私を指名したのだろう、クレサによる混乱の鞭としての意味合いもあるのかもしれない。
結局、バージョンアップ作業が終了したのは夜の8時過ぎだったが、8台ある麻雀ネット倶楽部は無事に完成し、あっという間に満席となった。
バージョンアップを心待ちにしていたお客さん達は、両替した大量の100円玉を握りしめ熱中しきりだ。楽しそうな顔を見ると残業の疲れも吹き飛ぶというもの。
転生の呪縛から解放されることが目的だったが、こんな笑顔を見ることができるのならやりがいも感じるというもの。私の使命はまだまだ始まったばかりだが、ゲームセンター業界の未来は明るいな。
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