上 下
65 / 115
旅行編

63. 上品

しおりを挟む
 看板を出していないお店の雰囲気からなんとなく察していたが、ここはきっと高級店だ。リッチな人がお忍びで通いたくなるような、そんな感じだ。ま、まあ、僕はリッチじゃないから、完全にイメージなんだけどね。

 注文はライ達に丸投げした。メニュー表をちらっと見せてもらったけど、どれがいいのか全く分からなかったのだ。ジルやライが注文してくれたものなら、間違いないだろう。

「ウィル君、ジルとの生活にはもう慣れたのかしら?」

 おや。先ほどまでメニュー表で顔を隠しながらジルをチラチラ見ていたリーナさんが、僕に話しかけてきた。ジルの膝の上に座っているから、どうしても視界に入るのかもしれない。

「あう」

 そういえば、慣れるもなにも最初から快適だった。それに、ジルと出会って幸せばかり感じている。

「それは良かったわ。私も近くでできることがあればいいのだけれど、なかなか難しくて。ごめんなさいね」

「あうあう」

 とんでもない。忙しいのにこうやって気にかけてくれているだけでもありがたい。

「この前も言ったのだけれど、私にできることがあれば協力するわ。遠慮はしないでね」

 そう言って微笑むリーナさんは、まるで聖母のようだ。

「あう、あいあと」

 たとえ僕がジルの息子じゃなくても、リーナさんはこの微笑みを見せてくれるのだろう。

「助かる、リーナ」

「あっ、いえ、そんな、ただ私がそうしたいだけよ」

 あっという間に真っ赤になったリーナさんを、ジル以外のメンバーは生暖かい目で見ていた。


 そんなやり取りをしているうちに、料理が運ばれてきた。上品な店員さんが洗練された動きで、これまた上品な器に盛られた料理をテーブルに置いていく。
 僕はなんだか自分が場違いに思えてきたが、赤ちゃんにはそういうのは関係ないのだと開き直ることにした。

「ソルツァンテではよく食べられている料理ばかりよ。気に入ってもらえたら嬉しいわ」

 確かに、ファーティスの街などで食べた料理とは雰囲気が違う。というか、和食みたいだ。

「わーい!ぼく、ソルツァンテの料理、大好きだよー」

 ファムがそう言って食べ始める。他のみんなも、それぞれ注文した料理に舌鼓を打つ。

 僕が食べたのは、七草粥みたいに色々な野菜が入っているお粥だ。野菜の美味しさと、お米の柔らかな味わいがよく合っている。それに魚のほぐし身がトッピングされていて、味の変化も楽しめる。

 それから、白身魚のみぞれ煮も美味しかった。出汁の味と香りが上品で、すりおろした大根にたっぷり染み込ませ、魚と一緒に食べる。口の中で、あっさりした風味の白身魚に出汁がよく絡み、その調和が素晴らしい。

 他にも、お米や魚を使った料理がたくさんあった。テムががっついていた炊き込みご飯も、ファムがぽよぽよしながら食べていた白米のおにぎりも、ライが上品に食べていた海鮮丼も、もちろん他のも、どれも美味しそうだった。

 それぞれお腹いっぱい食べて、みんな幸せそうだ。僕も、幸せだ。

 上品なお店で料理を食べると自分まで上品な人間になったような気がするのは、僕だけだろうか。
 僕はいつもよりちょっと澄ました顔をして、ジルのお腹に寄りかかることにした。

「眠いか?」

 ···お澄まし顔は、僕にはまだ早かったようだ。


 夜ごはんを終えたら、今日はリーナさんとはお別れだ。

「リーナさん、今日来てもらえて嬉しいけど、明日は時間、大丈夫かい?」

「ええ、もちろんよ。あとは最終確認をするだけだから、明日はそれほど忙しくないの。明日もみんなと夕食をご一緒できたら嬉しいわ」

「ふふ、それなら良かった。それじゃあリーナさん、また明日ね」

「リーナ、おやすみー!」

「···また明日だぜっ」

 テムの小さい声が聞こえた。人見知りでもちゃんと挨拶するのは偉いね。

「ええ、みんな、また明日」

 みんなの挨拶に微笑むリーナさん。

「リーナ、おやすみ」

「···!お、おやすみなさい!」

 ファムと同じセリフのはずなのに、ジルに言われるとこうもリアクションが変わるのか。

「あ、そうだ!いいこと思いついたー!」

 ここで突然ファムが声を上げた。

「ジル、リーナを送ってあげたらー?ウィルくんは、ライに任せたら大丈夫だよー!」

「ええ!?ちょっと、ファム!」

 ほ、ほう。リーナさんとジルを二人っきりにする作戦か。
 ファムの提案に、リーナさんがめちゃくちゃ焦っている。

「ウィルも一緒に行けばいいだろう」

 僕を抱えるジルの腕に、ぎゅっと力が入った気がした。

「えー?だってリーナを送ってる間に眠くなっちゃうかもよー?ぼくは、早めに宿のベッドに寝かせてあげたほうがいいと思うなー?」

 ファムの声が楽しげだ。

「そうか···」

 ファムの意見を最もだと思ったのか、ジルが僕をライの前に降ろそうとする。
 その時、リーナさんが慌てて口を開いた。

「い、いいのよ!私は飛んで帰れるのだから!みんな、また明日会いましょう!」

 乙女なリーナさんは首まで赤く染めて、ぴゅーんと飛んで行ってしまった。

「あーあ、相変わらず奥手なんだからー」

「ふふ、相変わらずだね」

 そんなことを言いながらリーナさんを見送っている二人の横で、ジルは僕をしっかり抱え直していた。

「ふふ、ほんと、相変わらずだね」

 ライと目が合い、僕はコクリと頷いた。
しおりを挟む
感想 380

あなたにおすすめの小説

称号は神を土下座させた男。

春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

異世界に飛ばされた警備員は持ってた装備で無双する。

いけお
ファンタジー
交通誘導の仕事中に突然異世界に飛ばされてしまった警備員、交 誘二(こう ゆうじ) 面倒臭がりな神様は誘二の着ていた装備をチート化してしまう。 元の世界に戻る為、誘二は今日も誘導灯を振るい戦っている。 この世界におけるモンスターは、位置付け的にMMOの敵の様に何度でもリポップする設定となっております。本来オークやゴブリンを率いている筈の今後登場する予定の魔族達も、人達と同じ様に日々モンスターを狩りながら生活しています。 この世界における種族とは、リポップする事の無い1度死んでしまうと2度と現れる事の出来ない者達とお考えください。

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

スキル【アイテムコピー】を駆使して金貨のお風呂に入りたい

兎屋亀吉
ファンタジー
異世界転生にあたって、神様から提示されたスキルは4つ。1.【剣術】2.【火魔法】3.【アイテムボックス】4.【アイテムコピー】。これらのスキルの中から、選ぶことのできるスキルは一つだけ。さて、僕は何を選ぶべきか。タイトルで答え出てた。

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく

霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。 だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。 どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。 でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

処理中です...