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旅行編

56. 出発

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 朝、眠りから覚めてぱちりと目を開ける。寝起きはぼーっとすることも多いのだが、今日は一瞬で覚醒する。だって今日は、旅行の日だからね!

 ウズウズする気持ちをなんとか抑え、発音練習などの日課をこなす。最後にシールドを出していると、ジルが来てくれた。

「おはよう」

「じる、おあおー!」

 元気に挨拶すると、ジルが頭を撫でてくれた。

 今日の朝ごはんは、炊き込みご飯とかぼちゃの煮物、それから卵のすまし汁だった。和食っぽいメニューで、なんだかほっとする朝ごはんだ。
 炊き込みご飯からはだしの香りがふんわりと漂い、食欲をそそる。かぼちゃには、挽き肉があんかけのようにかけられている。かぼちゃの甘味とお肉の旨味って合うよね、ともぐもぐ食べる。すまし汁は優しい味で、卵がふわふわだ。
 今日も、どれも美味しかった。

 朝ごはんを終えたらいつもはしばらくのんびりするのだが、今日はどうしてもソワソワしてしまう。

「皆もうすぐ来るだろうから、少し待っていてくれ」

 食器などを片付けていたジルが僕の様子を見て優しく言う。

「あう」

 何もしていないと余計に待ち遠しく感じる。本を読んで待とうかなと思いライの本を広げるが、あまり集中は出来なかった。しばらくページをめくっていると、ライがやって来た。

「ウィル君、ジル、おはよう!」

 いつも通りの爽やかな笑顔だ。

「りゃい、おあおう!」

 挨拶を返すと、ライが目を細めて頭を撫でてくれた。

「テムとファムはまだみたいだね?」

「ああ、もう少ししたら来るだろう」

 三人でお喋りをしていると、程なくしてテムとファムが来た。

「みんなおはよー!」

「よ!待たせたな!」

「あのね、テムがね、昨日楽しみ過ぎてなかなか寝付けなかったんだってー!」

「し、仕方ないだろ!久しぶりだし、ウィルも行くんだぜ!」

 ファムが早速暴露してテムをいじっている。テムも楽しみにしてくれて嬉しい。僕もジルが部屋に来てくれなかったらあの後もしばらく起きていたに違いない。

「ふふ、私達も楽しみにしていたよ。ね、ジル?」

「ああ。テム、転移を頼んで悪いな。よろしく頼む」

「おう!オレに任せとけ!」

 テムが胸を張ってニカッと笑う。

「でもこの人数だと、一回でソルツァンテに行くのはさすがのオレでも厳しいぜ。何回かに分けて、魔力を回復させながらだったら大丈夫だけどよ」

「ああ、十分だ。···それで頼みがあるのだが、ソルツァンテに行く前にファージュルム王国に寄ってもらえるか?」

「南にある国だな!オレは大丈夫だぜ!」

「美味しい食べ物がいっぱいあるところだよねー」

「ふふ、リーナさんへのお土産かな?いいと思うよ」

「ああ、確かあの国の果物が好きだったからな」

 おお!ジルはちゃんとリーナさんの好きな食べ物を把握しているのか。これだけでは脈ありとは言い辛いが、無関心という訳ではなさそうだ。リーナさん、喜ぶだろうな。

「ウィルも、それでいいか?リーナへの土産を買うためだから、長居はしないと思うが」

「あう!」

 もちろんだよ!ファージュルム王国にも行きたいと思っていたんだ。今回は買い物だけしてソルツァンテに行くようだから、いつかゆっくり観光してみたい。

「おし!そんじゃ、森の南端まで行くとすっか!」

「ああ、よろしく頼む」

 そう言うとジルが僕を抱え、ライがファムを抱える。そしてテムがジルとライの肩に触れる。

「ひとっ飛びだぜ!『転移トランスポート』!」

 テムの言葉とともに視界がブレ、次の瞬間には、僕達は森の出口にいた。ジルと僕の家の周りのように木が密集しておらず、目の前には所々に草の生えた平地が広がっている。

「ふふ、テムの魔法は相変わらずとんでもないね」

「楽ちんだねー!」

「助かる」

「ブハハ!これくらい、楽勝だぜ!」

 ゴブリン狩りで上空から見たときは森の終わりが見えなかったのに、テムの魔法であっという間に森を出てしまった。まさにチート魔法だ。

「しばらく進んだところに大きな街があるから、そこまでは転移に頼らず行けるかな」

「そうだな」

 今度は自力で進むようだ。

「ぼくはこのままでもいいー?」

「ふふ、もちろんだよ」

「ありがとー!」

 ライの腕にいるファムが嬉しそうにぽよぽよしている。このままライが抱えて行くということは、歩く訳ではなさそうだ。ジルとテムが飛べるのは知っているが、ライはどうするのだろうか。

「それじゃあ、行こうか」

 ライの言葉で、ジルとテムがふわりと飛び立つ。ライはというと、軽やかに走っていた。一歩一歩がとても大きい。魔力感知してみると、どうやら脚に何かの魔法を纏わせているようだ。

「ふふ、これも風属性の魔法なんだよ。いつかウィル君にも教えるからね」

 ジルと並走しながらライが言う。速く移動出来るようになれば、行動範囲が広がりそうだ。

「あいあと!」

 そんな会話を交わしながら、移動を続ける。しばらくすると、遠くに壁が見えてきた。

「ふふ、見えてきたね。あれはファーティスという街だよ。ファージュルム王国の中で、最も最果ての森に近い街なんだ」

 あれが街か!この世界に来て、初めての街だ!思わず身を乗り出しそうになるのを我慢する。

「この街に来るのは久しぶりだから、私も楽しみなんだ。ふふ、もうすぐだね」

 ライがウズウズを隠しきれない僕の様子を見てくすっと笑う。
 さらに近づいて行くと、壁がはっきりと見えてきた。そして壁の一か所に門があって、そこに人が並んでいるのが分かった。

「そろそろ歩こうか」

 ライがそう言い、ジルとテムが飛ぶのを止めて歩き出す。あ、いや、テムは飛んでいた。

「ライ、ありがとー!」

 ファムがライの腕から飛び出しぽんぽん跳ねる。

「ふふ、どういたしまして。でも、私からあまり離れないでね」

「はーい!」

 みんなで人の列に近づいて行く。
 うわあ、どうしよう。ドキドキする。

「うっ、ドキドキするぜ···」

 テムの声が聞こえた。振り向いたが、誰もいない。あれ、気のせいだったかなと思って首を傾げると、ファムが笑い出した。

「あはは!テム、隠密スキル使ってるよー!」

「あっ!つ、つい!わざとではなくてだな!」

 なるほど、スキルだったのか。ファムに指摘されて無意識に使っていたスキルを切ったのだろう。テムが急に現れた。そういえば、テムは恥ずかしがり屋さんだったな。

「ふふ、門を通るまで我慢できるかい?」

「お、おう!もちろんだぜ!」

 そう言いながらライの肩にしがみついているテム、可愛い。

 そうこうしてるうちに、列の最後尾に着いた。ここを通れば、街に入ることができるんだな。楽しみ過ぎて、ニヤニヤしてしまう。そんな僕を見て、ジルが頭を撫でる。こうやって待つ時間も、楽しいよね。
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