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最果ての森編

42. 新たな来訪者

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 みんなが帰り、さっきまで賑やかだった空間が一転して静かになる。ちょっと寂しいが、また来てくれるって分かっているから、それを楽しみにしておこう。それに、ジルと二人でいるのも好きだ。賑やかさはないが、落ち着いていて穏やかな空気感が心地良い。

「部屋に行くか」

 ジルが僕を抱えて部屋に連れて行ってくれる。爽やかイケメンが眩しくてちょっと目が覚めたが、さっきまで半目だったのは事実だ。ベッドに入れば、また眠くなるだろう。

「おやすみ」

「あいあと、おあしゅみ」

 ベッドまで僕を運んでパジャマへのお着替えを手伝ってくれたジルに感謝して、おやすみを言う。するとジルが優しく頭を撫でてくれる。
 やっぱりジルの手は、安心する。今日も色々あったけど、楽しい一日だったな。明日は、何をしよう。きっと、明日も、明後日も、その先も、ずっと楽しいんだろうな。それで一日の終わりには、こうやって頭を撫でてもらうんだ。むふふ、最高の毎日だ。
 そんなことを考えながら、僕は眠りに落ちていった。


 翌朝。
 スッキリとした目覚めで朝を迎えるが、いつもより外が薄暗いことに気づいた。あれ、起きるの早過ぎたかな?と思って窓の外を見ると、しとしとと雨が降っていた。この世界に来て、初めての雨だ。

 僕は、雨は嫌いじゃない。むしろ好きな方だ。雲が太陽の光を遮り、普段は聞こえない雨の降る音や水のはねる音が耳に届く。いつもとは違う雰囲気に、浮き足立った気分になる。空から降ってくる雨は、高いビルにも、アスファルトから飛び出した草にも、僕にも、全てに等しく降りそそぐ。それはまるで、僕を世界の一員だと言ってくれているような気がしたんだ。
 この世界でも、雨は等しく降るようだ。僕はこの世界の一員なんだ、と実感する。

 まだこの世界に来て間もないから、色んなきっかけで前世のことを思い出すことが多い。これからこの世界でたくさんの経験をして、思い出を作っていけば、いつかはそれを思い出すようになるのだろう。ここでは、楽しい思い出がいっぱいできそうだ。

 初めての雨のせいか、なんとなく色々と考えてしまった。
 よし、こんな時は、とりあえず日課をこなすとしよう。まずは発音練習だ。それから、魔力操作と魔力感知も。あ、それから、流し目の練習もしなくては。もう眠そうだなんて、言わせない。
 ひとつひとつ、日課をこなし、最後にキメ顔で終わる。この部屋に鏡がないのが残念だ。
 
 そろそろジルが来てくれるだろうか。ライトを投げながら待つ。五つほど投げたところで、ジルが来た。

「おはよう。待たせたか?」

 ちょうどいいタイミングだよ。

「おあおう!」

 元気よく挨拶して、ぴしっと両手を伸ばす。

「着替えるか」

 そう言ってジルがお着替えを手伝ってくれる。

「あいあと~」

 今日も新しい服に、ご機嫌だ。ライが結構たくさん買ってくれていたから、色々なコーディネートを楽しめそうだ。
 そういえば、さっき魔力感知したときに大きな魔力が二つあった。一つはジルだ。もう一つは、大きさ的にライかな、と思ったんだ。ライに、今日の服も見てもらおう。

 そう考えながら、再び両手をジルの方へしゅぱっと伸ばす。

「行くか」

 ジルが僕を抱えてくれる。もうちょっと大きくなるまでは、抱っこする約束だからね。それまでは、遠慮なく甘えるんだ。

 むふふ、と赤ちゃん補正により可愛い笑顔を浮かべていると、リビングに着いた。
 さて、ライにも挨拶しよう。

「あら、あなたがウィル君?」

 ···幻覚かな?それと幻聴かな?

「初めまして、ヴァーテマリーナよ。よろしくね」

 んん?まだ聞こえる。どうやら本物のようだ。
 
 そこにいたのはライではなくて、めちゃくちゃ美人な女の人だった。···美し過ぎて、幻覚かと思った。
 艶のある青みがかった黒髪と白い肌が、清楚な雰囲気を醸し出している。ライの空色の瞳より深い、そう、群青色の瞳から、落ち着いた大人の女性という感じが伝わってくる。

「···うぃる」

 こんな美人と話したことがない、というか見たこともない。緊張で口がカラカラになったが、なんとか名前だけは言えた。

「うふふ、可愛いのね」

 美人の笑顔が眩しいっ!思わずジルの方を見る。···あ、こっちも眩しい。

「リーナ、あまり困らせるな」

「あら、そんなつもりはないのだけれど。でも、ごめんなさいね、ウィル君」

 いえ、僕が勝手にダメージを受けているだけです。謝らせてしまって、申し訳ない。

「ウィル君も、リーナと呼んでくれたら嬉しいわ」

 よ、呼び捨てはハードルが高いので、リーナさん、いや、リーナ様···?

「あ、そうだわ。ジル、あなたがウィルの父親なんでしょう?」

「ああ」

「そ、それなら、母親は、どなたかいらっしゃるのかしら?」

 リーナ様がぽっと頬を赤らめてジルに訊ねる。

「いや、いないが」

「そ、そう!それは寂しいわ。母親は、必要よ!」

 ···リーナ様がぱあっと表情を明るくして言う。

「···そうか?」

「ええ、そうよ!そ、それなら、私はどうかしら?」

 リーナさんの顔が真っ赤だ。

「リーナが?何故だ?」

「えっ?だって···」

 リーナさんがもじもじしている。

 ···僕は今、何を見せられてるのかな?もはやリーナさんが恋する女の子にしか見えなくなってきた。そしてジルは、この分かりやすい彼女の好意に全く気づいていないようだ。イケメン朴念仁め。

「リーナは頻繁にここに来るのは難しいだろう。無理をするな」

 ジルの優しさが刺さる。

「そ、そうね···」

 リーナさんがしゅんとしている。そんな顔を見ると、なんだか応援したくなってくる。

「で、でも、私にできることがあれば、協力するわ。いつでも連絡してちょうだい」

 リーナちゃん、違った、リーナさんが奥ゆかしい。

「ああ、助かる」

 ジルのその一言で、リーナさんの顔がぱあっと喜色に染まる。···可愛いかよ。

「ええ!連絡待っているわ。ウィル君も、いつでも頼ってちょうだいね」

 あまり時間がなかったのか、リーナさんはそう言い残して家を出た。

 落ち着いた大人の女性を恋する女の子に変えた朴念仁を半目で見る。

「慌ただしくてすまない。いい奴だから、安心してくれ」

 ええ、そうでしょうねえ。
 ···結局彼女は、何者だったんだろうか。ジルに、説明を求む、という視線を送る。

「あいつは俺と同族だ。···青龍帝と呼ばれている」

 なんと。魔力が大きいから只者ではないとは思っていたが、あの可愛い美女は、ジルと並ぶドラゴンのトップだったのだ。
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