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最果ての森編

28. ライのお出かけ①

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 時を遡ること、約半日。

 ライナー=ベルナートは、非常に上機嫌な足取りである建物へと向かっていた。

「ふふ、ウィル君にまずは何を教えようかな。···あ、着いた」

 先ほど知り合いに会って学校で教える内容について聞いてきたライは、今朝まで一緒にいた赤ん坊のことを考え、笑みをこぼす。その笑顔を目撃した人々は、ドシュッと心臓を撃ち抜かれた。

 目的地に着いたライは、建物のドアを開け、中に入る。

 ここは、冒険者ギルド。冒険者と呼ばれる者達が、屋根の修理といった雑用から薬草の採取、魔物の討伐などに至るまで、様々なクエストをここで受け、それをこなすことで金を稼ぐ。難易度の高いクエストは報酬が高額になることから、より強くなるために日々体を鍛えている者が多い。
 そんなむさ苦しい者達が集まるこの場所で、スラッとしたライは目立つ。いや、この場所でなくても、めちゃくちゃ目立つが。ライがギルドに入ると途端にバッと鋭い視線が集まるが、その視線が驚愕に変わるのは早かった。

「あれ···ライナー=ベルナートだよな?」

「あんな見た目で、めちゃくちゃ強いんだよな」

「ああ、かっけーな」

「う、美しい···」

 ちょっと怪しい奴もいるが、ライに憧れや尊敬の念を抱いているというのは全員に共通しているようだ。
 ライは彼らを気にすることなく、『買い取り』と書かれた札が下がっている窓口の方へ向かう。

「ライナー?もしかして、雷帝か?確か、···ヒッ」

 何かを思い出そうとしていた冒険者の顔が、恐怖に引きつる。ライがクルッと振り返り、ニッコリとした顔でこちらを見たのだ。顔は笑っている。しかし、その空色の目には虚無が広がっているのだ。それ以上言ったら、···分かってるよね?と冒険者の本能に警告を与えているのだ。
 思い出したくない過去を持つ人は少なからずいる。それが脳裏をかすめるだけで、のたうち回りたくなるほどの激しい後悔の念に駆られ、出来るのならばその頃の自分を存在ごと消し去りたいとさえ思ってしまう、そんな過去。そう、黒歴史だ。
 その冒険者は、そっと口を閉ざした。
 
「買い取りをお願いしたいのだけど、いいかい?」

 瞳に光を取り戻したライは、白金に輝く冒険者カードを取り出し、窓口の女性に声をかける。このカードの色は、ギルドの最強ランクであるSランクの証だ。ライは世界に数人しかいない、最強の冒険者の一人なのだ。
 声をかけられた受付嬢は、顔を真っ赤にしながらも職務を果たそうと必死に口を開く。彼女からは、先ほどのライの虚無が見えていなかったのだ。

「え、ええ、大丈夫ですよ。クエスト外での採取や討伐になりますと、クエスト報酬は出ませんが、よろしいでしょうか?」

「大丈夫だよ。魔物の買い取りだけお願いするよ」

「かしこまりました。では、その魔物は、どちらに···?」

「あ、このバッグに入れてるんだ。解体してないから、解体場で出した方がいいよね?」

 そう言ってライはバッグをぽんぽん、と叩く。
 その小さなバッグに魔物が入っているようには、到底見えない。つまりあれはマジックバッグということだ。
 空間拡張の魔法が付与されているマジックバッグはバッグの大きさ以上の収納力があり、誰もが欲しがる便利アイテムなのだが、かなり上位の冒険者ですらなかなか手を出せないほど非常に高価なのだ。
 だが、それがライナー=ベルナートなら、さもありなん。彼は、世界的に有名な魔法属性の研究者であり、Sランク冒険者なのだ。彼の収入なら、マジックバッグの一つや二つ、どうということもないのだろう。

「ええ、では解体場へご案内します」

「いや、それには及ばないよ。バッカス君には何度もお世話になってるんだ」

 そう言って解体場へ向かうライを、赤い顔で見送る受付嬢。彼女は、今日ライと話したことを一生の思い出とするのだろう。

「バッカス君、いる?」

 解体場に入ったライは、目当ての人物を探す。

「なんだ、ライか?久しぶりだな」

「あ、バッカス君、久しぶり。相変わらずいい筋肉だね」
 
 そこにいたのは、初老に差し掛かろうかという男性。だがその体は逞しい。

「当たり前だろ。これが無きゃ仕事できんからな、ガハハ」

 大きく口を開けて豪快に笑う彼は、この解体場の責任者だ。

「魔物の買い取りをお願いしたくてね。血抜きだけして解体がまだだから、ここに持って来たんだ」

「そうかそうか。んで、何を持って来たんだ?」

「マンティコアだよ」

「マ···!」

 顎が外れたように口を開いて固まるバッカス。

「おま、···いや、お前なら余裕なのか?」

 硬直が解けた彼は、顎をさすりながら、自分を納得させようとしていた。

「いや、倒したのは私じゃなくて、友人の子だよ。私が代わりに買い取ってもらいに来たんだ」

「な···!」

 バッカスが再び固まる。

「と、とりあえずマンティコアを出してくれ。買い取り金額は損傷具合によっても変わるからな」

 動けるようになったバッカスが、顎をさすりながら言う。
 
「そうだね、それじゃあここに出すよ」

 ライがドサッとマンティコアを出す。

「こ、こいつはでけーな。あの森にいたんだろ?結構長いこと生きた個体っぽいな。んん?こいつの傷は、···はあ!?」

 今度こそ顎が外れたようだ。

「···顎から一発、脳天を突き抜けてやがる。」

 ライに治してもらった顎をしきりにさすりながらバッカスが言う。ちょっと顎が赤くなっている。

「どうやって倒したんだ?あ、いや、冒険者に聞いていい質問じゃねえな、忘れてくれ」

「うーん、冒険者ではないんだけどね。私が魔法を教えたんだ」

「お前が···!?弟子は持たないって、ずっと言ってたじゃねーか!」

 バッカスはライのその知識の広さと深さ、そしてその実力に、弟子がいないなんてもったいないと、度々ライに勧めていたのだ。その度に断られていたため、このことは青天の霹靂だったのだ。

「ふふ、弟子ではないと思うよ?友人の子に、魔法とか、色々教えてるだけだからね。この後も、色んな本を持って行く予定なんだ」

「それを弟子って言うんじゃねーのか!」

 バッカスが顔を紅潮させてやけくそ気味に叫ぶ。顎の赤みが目立たなくなった。

「そうなのかい?それなら、弟子ということになるのかな。ふふ、あの子、ほんとに面白いんだ」

「はあ、そうかよ。お前が気に入る子なんだ。いつか連れて来てくれや」

「ふふ、そうだね。あと数年は先になると思うけどね。それまで元気にここで働いててよ」

「数年か?えらく先だな。そいつ、まだ小さいのか?」

「ふふ、そうだね、すごく小さいんだ」

「はあー、そんなちんまいころからお前の魔法を学べるなんてな。贅沢な話だぜ。ま、俺はそいつが来るのを楽しみにここで待ってるからよ。必ず連れて来いよ」

「ふふ、分かったよ。それじゃあ、このマンティコア、買い取りお願いね」

「おう、傷が最小限だから、いい金額になるぞ。もう少し検分したら金を受け取れるようにしとくから、ちょいと待っててくれるか?」

「それじゃあ、書店にでも行って時間を潰すよ」

「おう」

 ギルドを出たライは、時折浮かべる笑顔で人々の心臓を射抜きながら、上機嫌に街を歩く。
 彼を笑顔にしている赤ん坊がこの光景を見たら、きっと半目になることだろう。
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