鬼人の姉と弓使いの俺

うめまつ

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92,二人の花嫁姿

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もっとしたいけど休めと叱られた。

顔色が最悪らしい。

めまいがするし仕方ない。

「見たい」

エロいチイネェを。

「やだ」

「もうだめ?」

「だめ」

冷静になったら恥ずかしくなったらしい。

急いで鎧を着てる。

「……ここでヤったの後悔してる。……最悪。……本部の、個室の病室で」

「?別に誰もいないじゃん」

「……筒抜け」

「は?」

ごんごんと壁を叩く。

「言いふらさないでよ。覗き魔」

『野暮じゃねぇし全体の監視は俺の仕事だ。叩くな。馬鹿力』

「え"」

部屋全体からあいつの声が響いてきた。

目玉の巨人サイクロプス。

『童貞と処女の両想い、めでたいねー』

「出てきな!首ちぎるから!」

『はは、本部でヤるな。アホ』

「チッ」

俺達は顔真っ赤。

『結婚、いや今はまだ婚約か。何でもいいがおめでとう。これは広めといたわ。あとで本部長がお祝いするってよ。おやッさんも大喜び。あはは!』

「お節介!!」

「うそだろ!」

『夫婦用の病室に移動しな。おら、取ってきてやったぞ』

上からペラペラと紙が落ちてきた。

『婚姻届けだ。出してやるからすぐ終わらせろ』

「……うるさい」

唸りながら床に落ちた紙を拾ってる。

「いいじゃん。手間が省けたし!それちょうだいっ」

見られたのは恥ずかしいけどそんなのどうでもいい。

チイネェの気が変わる前に急いで書かなきゃ。

「ペンとインクはどこ?」

フラフラの体を起こしてサイドテーブルを漁った。

「ペンとインクはいらない」

「え?どうやるの?」

紙に魔方陣。

その上に手をのせる。

手を重ねろと言われてチイネェの手に俺の手を乗せた。

「鬼人族チサキは人族ラオシンと結婚します。……あんたも言って」

「ひ、人族ラオシンは鬼人族チイネェ、いやチサキと結婚します」

「いっ、」

「え?」

いきなりチイネェが小さく叫んだ。

「……終わり」

「終わり?」

「……あんた、痛くないの?」

何が?

キョトンとしてるとチイネェが怪訝そうに自分の俺の手のひらを見比べた。

「……契約できてない」

「は?」

「……私だけにかかってる」

「……言い間違えたから?」

「違うと思う。魔力無さすぎるせいかも」

じろっと睨まれた。


ギルド所属同士の結婚の場合、トラブル防止で強い拘束を帯びた契約魔法をかけるって。

ここまで魔力が低いのは想定してないと本部長から説明された。

「困ったなぁ」

「一般人の契約でいいんじゃないですか」

フード男と蛇女が二人で頷いてる。

普通に紙に書く。

「これには保護の意味もあるからねぇ」

魔方陣の紙をとんとんと指で叩く。

「まあ、いいや。直接かければいいから」

「うわ……直接ですか。見たくないなぁ」

「押さえといて」

「え?」

げんなりするフード男と楽しそうな蛇女が俺を捕まえて手を魔方陣の上に縫い止める。

「がんばれよ、ラオ」

「え?」

「かわいそー。魔方陣なら楽なのにね」

「本当になぁ。あぁ、見たくねぇ」

「待って、説明してからにし、」

「行くよー」

「なにそれぇえ!」

本部長の手にデカイ杭。

ついでにハンマー。

そいつを打ち込むの?!

「結婚は大事なことだからね。かるーくしてかるーく別れてはいけないよ。一時の迷いで浮気したり愛が冷めたからと相手を殺すのもだめ。病める時も健やかなる時も共に歩みなさい。はい、チサキ。伴侶となる君が打ち込むんだよ」

受け取った杭とハンマーを眺めて困った顔で俺に振り向く。

「……どうする?ラオシン」

「そ、」

「やめる?」

「そ、それで結婚できるならやる!早くして!」

声が震えて涙ポロポロ。

こわいいいい!

「……泣くとできない」

「いいから早くうう!怖いんだから!」

チイネェも覚悟したみたいで、ゴンと一発。

恐怖と痛みで叫んだ。

「ひっく、うっぐ、」

かなりじんじん痛むけど流血なし。

怪我なし。

見た目の変化はなし。

チイネェに抱き締められてる。

「ふふ、君のお母さんは泣かなかったよ」

「え?」

「ロクロウが嫌がるのに杭とハンマーを持ってやれって迫ってたね。ふっふっ、彼女は良い度胸してた。面白いからここで雇いたかったね」

「カッコ悪いですね、ひっく、俺は」

泣いたから。

「いやぁ、そんなことないよ。大概は怖じ気づいてやらない。君ら、あの二人みたいに幸せにね」

ぽいっと俺達の前に金属の輪っかを2つ。

「ギルドから夫婦の証だ。薬指にはめときなさい」

「お、一番良いやつ。本部長直々の」

「立ち合いが私だからね。資格がある」

「ちょっと!違うわよ!相手の指にはめてあげるのよ!何二人して自分の指にはめようとしてるのよ!先にチサキにしてあげなさい!」

「あ、はい」

大きな輪っかをチイネェの薬指に。

しゅるっと縮まった。

俺も同じようにはめてもらう。

「死ぬまでとれないよ。ああ、たしかロクロウは2つをいつも持ち歩いてるかな。肌身離さず。ああいうの良いね。あいつはロマンチストだ。君らも睦まじいね」

茶化しそうなフード男と蛇女も、にやっと笑って俺達へ頷いた。

「いいわよねぇ、こういうの」

「悪くない」

三人ともこういうのが大好きだと語りだした。

「さて結婚式を盛大にやろうかね。私が主催する。ロクロウにも伝えないとな」

「大物カップルですからね」

「新しい洋服仕立てようかなぁ。どんなのにしよう」

「は?」

俺もチイネェも戸惑ってる。

「拒否できると思わないように。決定だ。君らのお母さんの時もやりたかったのにあいつは誰にも見せたくないと田舎に引っ込んだからな。場所は便利がいいからここの会場で、」

「……やだ」

「ああ、育った土地へのこだわりがあったか?ならそこでやろう」

「……口出されるのが嫌、です」

「……俺も同じです」

「諦めなさい。もともとお祭りになりそうなことは全て私の管轄だ」

逃げても良いが所構わず転移で召喚するぞと脅された。

当日は大陸式の和装。

「かわいい」

角隠しは女物じゃないのか……

「なんで俺がこれ着るの……?」

「見たかったから」

チイネェは最初嫌がってたくせに本部長と一緒になって遊び始めた。

「いや、ただの女装だよこんなの。チイネェの方がきれいだよ」

「ありがとう」

二人で角隠しはおかしいだろ。 

俺だってチイネェの花嫁姿を見たいとごねたらこうなった。

なんでや。

「そろそ行くよ」

「うおぅ」

ひょいっと横抱きに持ち上げて楽しそうに会場へ。

「ん、」

頬に唇が当たる。

「待て。キスはあとからって予定に、」

「今したい」

結婚してから明るくなったなぁ。

「ん、あ、でも人前で、かんべん」

「やだ」

「えー……?」

恥ずかしいんですけど?

「皆に見せびらかすの楽しい。お父さんもこういうのやればよかったのにね?ん、」

「しょうがないなぁ」

苦笑いがこぼれる。

なんでもチイネェの好きにすれば良い。

満足ならそれでいいけど。

人前はなぁ。

趣味じゃない。

チイネェのこのとろとろに溶けた顔。

そういうの一切人に見せたくない。

俺は親父に似て独り占めしたいらしい。

血の繋がりはないけどね。

でも俺の親父。

チイネェは俺の嫁。

俺からも顔を寄せた。

「ふたりっきりがいい。思いっきりやろう?あぁ、ほら口紅が崩れてるよ」

指で滲んだ紅を整えるとくすぐったいのか笑って俺の指をペロッと舐めた。

「夜楽しみだね」

ふふ、と小さな含み笑い。

切れ長の目はとろっと垂れて可愛かった。





~終~
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