鬼人の姉と弓使いの俺

54,生理的に受け付けない

俺を引っ張って物陰に隠れて近寄っていく。

……こいつ、好奇心で聞きたいだけだな。

「わ、私はそういうつもりじゃありません！」

「そうなの？だったら口を出さないでよね」

「私は、ラオさんのお気持ちを無視するようなやり方は止めてくださいと言ってるだけです。魅了をかけようとしたり、暴力でむ、無理やり自分のにしようとしたり！物じゃありません！」

え、俺？

「暴力ってのは私のこと？」

「そ、そうです。乱暴じゃないですか。泣かせたりするのも。け、怪我はしょっちゅうだって聞きました」

それはダイネェ。

チイネェからはない。

誤解だ。

「ラオシンがそう言ったの？」

「はい！」

言ってねぇえ！

「えー、ひどぉい。チサキ、ラオ君にそんなことしてたのぉ？」

「……私はしてない。力加減が下手なのは姉の方」

機嫌の悪い声。

「ふーん、でもそんな目に遭ってるならラオ君、鬼人は嫌なんじゃなぁい？人族に近い見た目の方がきっと好みよ。あんたみたいに背が高すぎるのもねえ？グラナラもそう思わない？」

「そ、それは分かりませんが」

「あんたはその顔があるものね。エルフの顔。チサキよりは好かれるんじゃない？ラオ君より背が小さいのはポイント高いかも。見惚れてたしぃ」

「え、そう、ですか」

声が高くなる。

嬉しそうにするな。

「あーでもペチャパイだもんね。ラオ君の年頃なら物足りないわ。色気なさすぎ。あの子、性格は大人びてるからグラナラみたいな年下の見た目は好みじゃないわね、きっと」

「うっ」

「総合的に私よね。上手くいかないのはチサキが邪魔するからよ？シスコンやめたら？ラオ君の迷惑よ？実際に嫌がってたわよね。分からないほど馬鹿なの？グラナラもそう言いたいんでしょ？分かるわぁ。このシスコン、あり得ないわよねぇ？」

「ち、ちがっ、」

「……このビッチ」

こわっ！

何を揉めてんのかと思ったら馬鹿なの？！

「……うわぁ、グラナラも首突っ込む気かよ」

「……てめぇのせいだからな」

聞かなきゃよかった。

「へ？」

「てめぇが仲裁してこいっ！」

「うおっ！」

突き飛ばして三人の輪の中に放り込んだ。

「何よ？あんた」

「ブルクスさん！」

「……盗み聞きしてたの？」

ひどいと怒るグラナラさんと、いい度胸じゃんとオルカさんとチイネェの低い声が聞こえた。

ついでに二人の圧が強まる。

離れたのに俺にまで届いた。

「す、すいません！でもラオが俺を！ラオ！おいこら！」

「ラオ君？いないじゃない？」

「逃げやがったぁ！ラオのアホぉ！薄情ものォ！」

当たり前だ、アホ。

俺は聞きたくないっつったんだ。

背中にブルクスの叫び声を聞きながら、チイネェ達の集まる入り口とは違う入り口から中へ戻ることにした。

「うおっ、何？」

いきなり腕を引かれて驚いた。

「誰ですか？お宅」

俺の腕を掴んだのは知らないおっさん。

俺と黒目にドキッとしたけど、汚れた風貌と無精髭。

もとの色が分からないくらい白い髪。

目につくのは濁った目とズルそうな顔付き。

一瞬で不快感に襲われた。

「お、お、」

俺の顔を指さしてどもってる。

気持ち悪いし、関わりたくない。

急いで腕を振っておっさんから逃げた。

待てと言われたけど走って店内へ駆け込んだ。

「ラオシン、膝に来い」

「やだ」

席に戻ると微酔いの親父。

突っ伏して泣くドリアドスさん。

固まるマミヤ。

「もうすぐ昼の鐘が鳴る。帰る前に抱っこする。こっち来い」

「嫌だっつーてるのに」

ずるずると腕を引きずられて膝に乗せられた。

俺の前にジュースを置いて頭を撫でてる。

「腹は膨れたか？お前、少食だから」

もう少し食べないかと気を使うけどもうお腹はいっぱい。

横に首を振ったら寂しそうにしてた。

「親父、ドリアドスさんは泣き上戸なの？」

この人は何を泣いてるの？

マミヤが肩を撫でて慰めてる。

「ん？んふふ。チサキがな。ちょっとな？あいつにも好みがあるから。強いだけじゃだめよ」

「お、親父さん、ひでぇ！も、もうすこ、し擁護して、くれたって！うおおっ！」

「しかたねぇじゃーん？娘にだって好みがあるんだ。爬虫類は無理ってんだから諦めろ。俺も爬虫類は無理だしぃ」

「い、異種婚、のくせにぃ！」

「嫁のこと？こっちじゃ異種婚扱いだが、もともと鬼人は人族が好きなんだよ。大概の鬼人は人族を娶りたがる。鬼人同士の同種婚のが珍しいの」

同種は子供を欲しいだけの捌けた結婚なのが多いんだって。

「そうなの？」

「そうよ？」

「うおおっ！」

「うちの娘が美人でいい女なのは認めるわぁ。残念だったなぁ。奢るから飲めよ」

「親父さぁん！あんないい匂いのする相手見つかんないですよぉ！」

「匂い？」

ああ、そうか。

ドリアドスさんは特別、目が悪いんだっけ。

鼻が発達してるんだった。

「お前も大陸の血のせいだろ。向こうの血筋に弱いのは。昔、惚れた女も大陸の女だったろ？同種のドラゴニュートを探せば？」

「いねぇんすよぉ！大陸の混ざりもんはうちの家系しか！」

「そう言えばお前の親父も嫁探しに苦労したっつってたなぁ」

「だ、だから身内の見合いでなんとか、まとまったんですよぉ。でももう年頃のは身内にいないし、俺、このまま一人もんかもぉ」

結婚したいよぉと泣く。

「あと200年くらい寿命あんだろ？のんびり探せよ。女はチサキ以外にも腐るほどいるんだ」

「ドリアドスさん、チイネェが好きだったの？」

「そうよ？結構長いかなぁ。何年だっけ？」

突っ伏して泣いたまま指を2本並べた。

「へぇー」

お兄ちゃんってそう言うことか。

義理の兄ね。

気持ち悪かったわ。

「2年かぁ」

「違うぅ、桁が。ううっ」

「ラオシン、長命種にとって2年なら短い」

「……20？」

「そーそー」

頑張ったけどねぇと親父は笑ってる。

「くそお、だからってこんな軟弱なチビにぃ。身内っつったじゃんか。この嘘つきぃ」

いや、俺を睨まれても。

チイネェが弟相手に何をとち狂ってるのかは知らん。

俺のせいじゃない。

「いやぁ、こいつ関係なくチサキの好みの問題だ」

「ドラゴニュートなのは仕方ないっつーのに！」

「いない間にそう言う話になったの？」

「あのお嬢ちゃんに釣られたんだろ。こいつがチサキを嫁にくれって言い出した。でもチサキは爬虫類もちんこ二本も論外ってな」

「どっちも生まれつきなのにぃ！」

「うわぉ」

生理的に無理って奴じゃん。

心えぐる断り文句。

「あはは、俺も無理ぃ」

「親父は人型の男まではオッケーだもんね」

へらへら笑う親父の顔を見ていたらバニーを思い出した。

「え"」

固まって俺をまじまじと見つめてる。

「……何を聞いた？」

「バニーを、」

ガン掘り。

そこまで言って親父の顔色が変わった。

「うちのにバラしたのはてめぇか？！」

「うおっ」

「は？！違うっ！はぁ？！待てよ！あんた、バニーともあんのかよ！この節操なし！」

俺を小脇に抱えて立ち上がったと思ったら、向かいのドリアドスさんを片手で取っ捕まえてる。

「俺はバニー本人から聞いたよ」

鬼人サイコーだそうです。

「あのアホ！」

「娼館潰した話はドリアドスさんだけど」

「お前、やっぱりべらべらと！」

「あだっ！」

ごっとテーブルにめり込みそうな音で頭を叩きつけた。

さすがドラゴニュート。

マジでテーブルがへこんでるし、ドリアドスさんは鼻が赤くなるだけでほぼ無傷。

頑丈だわ。

俺なら顔が潰れてる。

親父、こわっ。

隣のマミヤも怯えて椅子にへばりついてる。