鬼人の姉と弓使いの俺

うめまつ

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53,女性は怒らせない方がいいと思う

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納得すんな。

どういうことだ。

「お嬢ちゃん、残念だけどこいつは売約済み。チサキのだ」

「親父さん!」

「んだよ、ドリアドス」

「こいつら二人のこといいんですか?!」

「別にいいよ」

さらっと。

おい、こら。

「い、良いわけあるか!俺達は姉弟だろうが!なんで俺がチイネェのなんだよ!」

「えー?チサキのでいいじゃん。どっちも俺の手元に残るからそれがいい」

「うわっ」

「それより飯行こう。食ったら戻るんだから」

「抱っこやめろ!」

「いいじゃん、ちょっとくらい。お前が同業になるならいつ何があるか分からねぇんだ」

「むぐぉぉっ」

胸に埋めて頭に顎をぐりぐり。

くっさ!

年季の入った鎧の匂い、くっさ!

まともな空気がほしくて必死で悶えた。

「げほっ!うえっぷ!」

「寂しいような嬉しいような。俺らと仕事をしてぇって理由でかぁ。健気ぇ。あーでも心配だ。そうだ。お前に絡んでた奴らに釘刺しとかねぇと。殺すって。てか、殺してぇ。うちのチビに舐めくさりやがって」

「こちらで周知しておきます」

素早いギルド長の合いの手に親父が喜ぶ。

「えー、マジで?よろしく。飯の時間がゆっくり取れるわぁ」

「お父様、お店のご案内は私がしますね」

「マジで?こいつ、やらねぇのに?」

「はい、でもラオ君の気持ち次第ですよね?私を好きになったら話は変わるでしょう?ラオ君、私のこと好きになってね?」

オルカさんのぼわっと目が赤く光る。

「ビッチ、魅了をかけたら承知しないよ」

「ふん、シスコンの小姑」

俺の視線の間にチイネェが割り込んで二人がバチバチに火花を散らしてる。

ドリアドスさんも親父に姉弟同士でまとめるのやめろってぎゃあぎゃあ騒いでる。

俺もだよ。

いくら何でもだめだろ。

「お前、チサキ嫌いか?」

「そういうことじゃなくて、」

「だよなぁ。良いって言ってるのも理由はあるんだ。シーダも揃った時にまた話すからな?大事な話をするよ。今はお父ちゃんはご飯食べないと力が出ないのよ。ご飯に行こう?午後も忙しいのよ?」

「うう、誤魔化しじゃないよな?」

頭に頬擦りする親父の顔がでかい。

「お父ちゃん、嘘つかないよ。大事な話は家族揃ってしなきゃ」

「……分かった」

とりあえず抱っこやめて。

下ろして。

「ドリアドスでもお嬢ちゃんでもいいけど飯の案内してよ」

応接室を出てロビーにいたマミヤ達とも合流。

俺の組んだ初のパーティーと聞いて喜んだ親父が飯を奢ると上機嫌で誘った。

国内外で有名な伝説の鬼人ってことでマミヤ達は有頂天。

俺が親父とチイネェに挟まれて手を繋がれてるのも気にしてねぇ。

思ってたより順応性高いな。

俺はへこんでるのに。

飯の間も子供扱い。

「ラオシン、どれが食べたい?こっちも旨いぞ?ああ、まだ熱い。火傷するといかん」

親父は久々に会うとしばらくこうなる。

「お父さん、やり過ぎ。ラオシンがいじける」

見かねてチイネェが止めて、そうだなぁと言いつつやめられない。

「分かってるんだけどなぁ。可愛くてしょうがない」

うちの可愛い末っ子だとデレデレ。

親父からしたら5、6才のサイズだもんなぁ。

しかも大好きなお袋そっくり。

「……親父さんがそうなってんの初めて見ました」

ドン引きのドリアドスさん。

「嫁にこうだったじゃん?いや、もっと甘やかしてた」

「伴侶は特別でしょ?そいつは混じりっけがねぇのに」

「やっぱりお前には分かるか」

「分かりますよ」

「ちゃんと嫁は混じってるよ」

「どういう意味ですか?」

「こいつは嫁の生まれ変わりみたいなもんだ。それで今は納得しろ」

そう言うとドリアドスさんは顔をしかめて口をつぐんだ。

「それだけじゃなくて大陸の匂いがするからなぁ。この黒髪と黒目は向こうの証だ。死ぬほど懐かしい」

ぐしゃぐしゃと俺の頭を混ぜる。

「お袋、大陸の出なの?」

「大昔のな。嫁の実家は大陸の血が濃い。俺達鬼人には故郷のいい匂いがする」

「住んでたことないのに?」

親父だって大昔の話だ。

「そうだ。鬼人は不思議と故郷の匂いに弱いんだ。この黄色味のかかった白い肌も向こうの証だ」

何もかも嫁にそっくりだと目を細めて笑った。

「シーダもチサキも、お前も。嫁は可愛い子供を残してくれたよ。俺は幸せだ」

「うっぷ」

俺を挟んでチイネェごと抱き締めてる。

「苦しい」

チイネェは親父の顎を押し退けて逃げた。

「わりぃ、わりぃ」

「酔ってないのに」

「素面で言える」

チイネェには抵抗されるから俺の頭をぐりぐりと押す。

俺が押し返しても抵抗にならん。

機嫌のいい親父はマミヤ達に好きに食べろと勧めてエールをごいごい飲む。

ドリアドスさんを交えてマミヤと親父は話が弾んでる。

意外と話が合うみたい。

便所って言って輪の中から抜け出した。

「仲良いんだなぁ」

こそっと連れションのブルクスが俺に話しかけた。

「唯一のお袋似ですから」

親父達の溺愛。

単独を好む鬼人がこうやって揃うのも俺が理由。

親父達にとって5、6才の子供だと伝えると納得した。

扱いが年相応じゃないのはビビってたらしい。

「でもいいな、羨ましい」

うちは仲が悪いからと眉を下げて呟いた。

「マミヤもだ。グラナラのうちもそうだぜ」

「へぇ、そうなんですね」

人族なのに冒険者なんて危険な仕事をするのは家族のはみ出し者や一攫千金狙いが多い。

あとは気質。

鬼人やドラゴニュートみたいな荒くれ好きな種族ばかり。

「人生、色々ですね」

「そうだな」

店外の共用便所から出たら、店の影から女同士の揉めた声が聞こえた。

「あれ?チイネェ?」

「ん?グラナラ?」

ついでにオルカさん。

三人で睨み合う不穏な空気に眉をひそめた。

「グラナラ、何やってんだ。あいつ」

「首を突っ込むのやめましょう。女性同士の喧嘩ですから」

わざわざ人のいないところで集まってるんだ。

聞かれたくはないんだろ。

「でも」

グラナラさんの心配は分かる。

猛獣ふたりの相手。

でも意外と睨み合いに負けちゃいねぇし、チイネェは女を殴らない。

引くつもりがないなら止める気もない。

あの怖い二人相手によくやるよ。

根性あるじゃんとグラナラさんの意外性に感心した。

「盗み聞きも良くないし、俺は先に戻ります」

「お前も手伝えよ。俺だけで止められるわけないだろ?」

「ぐえっ」

首根っこ捕まれた。

割り込むなら堂々とやれって。

盗み聞きがバレたら三人がかりで絞められるっつーのに。
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