鬼人の姉と弓使いの俺

うめまつ

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51,我が家のラスボス

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今日は受付にいたわ。

怖い人。

「ラオくーんっ!」

「だぁぁあっ!」

目が合って思わず後ずさりしたのにカウンターから出て追いかけてきた。

何か魔法使ってるわ。

カウンターから玄関まで距離があったのに、ぴょんぴょんと軽く跳ねて、あっという間に俺の目の前に立ち塞がった。

「はやっ」

「わーい、会いに来てくれたのぉ?」

がっしり首に腕を巻かれて逃げらんねぇ!

「ち、違うぅ!」  

「怯えると可愛いっ!オルカ姉さんは怖くないのよぉ?」

「充分です!鬼人と張るんでしょうが!」

「うふふ」

含み笑いすんな。

笑顔の圧で肯定すんな。

「オルカ、遊んでないで手続きしてくれ。書類くれ。座学と依頼辞退の、」

「はい、あげるからあっち行って」

言い終わる前にぺっと持ってた書類を二枚、ドリアドスさんに投げた。

「おお、相変わらず用意がいいねぇ。マミヤ、手続き教えるから来い」

「は、はい」

「ちょ!待って!ドリアドスさん!マミヤも待って!」

絡まれるのに放置。

貰うもの貰ったらすたすたと記載スペースのあるカウンターへ行ってしまった。

「オルカ、そいつはなんだよ?」

しかも側にいたブルクスとグラナラさんを押し退けて、代わりに他のでかい奴らがわらわら囲まれた。

殺気まみれの顔を見りゃ分かるわ。

親衛隊だわ。

今にも殺されそう。

「私のお気に入りよ。こういう可愛い子がタイプなの」

「こんな女みたいなチビがいいのかよ」

「そうよ?」

「……ん?そいつ、チサキのペットじゃね?最近、噂になってる」

「弓使いのチビか」

「聞いた通りだな。黒髪の女顔」

うるせぇ。

ほぼ悪口じゃねぇか。

必死で身をよじってるけど、するするとオルカさんの腕が絡んで巻き付く。

今は背中から締め上げる形で腕を首に巻いて仰け反らされてる。

魔法?体術?

分からないけどオルカさんの方が上手だ。

ただ俺が下手くそなだけかもしれないけど。

「バニーが手を出して半殺しにされたぞ。オルカ、そいつはやめとけ」

「バニーが?えー、でも可愛いのよ?ほら反応がいいの」

「うおっ、やめてくださいっ」

耳や首をこしょこしょ、かりかりと爪で。

顔を撫でる手も黒魔女の本領発揮で厭らしい。

人前でなんてことするんだ。

カッと頭に血が昇る。

「やめろ!触んな!」

女性だと思ってたけどもういい。

乱暴に手首掴んで引き離した。

「かーわいいっ!真っ赤になっちゃった」

睨んでも子猫みたいとからかってくる。

「うるうるの黒目が可愛い。キラキラしてる。ああ、本当に私のタイプ。やっと見つけた。強くて可愛い男の子。虐めたい。泣かせたい。可愛がりたい。チサキには勿体ないわ。私のにしたいもの」

興奮した顔でそう言ったら腕のギルドの腕章を外した。

「もう決めた。君は私の。職員も辞める。規定で手を出せないし」

「はぁ?!」

俺も驚いたけど回りも驚いてる。

腕章を指に引っ掛けてくるくる回しながら注目する周囲を見回す。

「この子は私のだからね。邪魔しないでよ」

ぞわっするような魔圧を帯びて周囲を牽制してる。

こえぇよ。

回りと同じように後ずさって逃げようとしたら、すかさず胸ぐら捕まれた。

「ラオ君、退職手続きしてくるから待っててねぇ?」

ブンブンと横に顔を振るけどオルカさんの機嫌は変わらない。

「抵抗しても無駄だからね?」

怖いぃ。

「オルカ、お前辞めるの?」

そんな中、ドリアドスさんだけのんびり話しかけてきた。

「そうよ。恋に生きるの」

「むぐっ」

上機嫌で頭を抱き締められて呻いた。

「へぇ、別にいいけど時期ズラしてくんね?座学の担当、お前だろ?」

「今度にすればいいじゃん。そのうち他の職員が入るし」

「決まるまで待たされるじゃねぇか。時間が勿体ねぇよ。今日はそいつも受けさせるつもりだったのに」

「え、そうなの?」

じゃあやーめたと軽く答えていた。

やっと解放されてカウンターで俺も説明受けて書類を書いた。

書いている間も手を握ったり顔を撫でようとしてくるから必死で避ける。

「触んな」

女扱いはやめた。

この人は敵だ。

「うふふ、一生懸命抵抗しちゃって。可愛いだけよね」

座学の支度するから午後にまた来てとカウンターの奥へ。

残された俺は周囲を親衛隊に囲まれてじろじろ見られるし最悪。

「ぐっ、」

囲んだ一人にいきなり髪を掴まれて上を向かされた。

「こいつ本当に男なの?お前、顔は可愛いね。オルカの好みがこれならしゃーねぇわ」

「百合感ぱねぇ」

「ムカつくけど俺は有りかな」

この変態ども。

そっちを睨むとそれぞれが、にやぁって下品に笑ってやがる。

「鬼人に付き合えるんだ。好き者だろ」

「してねぇよ」

「へへ、可愛いペットで有名じゃねぇか。オルカにも気に入られて。羨ましいね。なんで冒険者なんかやろうとしてんの?花街の方が向くんじゃないか。もしかして出身はそっち?」

いくらだ、買ってやるとそれぞれが言い出す。

「チサキにはいくらで雇われた?黒の子猫ちゃん」

ムカついた。

この至近距離なら投棒だ。

食らえよ。

手甲と腕に仕込んだそれを四本、両方の指に挟んで投げた。

追加でもう一度。

全員の首を守る金具のど真ん中に刺した。

ない奴は心臓。

厚い革の胸当て。

次のも手に用意して睨み返す。

「爪はあるんだ。見た目通りの猫だな。この小さい爪で俺らとやりあえるつもりなのか」

「黙れよ。次は目ぇ狙うぞ」

足と胸当ての裏にも仕込んでる。

残り40本。

まだ余裕がある。

狼狽えて怯んだ奴もいるけど余裕な奴がまだ残ってる。

「ただのペットかと思ったけど野良猫か。ムカつくから仕付けてやるよ」

一人若い剣士らしいのが殺気だたせながら首の投棒を引き抜いた。

「代償に目ん玉払えよ、いて、」

「やめろ。アホ」

パコン、とドリアドスさんに後ろから叩かれた。

「揉め事を増やすな」

ドリアドスさんが手のひらを出したらそれぞれが投棒を返してきた。

「こいつはチサキ達の身内だ。手ぇ出したら鬼人のランカー三人に追われるぞ。やめとけ」

「こいつ、ペットじゃないんすか?身内って何?」

「チサキとこいつはそう言ってる。親父さんの養子だ」

「養子じゃねぇ」

「もうそうしとけ。言ったって無駄だ。分かる奴は分かる。お前に混じりっけがねぇんだから」

「あんた、いつもそう言うけど混じりっけってなんだよ、いてっ」

また頭をパコンと叩かれた。

「俺の鼻の良さを忘れんな。あと言葉使い。無印が舐めた態度取るんじゃねぇ」

「すいません」

もう一度手を振りかぶるから大人しく謝った。

「……それよりあっちをどうにかしろ」

急にドリアドスさんの態度が変わった。

緊張した声に頭をあげて見ると、顔色の悪いドリアドスさんの視線の先は俺じゃなかった。
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