鬼人の姉と弓使いの俺

うめまつ

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48,流血

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「くせぇ、お前ら」

待ち合わせの広場でドリアドスさんが会っていきなりだ。

「朝から何やってんだよ」

不機嫌を露にしてざわざわと鱗が鳴る。

俺はまたバレたんかと恥ずかしいし、チイネェはいつも通りキセルを吹かせて全然気にしてないみたいだ。

「特にお前がくせぇんだよ。弟だと言い張るくせにどういうつもりだ」

ドリアドスさんがチイネェをジロッと睨む。

「こうしておけばこいつに手を出す馬鹿が減る」

「鼻がいい奴しか分からねえだろうが。わざわざ手間かけて馬鹿じゃねぇの」

「私の勝手」

「見苦しいっつってんだよ。身内にマーキングなんざあり得ねぇ」

「ならしっかり守んなよ。しくじらないでね」

「過保護が過ぎんぞ。俺はただの教官だし、こいつはガキじゃねぇだろうが」

「こいつのことで出てくるのは私だけじゃないけど?」

「親父さんとシーダか。……本当かよ。何度匂ってもそいつは鬼人の混ざりっけがねぇ。何の関わりが、」

「黙んなよ、ドリアドス」

ぶわっと髪が逆立った。

「関係ないあんたの口出しはやめな。こいつにいらないことを吹き込んだら親父達も黙ってない」

目玉、くり貫いてやるよと殺気を乗せて静かに言う。

「おお、こわ。マジでお前ら全員の結託かよ。元がどういう関係だか知らねぇが、お前はおかしい。身内だって言うならまともな扱いしろ。気持ちわりぃんだよ」

……気持ちわりぃ。

吐き捨てる台詞にゴンと頭を殴られた。

足元がふらつく。

二人は牽制し合ってて俺のことに気づいてない。

「虫が多すぎるせいだね。こうしておけばあんたみたいに鼻が利く奴は手を出さない」

「そうかよ」

「分かったら黙ってな。吹き込むのもなしね。こいつはあんたに貸してるだけなんだから早く返しな」

顔を歪めて舌打するドリアドスさんに、ふんっと鼻を鳴らして、しくじるなと鋭く言い捨てるとギルドへ向かった。

ギルドの水晶を借りて本部へ定期連絡をする。

ついでに親父や地元のギルドと連絡も。

報告はチイネェの義務。水晶を使えるのはチイネェ達のランクの特権の一つ。

身内でも俺には水晶を使う権利がない。

俺も親父達と話をしたい。

姉弟なのにこういうことになってるって。

ドリアドスさんが言ったみたいに気持ち悪いって言うかな。

……こえぇ。

親父達にも言えないかもしれない。

マジで悩むけど、やっぱりチイネェのことを相談したかった。

チラッと鱗を鳴らし続けるドリアドスさんを見た。

人混みに消えたチイネェの背中をまだ睨んでる。

顔が鬼だ。

ドラゴニュートだけど。

「……すいません」

小さくそう口にした。

「お前もどういうつもりだ。弟のつもりならそれらしくしろよ。エセ紳士」

盛大な舌打ちとドリアドスさんの心底軽蔑した眼差しに心の何かがガラガラと崩れた。

「……お、れ」

「あん?」

「俺も、どうしたらいいか分からないんだよおおっ」

もう誰でもいい。

蜥蜴よ、俺の話を聞け。

「うええっ、うえっ、聞いてくれよぉ!」

鱗ガチャガチャ言わせて口をフシャーってしてる蜥蜴の腹に泣きながらしがみついた。

「だー!くそが!鬱陶しいわ!この節操なしが!泣きてぇのはこっちだ!てめえなんかに横取りされて!ほだされるんじゃなかったわ!結局お前らは出来てるんじゃねえか!」

「違うゥ!本当にはヤってないんだってっ!信じてよ!ちょっかいだけ!それだって嫌なのに!力で敵わなくて、マジで、俺はいつも嫌だって言うのに!でも握られたらもう無理だしっ!色んな意味で無理!林檎を片手で潰す握力相手に勝てねぇよ!俺とあんた並みの差があるんだぞ!玉を握られてどうしろってんだよぉぉ!」

片手どころか指で潰せるんだぞ!

「うるせぇ!誘いに乗らなきゃいいだろうがっ」

ゴミを見るような目が辛い。

「あんなもん握られて擦られたら終わりだ!童貞なんだから!」

「嘘つけ!それだけ濃い女の匂いプンプンさせてヤることヤってんだろ!」

「同居してりゃぁ匂いくらい移るわい!宿もそうだし、借りたところも寝床が一個しかねぇし、構い癖がひどくなって赤ん坊扱いで持ち運ぶし!過保護が悪化してるし、世話焼きがひどくなってるんだよ!」

さっきも持ち運ばれたわい!

「俺は潔白だぁ!本当に童貞なんだよぉぉ!」

「えー?ラオってマジで童貞なん?」

「童貞だよぉぉっ」

ん?

後ろを向くといつもの三人。

興味津々なブルクスとドン引きのマミヤ。

真っ赤な顔でマミヤの後ろに隠れながらこちらを伺うグラナラさん。

ここは広場。

ドリアドスさんの腹に泣いてしがみつく俺は回りの注目も集めてた。

「うおおお!」

「……これは、修羅場か?……お前、マジでドリアドスさんと?」

「違うぅ!」

異種の爬虫類は無理ぃ!

男も無理ぃ!

「ちっ、場所変えるか」

集まりすぎた注目にドリアドスさんの提案。

マミヤ達も同意した。

討伐に関しては道々説明すると言いながらドリアドスさんを先頭に泣いてる俺を連れて歩き出した。

「お前でも泣くんだぁ」

ブルクスにからかわれてグラナラさんに慰められる。

「色々あったせいです。ぐずん、ずずっ」

「……すごい騒ぎだったから他人のふりしようかと思った」

「ううっ」

マミヤのドン引きにへこむ。

歩きながらドリアドスさんから受け取った依頼書を眺めながらボソッと呟いた。

「で、色々って何?聞いてやるぜ?」

ブルクスは俺の肩に腕を回してニヤニヤしてる。

こいつは俺が泣いてるのが楽しいんだ。

「ラオさん!お力になりますから!」

二人に挟まれて、先を歩いていたマミヤも歩みを緩めてこっちの様子を伺ってる。

この三人にならと思うけど言えねぇ。

内容がひどすぎる。

姉弟でにゃんにゃんとか恐怖だわ。

「チイネェの、……姉の過保護がひどい。……マジで赤ん坊扱いです」

「どこが赤ん坊扱いだよ。シモの相手、うおっと、」

「言うなぁぁぁ!本当に嫌なんだよぉぉ!」

走って前方を歩くドリアドスさんの背中に体当たりしたら抱きついたようにしかならない。

「昨日、抱っこされてたもんなぁ。手を繋ぐとチョー幸せそうにしてた」

ブルクスも言うのやめろ。

心がえぐれるわい。

「てめぇ、やっぱり!」

「違うぅ!いででで!頭を掴むなって!」

マミヤとブルクスが手を剥がしてくれたけどいてぇ。

ずきずきする。

「鬼人と張り合う握力で掴むな!」

「るせぇよ。握り潰されなかっただけ感謝しろ。チサキの弟だから優しくしてやってたんだ。図に乗るんじゃねぇっ」

「でっ!うおっ」

ドリアドスさんの軽く振った手が顔に当たっただけなのに後ろにぶっ飛んで激痛。

鼻血出た。

口の端も切れたっぽい。

ボタボタと血が。

「ラオさん!」

「ドリアドスさん!やりすぎです!」

「あー、くそっ。このひ弱め」

誰かに腕を掴まれて立たされた。

でも脳震盪を起こしてる。

すぐにまたべしゃっと座り込んでしまった。

「ラオ!?」

三人の焦る声。

頭に響いてガンガンするのに遠くから聞こえる。

誰かに、がしっとふらふら揺れる頭を掴まれて上を向かされた。

焦点の合わない視界にぼんやりと見えるのは蜥蜴の顔。

どんな表情かも見えない。

「……おいおい、……打たれ弱すぎんだろ」

がっかりした声と大きなため息。

へこむわぁ。

そう言うなって。

気にしてるんだ。

俺は人族の女と対して変わらない体格なんだよ。

ガルーダさんやマミヤ達みたいに体が恵まれなかったし、骨が細くて筋肉も育たなかった。

だから冒険者は向かないと思ってた。

ぐったりする俺にグラナラさんが回復をかけてくれるけど、かけてる途中で意識がゆっくり沈んだ。
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