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本編:ミアとアレス
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「貴様ら、どけぇぇ!」
マードックの怒声と周囲の悲鳴。
「何?」
「剣を振ってる。やべぇ」
小麦を顔に被った見えない目で剣を振り回し始めたそうです。
「きゃぁぁぁ!いやぁ!来ないでよ!馬鹿マードック!くそったれ!この愚図!のろま!」
見境なく振り回すからセレスティアにも襲いかかってるようです。
思い付く限りの罵声を浴びせてマードックがセレスティアはそんなこと言わないと叫んでました。
「セレスティアは俺を愛してるんだ!」
自警団の皆が急いで市民の誘導にかかり、マードックから遠ざけてますが、回りがお互いを突き飛ばす勢いで逃げていきます。
「逃げるぞ」
「うん」
でも動けない私を支えて人混みに飛ばされてしまいなかなか進みません。
「とりあえず端に寄るわ」
二人で出店の隙間に隠れていると、ドドドドと地響きも聞こえてきました。
「何の音?」
「馬の音だな」
「テオ兄さん!あれ!」
物陰から見ていたら剣を振り回すマードックが近づく先に女性がいます。
動けずに尻餅をついて。
赤いスカート、型遅れのボンネット。
ヒスティアスお嬢様!
咄嗟に走って飛び出しました。
ふらふらしていたのが嘘みたいに素早く。
テオ兄さんがやめろと叫ぶのも聞かずに。
剣を振り上げたマードックの腕にしがみついて。
顔に爪を立てて。
頭の中はヒスティアスお嬢様。
逃げてください、と強く願い座り込んだヒスティアスお嬢様を見たら、少しお歳を召したふっくらした見知らぬ女性が目を丸くしていました。
似ているのは服装だけ。
よく見ればヒスティアスお嬢様の物より落ち着いた色合い。
あ、
違った。
ホッとしたのと驚いたので頭が真っ白になってしまいました。
「ああああっ!」
すぐさま、がっとマードックの大きな手に頭を捕まれてミシミシと骨がきしみます。
「見つけた!お前だ!お前のせいだ!セレスティアは理想だった!お前が俺の愛するセレスティアを壊した!」
声に気づかれて呪いのような叫び声。
マードックの手の隙間から見えるのは高く頭上に振り上げる剣。
首が切れるか肩から真っ二つ。
このままだと死ぬ。
それだけは分かりました。
四人の兄さん、お父さん、お母さん、おばあちゃん。
旦那様方、お屋敷の皆さん。
ヒスティアスお嬢様。
ぶちぶちと髪がちぎれるのも構わず暴れるけど逃げられない。
テオ兄さんが私がしたようにマードックの腕にしがみついて止めるけど殴られて飛ばされました。
私の頭を掴んで引きずりながら剣を振って雄叫びをあげて暴れ続けています。
こんな時になぜか団長とノーフォークさんも頭に浮かびます。
強引なくせに気遣いがあって、私を女性と扱う二人。
剣だこでざらざらの手。
掴んだら離さない力強さ。
でもマードックのようなこんなに恐ろしい手ではなかったと。
恐怖で涙が止まりません。
マードックも泣いてます。
咆哮みたいな雄叫びをあげて。
マードックの裂けるような悲鳴の悲しさにまた涙があふれます。
あなたは愛していたんですね。
あんな女性でも。
偽物だと疑うのに心に蓋をして見ぬふりをして。
小麦が目に染みるだけではないのでしょう?
その叫びと涙は。
すごい情熱。
私にはありません。
二人に愛し愛されてたのに、どちらの想いにも答えを見いだせず死を選んだ女性を思い出します。
男二人を愛して死んだ女性。
あなたは彼女に似てます。
情熱的な恋。
あなたは心に蓋をして偽物を愛して苦しみ、彼女はどちらが本物か分からなかったから苦しんだのですね。
信じたいのに信じられない心が死を選んだのですね。
やはり潔い。
そこは好き。
でもやっぱり彼女は分からない。
私は死にたくないから。
マードックのように心を殺して偽物だけを愛し続けて苦しむのも嫌。
彼女のように人を信じずに死ぬのも嫌。
私には恋ではないけど愛する人達がいますから。
家族、お屋敷の皆様。
厳しくお優しいルギスタ家の方々。
香り高く手触りのいい金の御髪、厚い信頼を映す赤と緑の瞳。
出会ってからずっと慈しみ続けた私のヒスティアスお嬢様。
「ああっ!」
頭と絡んだ髪を引きずられて声が出ました。
マードックの剣技を前にその辺に落ちてる警棒や木の棒で戦うテオ兄さんがいます。
他の自警団の方もさすまたや捕縛縄を武器に囲んでます。
誰も諦めていません。
私だって。
誰が死ぬか。
爪がバリバリ割れてもいい。
引っ掻いて脛を蹴って暴れて叫んでます。
涙で前が見えない。
こいつの手はどこ?
引っ掻いてやる。
噛みついてやる。
負けん気はあるのに私は非力の役立たず。
掴まれた頭が痛い。
振り回されて首も体も痛い。
引きずられて勢いよく硬い地面にぶつけた膝も痛い。
「ぎゃあああっ!」
「ぐっ!うう!」
急にマードックの叫びと共に重い体が倒れて地面と押し潰されました。
重い。
苦しい。
痛い。
「いたいぃ、いたい痛いぃ!ぐぁぁ!俺の足がぁ!」
目の前でごろんごろんと苦しみに転がるマードックの太ももに剣が刺さっていて兵団の方々が取り押さえると引きずって行きます。
それを見たあと、終わったと安心してその場に地面に顔を伏せ、ぐったりと倒れた私は誰かに声をかけられました。
「テオ、兄さん」
「違う、……だ」
誰?
聞こえない。
ぼわぁっと響いて誰の声かも分かりません。
耳鳴りと頭痛、体中の痛み。
痛みと流れる涙で目を開けられず、戸板に乗せられてどこか運ばれている気がしますが、ぼうっとして意識がはっきりしません。
家族とお屋敷のことばかり頭に浮かび、なぜかあの二人のことも。
でも強く心に浮かぶのヒスティアスお嬢様でした。
マードックの怒声と周囲の悲鳴。
「何?」
「剣を振ってる。やべぇ」
小麦を顔に被った見えない目で剣を振り回し始めたそうです。
「きゃぁぁぁ!いやぁ!来ないでよ!馬鹿マードック!くそったれ!この愚図!のろま!」
見境なく振り回すからセレスティアにも襲いかかってるようです。
思い付く限りの罵声を浴びせてマードックがセレスティアはそんなこと言わないと叫んでました。
「セレスティアは俺を愛してるんだ!」
自警団の皆が急いで市民の誘導にかかり、マードックから遠ざけてますが、回りがお互いを突き飛ばす勢いで逃げていきます。
「逃げるぞ」
「うん」
でも動けない私を支えて人混みに飛ばされてしまいなかなか進みません。
「とりあえず端に寄るわ」
二人で出店の隙間に隠れていると、ドドドドと地響きも聞こえてきました。
「何の音?」
「馬の音だな」
「テオ兄さん!あれ!」
物陰から見ていたら剣を振り回すマードックが近づく先に女性がいます。
動けずに尻餅をついて。
赤いスカート、型遅れのボンネット。
ヒスティアスお嬢様!
咄嗟に走って飛び出しました。
ふらふらしていたのが嘘みたいに素早く。
テオ兄さんがやめろと叫ぶのも聞かずに。
剣を振り上げたマードックの腕にしがみついて。
顔に爪を立てて。
頭の中はヒスティアスお嬢様。
逃げてください、と強く願い座り込んだヒスティアスお嬢様を見たら、少しお歳を召したふっくらした見知らぬ女性が目を丸くしていました。
似ているのは服装だけ。
よく見ればヒスティアスお嬢様の物より落ち着いた色合い。
あ、
違った。
ホッとしたのと驚いたので頭が真っ白になってしまいました。
「ああああっ!」
すぐさま、がっとマードックの大きな手に頭を捕まれてミシミシと骨がきしみます。
「見つけた!お前だ!お前のせいだ!セレスティアは理想だった!お前が俺の愛するセレスティアを壊した!」
声に気づかれて呪いのような叫び声。
マードックの手の隙間から見えるのは高く頭上に振り上げる剣。
首が切れるか肩から真っ二つ。
このままだと死ぬ。
それだけは分かりました。
四人の兄さん、お父さん、お母さん、おばあちゃん。
旦那様方、お屋敷の皆さん。
ヒスティアスお嬢様。
ぶちぶちと髪がちぎれるのも構わず暴れるけど逃げられない。
テオ兄さんが私がしたようにマードックの腕にしがみついて止めるけど殴られて飛ばされました。
私の頭を掴んで引きずりながら剣を振って雄叫びをあげて暴れ続けています。
こんな時になぜか団長とノーフォークさんも頭に浮かびます。
強引なくせに気遣いがあって、私を女性と扱う二人。
剣だこでざらざらの手。
掴んだら離さない力強さ。
でもマードックのようなこんなに恐ろしい手ではなかったと。
恐怖で涙が止まりません。
マードックも泣いてます。
咆哮みたいな雄叫びをあげて。
マードックの裂けるような悲鳴の悲しさにまた涙があふれます。
あなたは愛していたんですね。
あんな女性でも。
偽物だと疑うのに心に蓋をして見ぬふりをして。
小麦が目に染みるだけではないのでしょう?
その叫びと涙は。
すごい情熱。
私にはありません。
二人に愛し愛されてたのに、どちらの想いにも答えを見いだせず死を選んだ女性を思い出します。
男二人を愛して死んだ女性。
あなたは彼女に似てます。
情熱的な恋。
あなたは心に蓋をして偽物を愛して苦しみ、彼女はどちらが本物か分からなかったから苦しんだのですね。
信じたいのに信じられない心が死を選んだのですね。
やはり潔い。
そこは好き。
でもやっぱり彼女は分からない。
私は死にたくないから。
マードックのように心を殺して偽物だけを愛し続けて苦しむのも嫌。
彼女のように人を信じずに死ぬのも嫌。
私には恋ではないけど愛する人達がいますから。
家族、お屋敷の皆様。
厳しくお優しいルギスタ家の方々。
香り高く手触りのいい金の御髪、厚い信頼を映す赤と緑の瞳。
出会ってからずっと慈しみ続けた私のヒスティアスお嬢様。
「ああっ!」
頭と絡んだ髪を引きずられて声が出ました。
マードックの剣技を前にその辺に落ちてる警棒や木の棒で戦うテオ兄さんがいます。
他の自警団の方もさすまたや捕縛縄を武器に囲んでます。
誰も諦めていません。
私だって。
誰が死ぬか。
爪がバリバリ割れてもいい。
引っ掻いて脛を蹴って暴れて叫んでます。
涙で前が見えない。
こいつの手はどこ?
引っ掻いてやる。
噛みついてやる。
負けん気はあるのに私は非力の役立たず。
掴まれた頭が痛い。
振り回されて首も体も痛い。
引きずられて勢いよく硬い地面にぶつけた膝も痛い。
「ぎゃあああっ!」
「ぐっ!うう!」
急にマードックの叫びと共に重い体が倒れて地面と押し潰されました。
重い。
苦しい。
痛い。
「いたいぃ、いたい痛いぃ!ぐぁぁ!俺の足がぁ!」
目の前でごろんごろんと苦しみに転がるマードックの太ももに剣が刺さっていて兵団の方々が取り押さえると引きずって行きます。
それを見たあと、終わったと安心してその場に地面に顔を伏せ、ぐったりと倒れた私は誰かに声をかけられました。
「テオ、兄さん」
「違う、……だ」
誰?
聞こえない。
ぼわぁっと響いて誰の声かも分かりません。
耳鳴りと頭痛、体中の痛み。
痛みと流れる涙で目を開けられず、戸板に乗せられてどこか運ばれている気がしますが、ぼうっとして意識がはっきりしません。
家族とお屋敷のことばかり頭に浮かび、なぜかあの二人のことも。
でも強く心に浮かぶのヒスティアスお嬢様でした。
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