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本編:ミアとアレス

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「奥様、ヒスティアスお嬢様。これは何の趣向でございましょうか」

「着せかえごっこ」

「私達も見たいと思ったのよ」

「お兄様から聞いたの」

ずらっと部屋に並ぶのは男物の装い。

屋敷中から集めたそうです。

奥様とヒスティアスお嬢様が楽しそうにどれを着せるかはしゃいでいます。

後ずさりした私の両腕は先輩方にがっしり巻き込まれました。

「背が高いから男装が似合うと思うわよぉ?」

「顔立ちもシャープですものね。私達も楽しみよ」

両方から囁かれました。

全員からおもちゃにされています。

ヒスティアスお嬢様がお求めなら着せ替え人形に徹しましょう。

次々と着せられる服に袖を通して皆さんの遊びにお付き合いしました。

でも、部屋の中ですむと思ったのに。

旦那様やご兄弟にまで。

屋敷をつれ回されたから屋敷中の皆さんに見られました。

髪型は額を出して装いは侍従らしく。

女性の使用人らしい化粧を変えて眉を太くして顔の色味を抑えた化粧。

ある意味、男装は慣れているので背筋を伸ばして歩き方など男らしい立ち振舞いをしてみせます。

それだけなのに、回りは私だと誰も分かりません。

何を思ったか旦那様と奥様は。

「侍従の作法も仕込みましょう」

「そうだな」

本当に、お二人とも何をお考えなのか。

剣まで持たされますし。

頬が引くつくのを押さえてなぜですかと問うと必要だからと返ってきました。

今は鍛練場でワイアット様の手解きを受けています。

「構え」

黙って習った通りに動きますが、今いちのようです。

走り込みしなさいと言われて半泣きで早朝はワイアット様とオルテミス様の走り込みに付き合うことになりました。

お二人の侍従に同情されながら毎朝走って剣の鍛練。

侍従の作法。

なんでこんなことに。

非力な自分には辛いです。

一応、女なんですけど。

キツくて泣いてしまいますが、前を向いて黙々と皆さんについていきます。

走り込みと剣の鍛練を終えて疲れからぼろぼろ泣いています。

でも唇を噛んで情けない声は出しません。

「本日もありがとうございました!」

終わればご兄弟と侍従達に大声でお礼をします。

次はお嬢様のもとへ行かねばと、ふらふらしながら井戸で顔を洗いました。

皆様はまだ鍛練を続けておられます。

非力な私は限界を見極められると戻れと言われますので、それに合わせて動きますが、日に日にハードルを上げてくるので正直辛いです。

しかも毎朝汗と土埃にまみれて洗うのが手間です。

髪をもう少し短くしようかと悩みながら頭を桶に突っ込んでざばざば洗いました。

頭を洗い終えたら外に四方向に衝立を組み合わせて建てただけの個室に入って体も洗います。

中に大きめの水桶が置かれていて他の方が水を貯めてくれるので私は毎朝そこで水浴びをするだけなのは助かっています。

他の先輩メイド達は全員ドン引きです。

年頃の女性が男と混じって鍛練。

しかも身支度は外の衝立の中で水洗い。

庶民的にはありですので気にしません。

しかし、旦那様達が私に何をさせたいのか分かりかねて困っています。

ヒスティアスお嬢様も私の忙しさに寂しがってらっしゃいますし。

手早く簡易的なワンピースを着たらすぐに屋敷へ。

井戸から近いハウスキーパーの部屋を借りてまた仕事着に着替え。

毎朝、こうやって身支度を整えます。

ヒスティアスお嬢様の部屋を訪ねれば拗ねてらっしゃる。

むぅっと唇を突きだして子供っぽい仕草で腕組みをしてます。

装いは他のメイドが身支度を整え終えていました。

ストンと下ろしただけの美しい御髪。

艶のある肌にはさらっと乗せただけのお粉。

今日もゆったりとした簡素な装いに気が緩んでます。

以前の張り詰めていた頃よりくつろいでいますし、素直になられましたと笑みがこぼれます。

「お待たせして申し訳ありません」

「最近、お兄様達とばっかり」

「学びのためでございます」

「でもミアレスに剣とかいらないのに」

それは否定出来ません。

「何かお考えがあられるのでしょう」

分かりかねますが。

「食堂へ」

そろそろご兄弟も支度を終えて朝食に集まる頃です。

ご案内し、普通なら食堂では側に控えますが、私も食事はまだなので許可を得てこの間に使用人ホールで私も食事をします。

着くと食べるばかりに料理場のおばさま達が支度をしてくれて、すぐにお礼を伝えて食事を始めました。

「今日もお疲れ。よく投げ出さずに坊っちゃん方についていくね」

「もぐ、必死です。もぐ、」

「あら、髪がまだ濡れてるよ」

「拭いてあげるから食べてなさい」

二人のおばさまが両方から手拭いで髪を撫でて水気を取ってくれています。

「ぱく、ありがとうございます」

「何だってあんたにこんなことさせてるのかねぇ?」

「この間の侍従姿が似合ってたからって女が侍従になれるわけないのに。侍女で良さそうなのに」

「護衛ですかね?もぐ、もぐ」

「あんたがかい?」

「他に思い付きません。もぐ。旦那様方は無駄なことはされませんから、もぐ。……何か深いお考えがあられるのでしょう。もぐ」

「お茶を飲んで一息入れてから行きな」

「ありがとうございます」

食べ終えてお茶を飲んだらすぐにまた食堂へお迎えに行きます。

ひっそりと中へ入るといつもより話が盛り上がっています。

あまりおしゃべりを好まないのですが、珍しい。

ヒスティアスお嬢様はむくれていたのが嘘みたいにニコニコされていますし。

「行っていいの?」

「ミアレスを連れて行っておいで」

「嬉しい。一度行ってみたかったの」

「俺と侍従も付き添うから安心しなさい」

「じゃあ、四人?」

「そのつもりだよ。多いと目立つ。本当は三人くらいがいい」

「姉上、機会があったら僕とも行ってください」

私の名前が出ましたけど何の話でしょうか。

「ミアレス、お父様が市場に行って良いって。案内してね?」

やっと許可が貰えたとはしゃいでいます。

確かに以前から行きたいとお話されていましたが。

視察でないのならお忍びですか。

驚いて声が出せません。

きしむ首を曲げて旦那様方へと向けると満足そうに笑ってらっしゃる。

まさか、この早朝鍛練は全てヒスティアスお嬢様のお忍びのためでしょうか。

なら、先にそう仰ってくださいませ。

私のやる気が変わりますから。
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