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第五章:王都

3※マックス

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棚の2列目の半分に差し掛かり、次の本を取って読んでいると、どんとぶつかられた。

二人で通るには充分な広さだが、でかい俺が邪魔だったのかと振り替える。

そこには自分より小さい男が二人。

神経質そうなのと小太りがこっちを睨んでいた。

「失礼。こちらの棚の物を選びたかったのかな。譲るよ。」

身を寄せて場所を譲る。

豪華な装いだが貴族ではない。

医師のローブを羽織っている。

もし貴族の血縁でも医師となるからには爵位がないと言うことだ。

なければ貴族ではない。

俺と同等だ。

睨まれても屋敷の者に比べれば可愛らしいネズミだ。

毎日、虎やライオンに絡まれてるのだ。

次はどうするのかなと出方を窺うが、俺の態度に怯んで目をそらした。

「ちっ。」

用はなかったらしくそのまま立ち去る。

つまらん奴等に絡まれた。

何か面白くなるかと思ったのに残念。

そろそろちょうどいい時間なのでその場は帰ることにした。

受付にあのネズミの名前を尋ねる。

「とても羽振りの良さそうな医者がいて驚いたんだ。高そうな服がすごいね。」

館内にいる派手な医者はあいつらだけだ。

わざわざローブを見せびらかすように着ている。

「ああ、またあの人たち。」

「わかる?思わず見とれちゃったよ。はは。」

渋い表情に穏やかに笑えば、警戒心が薄れたようで相手にも緩い笑みが浮かぶ。

受付はかなり若い男だ。

気さくにした方が気が緩むだろう。

「ああ、そうですか。またトラブルかと思いました。近寄らないようにしてくださいね。」

「ちょっとぶつかってね。驚いたけど大したことない。いつもあんな感じ?」

「お気の毒に。あの人達はちょっとですね。えー、まぁ。自分達より大人しい方に突っかかるんですよ。失礼ながら、見た目であなたの方が家格が上だと気づかなかったようですね。」

「ああ、今日はこんな格好だからなぁ。親戚の所を寄った帰りなんだ。失敗したよ。なあ、お兄さん。用心のためにどこの者か聞かせてくれないか。次は気を付けなきゃならんし、頼むよ。」

「そうですね。僕もトラブルは心配です。…あの、耳を。」

家格の高い勤めの使用人らしからぬ気さくさと軽く困った顔を見せて拝むと気が緩んだようだ。

本当はべらべら喋るもんじゃないからな。

耳を寄せて話を聞く。

「あの方々はナルベルト侯爵様のお医者様です。」

「二人とも?」

「はい。もとは貴族の令息で跡取りにもスペアでもないんですよ。」

「へえ、お兄さんは物知りだなぁ。」

「本人が自慢してますからね。でもしょうもないですよ。跡取りかスペアでなけりゃぁ、爵位なしだ。身分なんで俺らと変わらないのに。」

ブスくれて呟く様に不満が溜まってるのが分かった。

「よっぽどあんたに迷惑かけてんだな、あいつら。」

「最低っすよ。あいつら、まだ貴族様気分っすからね。」

「そうか。ありがとう。もうこれ以上は聞かない方がいいだろう。お互いに内緒な。」

「あっ、…は、い。す、すいません。」

青ざめて慌ててる。

うん、喋りすぎだ。

なのでお互いに聞いたのも喋ったこともなかったことにする。

「あの、ありがとうございます。」

「いえいえ。また本を見に来るよ。」

「へへ、またどうぞ。」

頭を下げて見送られ、屋敷へ帰った。

部屋に部屋に戻るとブスくれたビスがベッドに転がって、向かいのベッドにムスタファが静かに座っている。

「喧嘩ですか?」

「俺達じゃない。」

「絡まれた。最悪。ムスタファと楽しく買い物してたのに。」

「へえ、このがたいの二人組にですか。そいつら、いい度胸してますね。」

ムスタファはもちろん、ビスも長身だ。

絡まれるような要素がない。

「俺の色が気にくわなかったらしい。」

「あいつら、バカだ。こんなに綺麗なのに。」

ビスの言葉にムスタファは表情が和らぐ。

俺もだ。

「ジネウラ様もミルクチョコレートと呼んでますよ。私も良いと思ってます。」

「だよね。わかってないよ。あのチビども。」

「チビ?」

小さいのに突っかかるのか。

今日のネズミを思い出す。

「私も今日はネズミに絡まれました。2匹。神経質そうなのと小太り。」

「え?」

「あ?」

「ん?何か?」

「…そいつら。派手な医者はじゃなかった?ローブ着てる。」

図書館の奴等と一緒か。

頷いて返す。

「図書館で絡まれました。向こうからぶつかってきて睨みあっただけですが。」

「こっちはムスタファに絡んでた。ムカつく。領内だったら木に吊るすのに。」

「よく堪えましたね。」

「でもこいつ、すれ違い様に財布すったぞ。」

「は!?ビス!!?」

「バレてたか。帰りに川に捨てた。ほら、僕って手先器用だからさ。うまいもんだろ。」

長い指を見せびらかし、指の背にコインを置いて流れるように回す。

消えたり出したり。

本当に器用だ。

「ムスタファ以外にバレてませんよね。やめてくださいよ。リトグリ公爵家から犯罪者はごめんです。」

例の件で注目されているのだから、不用意な行動はやめてほしい。

「俺は捨てる時に気づいた。向こうの小太りを宥めた時か。お前がそんなことするはずないから妙だと思った。」

「当たり。喧嘩するわけにもいかないし、でも腹立つし。本物のスリでも気づかないと思うよ。普段からスリにあったら向こうの戦利品まで根こそぎスリ返してる腕前だよ。」

「バレなきゃいいです。ですが、今後は控えて。まわりに分からなくてもやつらはあなたを疑うはずでしょう。何かあればジネウラ様達が困ることになります。」

「分かった。反省する。」

睨むとぴっと引き締めた顔になる。

ビスもお二人が好きだからなぁ。

「それであいつら、誰だ。マックス。」

「なぜ知ってると?」

「お前は細かい。何かしら得たんだろ。」

「ご明察です。」

図書館で仕入れた話を答える。

今から書庫で貴族鑑を調べるつもりだ。

ついでに二人を手伝わせる。

似ている顔を探せば目星がつく。

「たかだか伯爵と子爵か。」

簡単に見つかり細身が伯爵、小太りが子爵だ

どちらも笑うほど父親そっくりだ。

「ビス、それでも私達より上の身分ですよ。舐めない方がいいかと思います。彼らには彼らの伝がありますから。今をときめくナルベルト侯爵の関係です。」

第一王子の妻君の。

つまり次期王妃のご実家だ。

意外と真面目に話を聞くビスにムスタファが物珍しげに見つめる。

「…ビスが真面目だ。」

「僕は貴族が嫌いなの。あいつら人海戦術で来るから相性悪いし。一対一なら負けないのに。」

苦々しく唇を噛む。

何かしら気に入らないことがあったのだろう。

俺の耳には入っていない。

おそらくムスタファも知らない。

だが、ビスの様子に気をつけて見ておこうと頭のメモに残す。

キレると容赦ないから事前に止めたい。

キレなくても容赦ないのに。

「あとはここに勤めてるメイド達にも聞いておきましょうか。あっちこっちで悪さをしてるようだからすぐわかるでしょう。」

「そうだな。俺も行く。」

「ムスタファはダメ。」

「あ?」

「も、モテるからダメ。」

「んぶふっ!うふ!ぶはっ!」

笑いが止まらん。

ダメだ。

この二人はやっぱり面白い。

立ち上がったムスタファにビスがしがみついて引き留めて。

ムスタファは固まってる。

顔が赤い。

困ってるのに嬉しそうに口許が緩んでる。

「か、代わりにビスが来てください。ムスタファは部屋で待ってて、もらって、いいですか。」

なんとか呼吸を整えて目の涙を拭った。
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