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第三章
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「ただいま。」
「旦那様っ、早くこちらへ。」
玄関に入るなり、ついたての後ろのマックスに呼ばれる。
「奥様、ほら、旦那様が戻られましたよ。」
「起きたのかっ?!」
皿をテーブルに投げつけるように置き、慌ててついたての裏に走ると、そこにはベッドから半身を起こそうと、マックスに支えられているジネウラがいた。
「ジネウラ。」
ぼんやりするジネウラの顔を見つめ、優しく声をかける。
だが目線が合うことなく宙をさ迷う。
「ジネウラ?」
「奥様?旦那様ですよ?」
マックスと声をかけても微動だにせず、目が合わない。
「おかしい。マックス。」
「はい。ムスタファをお願いします。」
外の兵にムスタファを呼びに行かせる。
程なく走ってきたムスタファとマックスでジネウラの診察を行った。
その様子を離れた位置から眺める。
途中、ジネウラが嫌がり布団に潜った。
「どうだ?」
困惑する二人に尋ねた。
「…脈が安定し、身体的なものは落ち着いています。ただ問いかけても返答がなく、無気力です。この無気力が、心因性のものか、昏睡のせいなのか。今は分かりかねます。」
マックスが答え、頭を項垂れた。
「私もマックスの見立てと同じです。それと、今までこの薬の害で治療した者と症状が似ております。」
「ムスタファ、しかし短期間でここまで重い症状が出ることはなかった。」
マックスの疑問にムスタファが件の薬について話す。
「先程、家令に試してみましたところ、通常よりもかなり効果が強い物でした。」
結局、家令に使ったのか。
「環境と薬、それらが重なって心と脳を酷使してしまったのだと思います。」
「…どうすればいい?どうすれば治る?」
「…穏やかに暮らさせることです。以前と同じにとはいかないでしょうが、少しずつ戻ると思います。」
「…特効薬はないよなぁ。」
「…申し訳ありません。」
「役に立てず、申し訳ありません。」
「皆、よくやってくれた。何もかも、元通りになるとは思ってなかった。」
黙る二人に話を続ける。
「会いたくないと言われる覚悟だったからな。寄るなとか死にたいとか言われたらどうしようって。でも、そう言うわけではないだろう。」
テーブルの皿を持ってゆっくりジネウラの側に近寄り、布団の中を覗きこむ。
「ジネウラ、ムスタファがご飯を作ったよ。おいで。」
じっと動かないので、ゆっくり布団をどかして、人肌に冷えた皿をジネウラの手に持たせる。
マックスがさっと匙を渡してくれて、ジネウラの膝に乗せた皿から肉をほぐして口元に匙を寄せる。
「ほら、いい匂い。あーん。」
ゆっくり、ゆっくりと口を開けて、もそもそ匙を咥えて食事を受け入れた。
「ムスタファ、おいしいみたいだよ。良かったね。」
「はいっ、…はいっ。ようございました。」
あまり固形物は食べられないようで、スープだけ飲みたがった。
飲むというより、匙についたのを舐める程度だ。
「奥様はいかがですか?」
「ずっとスープを舐めてるよ。可愛いけど食べられないようだ。」
「喉が腫れていたので痛むのでしょう。」
ついたての奧でマックスとムスタファが薬研を擦り薬の調合をしてた。
大した量は食べてないが、お腹が満たされて満足したようで、匙から口を離す。
ついたての後ろを気にしていたのでどかしてやると、テーブルで作業をする二人を見て寝台から降りたがった。
手を貸してテーブルに連れていってやると、作業中のマックスの背中に抱きついて寄りかかる。
「え?え、え?奥様?」
「じ、ねうら?」
「んん?どうされたんだ?これは。」
目を丸くする俺達を他所に椅子の背中の隙間に潜り込みおんぶをねだって、背中にしがみついたまま目をつぶった。
「…これは、子供返りかな?小さい頃、先代の作業中にこうやって寝ていた。」
ムスタファが俺の横に並んでマックスの背中に落ち着くジネウラを興味深げに観察する。
「私の外見と比べたら、マックスの方が先代に似てるからな。」
「む!ムスタファ、どうしようっ、旦那様!!す、すいません!!」
血の涙を流してる。
「怒ってない。怒ってないが、悔しい。」
マックスの背中に抱きつくのを固まって止められなかった。
いや、好きにさせたいという気持ちが勝った。
だけど、まだ抱き締めてないのに。
マックスが先に抱きつかれた。
羨ましい。
目覚めたあとの感動の再開を考えなかったわけじゃないんだ。
最悪なケースも、理想も、色々思い描いていた。
抱きつかれて羨ましい。
涎を垂らして寝てるところをしっかり見ておこう。
もうそれぐらいしか前向きに考える材料がない。
「先代の背中はよくかぴかぴになっていたのはジネウラ様の涎だったのか。」
「旦那様ぁ、ムスタファ。どうすれば。」
「マックスは薬研を擦れ。この振動が気持ちいいようだ。ジネウラ様が起きる。」
「熟睡したら移動させよう。早く寝かせろ。動け、マックス。」
「は、はいぃ。」
眠ったあと、ムスタファと寝台へ運ぶ。
3人で相談し、1、2日ほど様子を見たら屋敷へ戻ることにした。
夜中、ジネウラの対角線上にマックスと雑魚寝していると、ついたての奧でごそごそと起き出して寝付けないでいることに気がつく。
「ジネウラ?眠れないのか。」
「見て参ります。お休みください。」
「ああ、わかった。」
ついたての奧でマックスが世話をしている。
マックスへの信頼から安心し、またうとうと目をつぶりかけた。
「奥様っ。」
ガタンとついたてが倒してジネウラが飛び出した。
暗がりの中を飛び出してテーブルにぶつかり転倒したので慌てて助け起こす。
「捕まえててください!」
マックスが水桶をジネウラに浴びせた。
一緒にいた俺さえも水の冷たさに心臓が跳ね上がり、マックスの仕打ちに驚いた。
「ここの中に、奥様を座らせて。」
ジネウラが座れるほどの広さの桶を渡され、新たに水瓶から水を汲んでいる。
「どういうことだ。」
抵抗を見せるジネウラを桶の中に腰かけさせ、マックスに尋ねた。
「薬の余韻です。火照りがぶり返してます。」
胸元や腹に冷たい水をかけながら答えた。
「これが落ち着かないと普通の生活に戻れません。」
「旦那様っ、早くこちらへ。」
玄関に入るなり、ついたての後ろのマックスに呼ばれる。
「奥様、ほら、旦那様が戻られましたよ。」
「起きたのかっ?!」
皿をテーブルに投げつけるように置き、慌ててついたての裏に走ると、そこにはベッドから半身を起こそうと、マックスに支えられているジネウラがいた。
「ジネウラ。」
ぼんやりするジネウラの顔を見つめ、優しく声をかける。
だが目線が合うことなく宙をさ迷う。
「ジネウラ?」
「奥様?旦那様ですよ?」
マックスと声をかけても微動だにせず、目が合わない。
「おかしい。マックス。」
「はい。ムスタファをお願いします。」
外の兵にムスタファを呼びに行かせる。
程なく走ってきたムスタファとマックスでジネウラの診察を行った。
その様子を離れた位置から眺める。
途中、ジネウラが嫌がり布団に潜った。
「どうだ?」
困惑する二人に尋ねた。
「…脈が安定し、身体的なものは落ち着いています。ただ問いかけても返答がなく、無気力です。この無気力が、心因性のものか、昏睡のせいなのか。今は分かりかねます。」
マックスが答え、頭を項垂れた。
「私もマックスの見立てと同じです。それと、今までこの薬の害で治療した者と症状が似ております。」
「ムスタファ、しかし短期間でここまで重い症状が出ることはなかった。」
マックスの疑問にムスタファが件の薬について話す。
「先程、家令に試してみましたところ、通常よりもかなり効果が強い物でした。」
結局、家令に使ったのか。
「環境と薬、それらが重なって心と脳を酷使してしまったのだと思います。」
「…どうすればいい?どうすれば治る?」
「…穏やかに暮らさせることです。以前と同じにとはいかないでしょうが、少しずつ戻ると思います。」
「…特効薬はないよなぁ。」
「…申し訳ありません。」
「役に立てず、申し訳ありません。」
「皆、よくやってくれた。何もかも、元通りになるとは思ってなかった。」
黙る二人に話を続ける。
「会いたくないと言われる覚悟だったからな。寄るなとか死にたいとか言われたらどうしようって。でも、そう言うわけではないだろう。」
テーブルの皿を持ってゆっくりジネウラの側に近寄り、布団の中を覗きこむ。
「ジネウラ、ムスタファがご飯を作ったよ。おいで。」
じっと動かないので、ゆっくり布団をどかして、人肌に冷えた皿をジネウラの手に持たせる。
マックスがさっと匙を渡してくれて、ジネウラの膝に乗せた皿から肉をほぐして口元に匙を寄せる。
「ほら、いい匂い。あーん。」
ゆっくり、ゆっくりと口を開けて、もそもそ匙を咥えて食事を受け入れた。
「ムスタファ、おいしいみたいだよ。良かったね。」
「はいっ、…はいっ。ようございました。」
あまり固形物は食べられないようで、スープだけ飲みたがった。
飲むというより、匙についたのを舐める程度だ。
「奥様はいかがですか?」
「ずっとスープを舐めてるよ。可愛いけど食べられないようだ。」
「喉が腫れていたので痛むのでしょう。」
ついたての奧でマックスとムスタファが薬研を擦り薬の調合をしてた。
大した量は食べてないが、お腹が満たされて満足したようで、匙から口を離す。
ついたての後ろを気にしていたのでどかしてやると、テーブルで作業をする二人を見て寝台から降りたがった。
手を貸してテーブルに連れていってやると、作業中のマックスの背中に抱きついて寄りかかる。
「え?え、え?奥様?」
「じ、ねうら?」
「んん?どうされたんだ?これは。」
目を丸くする俺達を他所に椅子の背中の隙間に潜り込みおんぶをねだって、背中にしがみついたまま目をつぶった。
「…これは、子供返りかな?小さい頃、先代の作業中にこうやって寝ていた。」
ムスタファが俺の横に並んでマックスの背中に落ち着くジネウラを興味深げに観察する。
「私の外見と比べたら、マックスの方が先代に似てるからな。」
「む!ムスタファ、どうしようっ、旦那様!!す、すいません!!」
血の涙を流してる。
「怒ってない。怒ってないが、悔しい。」
マックスの背中に抱きつくのを固まって止められなかった。
いや、好きにさせたいという気持ちが勝った。
だけど、まだ抱き締めてないのに。
マックスが先に抱きつかれた。
羨ましい。
目覚めたあとの感動の再開を考えなかったわけじゃないんだ。
最悪なケースも、理想も、色々思い描いていた。
抱きつかれて羨ましい。
涎を垂らして寝てるところをしっかり見ておこう。
もうそれぐらいしか前向きに考える材料がない。
「先代の背中はよくかぴかぴになっていたのはジネウラ様の涎だったのか。」
「旦那様ぁ、ムスタファ。どうすれば。」
「マックスは薬研を擦れ。この振動が気持ちいいようだ。ジネウラ様が起きる。」
「熟睡したら移動させよう。早く寝かせろ。動け、マックス。」
「は、はいぃ。」
眠ったあと、ムスタファと寝台へ運ぶ。
3人で相談し、1、2日ほど様子を見たら屋敷へ戻ることにした。
夜中、ジネウラの対角線上にマックスと雑魚寝していると、ついたての奧でごそごそと起き出して寝付けないでいることに気がつく。
「ジネウラ?眠れないのか。」
「見て参ります。お休みください。」
「ああ、わかった。」
ついたての奧でマックスが世話をしている。
マックスへの信頼から安心し、またうとうと目をつぶりかけた。
「奥様っ。」
ガタンとついたてが倒してジネウラが飛び出した。
暗がりの中を飛び出してテーブルにぶつかり転倒したので慌てて助け起こす。
「捕まえててください!」
マックスが水桶をジネウラに浴びせた。
一緒にいた俺さえも水の冷たさに心臓が跳ね上がり、マックスの仕打ちに驚いた。
「ここの中に、奥様を座らせて。」
ジネウラが座れるほどの広さの桶を渡され、新たに水瓶から水を汲んでいる。
「どういうことだ。」
抵抗を見せるジネウラを桶の中に腰かけさせ、マックスに尋ねた。
「薬の余韻です。火照りがぶり返してます。」
胸元や腹に冷たい水をかけながら答えた。
「これが落ち着かないと普通の生活に戻れません。」
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