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第二章
3※マックス
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朝には容態が落ち着き、ムスタファがソネヤ地区の役人や憲兵を率いてお嬢様の休む民家へ続く坂道の封鎖を終えた。
戸惑う村人には、隔離していた伝染病患者の女を夫が連れ出したので追ってきたと説明する。
元から家令が村人にそう仄めかしていた上に、役人や憲兵まで。
そして、以前ここの村人相手に治療をしたことのあるムスタファまで言うのだから、あっさり信用した。
感染しないように衣食住は保証するからしばらく町に避難しないかと優しく提案すると、昨日の取引で懐が暖かい村人はすんなり受け入れたそうだ。
ついでに民家にあった家令の財産を、補償金とうそぶいて。
軽く旅行気分なんだろうが、実際は俺達が村を出るまで町の離れた一角で軟禁する予定だ。
そうとも知らず受け入れて、かなり辻褄が合わないことでもムスタファが小難しく適当な説明すれば、無知な村人は簡単に騙された。
人のいなくなった小さな里で、人目を気にするとなく治療に専念できる。
すぐにお嬢様を連れ出せるなら良かったが、動かせないお嬢様のことを秘密裏に治療する為に。
「旦那様、憲兵と村人の移動は済みました。里には屋敷から連れてきた兵のみです。」
「そうか。」
お嬢様の休む家へ訪れたムスタファの報告に旦那様が軽く頷く。
容態の安定した今のうちにと休む間もなく、精神安定の効能のある薬草や旦那様のお薬の支度する。
ムスタファが村に運びいれた薬草と薬研。
テーブルに並べた薬草の中から一つ取り出して、細かく刻み薬研に入れていた。
「…よろしかったのですか?村人を生かして。」
旦那様は少し驚いた顔をムスタファに向けた。
「彼らは奥方の禍根になるやもしれません。」
軍人上がりのムスタファは、こういう判断をよくする。
大義の為に多少の犠牲を肯定し、二人の患者のうち、一人しか救えない状態なら片方を捨て置く冷たい強さがある。
「そうだなぁ。ジネウラの顔を見たようだし。処分を考えたけど、ほら。ジネウラが嫌がりそうじゃない?なぁ、マックス。」
「そうですね。お心を痛めるかと思います。」
こちらに目を向けて、同意を求められたので答える。
「知られなきゃいいけど、もし知られたら嫌われるし。ムスタファも嫌われたくないだろう?」
「…いえ。…必要とあらば受け入れます。ジネウラ様の名誉を守れるなら些細なことです。…旦那様が許してくださるなら、私の一存で。」
頑固な決意を旦那様に表明し、粘る。
「…分かるが、やめておけ。」
「ならば、」
「もうジネウラの嫌がることはやめよう。自分のせいで無関係な領民が巻き込まれたとこれ以上苦しめたいのか。もう苦しみは充分だろう?」
「あ、…いや。しかし。あぁ、…私が、浅はかでした。…申し訳ありません。」
「気持ちは分かるよ。」
お二人の話を聞きながら、薬研を擦る。
ムスタファは頭を垂れてぶるぶると震えて、泣いているようだった。
「俺も、同じ気持ちです。」
早かったようで、遅かったんだ。
お嬢様の仕打ちを考えたら。
「ムスタファ、そう先走ってないで今は飯食って休め。」
「はい。うっ、う。」
「俺も目処がたったら休む。何か食うものないか?」
「はい、そこの鞄に携帯食があります。どうぞ。」
旦那様は腹が減ったと軍の固形食を2つと干し肉とドライフルーツ。
二人分を平らげていた。
「すまん、人の分まで食べて。安心したら腹が減ったようだ。」
3つ目の固形食をごりごり音をたてながら噛っている。
「い、いえ。お体の回復の為に、お腹が空きやすいのでしょう。外でムスタファ達が食事の支度をしてますが、さすがに入らないですよね。」
「それも食うぞ。いい匂いがする。」
ムスタファの作ったスープを完食しおかわりまで。
その後は、お嬢様のお世話を。
水やスープの汁を少しずつ口に含ませたり、髪を整えたりと甲斐甲斐しく動いていた。
休みなく働く姿に交代を申し出ると、
「食ったら治る。」
と冗談か本気かわからないことを仰る。
実際に食後は血色も良く活発な振る舞いに驚いた。
旦那様に比べ回りの俺やムスタファ、ベン様は、怒濤の日々を過ごし、顔色も悪く疲れが見える。
おかしい。
ムスタファも俺も常人よりかなり丈夫な質なのに。
ベン様も、普段から自領の軍を率いて領内の討伐や警備をされていると聞く。
それなのに病み上がりの旦那様の方が元気よすぎる。
別邸の時から回復が早いと思っていたが、王家筋の方は特異体質か何かなのだろうか。
午後には屋敷からの手紙を持った伝達役のドルが来て、大喜びしていた。
いまだに染めた顔や手を見て、まだ色を落とさないのかと言われた。
「どうやるんだ?石鹸で洗っても薄くなるが落ちなかったぞ。いい加減戻らなくてはならないのに。このままじゃ陛下の御前に立てない。早く教えてくれ。」
慌てるベン様に旦那様も頷く。
「ジネウラに嫌がられるかも。早く落としたい。」
「分かりました。熱めのお湯を用意してください。」
嫌な予感がしたが、やっぱり。
「湯の中に肌を入れてふやかしたら取れますよ。取れるまで繰り返せばよい。」
相変わらずベン様が嫌がり、旦那様は黙って顔を浸す。
こんな機会はないだろうからと、3人並んで洗面器に顔を突っ込んで誰が長く潜れるか遊んだ。
「ジネウラが起きたら話してやるんだ。誰が1番長く潜ったか。面白がるだろう。」
「ジョルジャ、女性にそんな話しても。」
「いや、ジネウラなら面白がる。もしかしたら頭を押さえてつけたがるかもしれん。俺に我慢させるのが好きだから。練習しとこう。」
「やめろ。いや、何を我慢させたがるんだ?続けろ。」
「…。」
ブクブク顔を沈める横でお二人の話を聞きながら、黙ってくださいと湯の中で呟いた。
戸惑う村人には、隔離していた伝染病患者の女を夫が連れ出したので追ってきたと説明する。
元から家令が村人にそう仄めかしていた上に、役人や憲兵まで。
そして、以前ここの村人相手に治療をしたことのあるムスタファまで言うのだから、あっさり信用した。
感染しないように衣食住は保証するからしばらく町に避難しないかと優しく提案すると、昨日の取引で懐が暖かい村人はすんなり受け入れたそうだ。
ついでに民家にあった家令の財産を、補償金とうそぶいて。
軽く旅行気分なんだろうが、実際は俺達が村を出るまで町の離れた一角で軟禁する予定だ。
そうとも知らず受け入れて、かなり辻褄が合わないことでもムスタファが小難しく適当な説明すれば、無知な村人は簡単に騙された。
人のいなくなった小さな里で、人目を気にするとなく治療に専念できる。
すぐにお嬢様を連れ出せるなら良かったが、動かせないお嬢様のことを秘密裏に治療する為に。
「旦那様、憲兵と村人の移動は済みました。里には屋敷から連れてきた兵のみです。」
「そうか。」
お嬢様の休む家へ訪れたムスタファの報告に旦那様が軽く頷く。
容態の安定した今のうちにと休む間もなく、精神安定の効能のある薬草や旦那様のお薬の支度する。
ムスタファが村に運びいれた薬草と薬研。
テーブルに並べた薬草の中から一つ取り出して、細かく刻み薬研に入れていた。
「…よろしかったのですか?村人を生かして。」
旦那様は少し驚いた顔をムスタファに向けた。
「彼らは奥方の禍根になるやもしれません。」
軍人上がりのムスタファは、こういう判断をよくする。
大義の為に多少の犠牲を肯定し、二人の患者のうち、一人しか救えない状態なら片方を捨て置く冷たい強さがある。
「そうだなぁ。ジネウラの顔を見たようだし。処分を考えたけど、ほら。ジネウラが嫌がりそうじゃない?なぁ、マックス。」
「そうですね。お心を痛めるかと思います。」
こちらに目を向けて、同意を求められたので答える。
「知られなきゃいいけど、もし知られたら嫌われるし。ムスタファも嫌われたくないだろう?」
「…いえ。…必要とあらば受け入れます。ジネウラ様の名誉を守れるなら些細なことです。…旦那様が許してくださるなら、私の一存で。」
頑固な決意を旦那様に表明し、粘る。
「…分かるが、やめておけ。」
「ならば、」
「もうジネウラの嫌がることはやめよう。自分のせいで無関係な領民が巻き込まれたとこれ以上苦しめたいのか。もう苦しみは充分だろう?」
「あ、…いや。しかし。あぁ、…私が、浅はかでした。…申し訳ありません。」
「気持ちは分かるよ。」
お二人の話を聞きながら、薬研を擦る。
ムスタファは頭を垂れてぶるぶると震えて、泣いているようだった。
「俺も、同じ気持ちです。」
早かったようで、遅かったんだ。
お嬢様の仕打ちを考えたら。
「ムスタファ、そう先走ってないで今は飯食って休め。」
「はい。うっ、う。」
「俺も目処がたったら休む。何か食うものないか?」
「はい、そこの鞄に携帯食があります。どうぞ。」
旦那様は腹が減ったと軍の固形食を2つと干し肉とドライフルーツ。
二人分を平らげていた。
「すまん、人の分まで食べて。安心したら腹が減ったようだ。」
3つ目の固形食をごりごり音をたてながら噛っている。
「い、いえ。お体の回復の為に、お腹が空きやすいのでしょう。外でムスタファ達が食事の支度をしてますが、さすがに入らないですよね。」
「それも食うぞ。いい匂いがする。」
ムスタファの作ったスープを完食しおかわりまで。
その後は、お嬢様のお世話を。
水やスープの汁を少しずつ口に含ませたり、髪を整えたりと甲斐甲斐しく動いていた。
休みなく働く姿に交代を申し出ると、
「食ったら治る。」
と冗談か本気かわからないことを仰る。
実際に食後は血色も良く活発な振る舞いに驚いた。
旦那様に比べ回りの俺やムスタファ、ベン様は、怒濤の日々を過ごし、顔色も悪く疲れが見える。
おかしい。
ムスタファも俺も常人よりかなり丈夫な質なのに。
ベン様も、普段から自領の軍を率いて領内の討伐や警備をされていると聞く。
それなのに病み上がりの旦那様の方が元気よすぎる。
別邸の時から回復が早いと思っていたが、王家筋の方は特異体質か何かなのだろうか。
午後には屋敷からの手紙を持った伝達役のドルが来て、大喜びしていた。
いまだに染めた顔や手を見て、まだ色を落とさないのかと言われた。
「どうやるんだ?石鹸で洗っても薄くなるが落ちなかったぞ。いい加減戻らなくてはならないのに。このままじゃ陛下の御前に立てない。早く教えてくれ。」
慌てるベン様に旦那様も頷く。
「ジネウラに嫌がられるかも。早く落としたい。」
「分かりました。熱めのお湯を用意してください。」
嫌な予感がしたが、やっぱり。
「湯の中に肌を入れてふやかしたら取れますよ。取れるまで繰り返せばよい。」
相変わらずベン様が嫌がり、旦那様は黙って顔を浸す。
こんな機会はないだろうからと、3人並んで洗面器に顔を突っ込んで誰が長く潜れるか遊んだ。
「ジネウラが起きたら話してやるんだ。誰が1番長く潜ったか。面白がるだろう。」
「ジョルジャ、女性にそんな話しても。」
「いや、ジネウラなら面白がる。もしかしたら頭を押さえてつけたがるかもしれん。俺に我慢させるのが好きだから。練習しとこう。」
「やめろ。いや、何を我慢させたがるんだ?続けろ。」
「…。」
ブクブク顔を沈める横でお二人の話を聞きながら、黙ってくださいと湯の中で呟いた。
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