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第一章

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朝、目が覚めると部屋が賑やかだった。

どうやらリザリーと数人のメイド達で着替えをしているようだ。

「これくらいがいいんじゃない?」

「そうですね、まだお若いからもう少し華やかなのが似合いますけど。」

「うぅん。…あまり派手にしてもいけないし、おもてなしに必要な華やかさもいるし。王宮の使者のおもてなしとなるとどのくらいの装いがいいのか悩むわねぇ。」

「申し訳ありません。私共では経験不足です。」

「私もだわ。初めてで分からないもの。」

「それでも、奥様を可愛く出来るので楽しいわね、リザリー。」

「本当ねぇ。遣り甲斐あるわ。」

衝立の向こうできゃっきゃっと騒いでる。

ベッドと鏡台の間に置かれこちらから様子がわからない。

起きてみると俺の着替えはテーブルに並べてあった。

ズボンだけとっとと着替えて、衝立の裏を覗きに行く。

「ジネウラ。」

「おはようございます、旦那様。」

「おはよう。」

すぐに抱きついて頬にキスする。

嬉しいことにジネウラも頬に返してくれた。

シュミーズにコルセット。

フリルのたっぷりついた裾がふわふわと足の動きにまとわりついて揺れる。

「俺も世話する。選ぶ。」

「ええ、ぜひ。奥様に選んであげて下さいませ。」

顔を赤らめる若い使用人がいたが、リザリーは動じずどの装いがいいか聞いてくる。

候補を選ぶ間に鎖骨やコルセットから膨らむ胸のうっ血を撫でて体調を伺う。

「体はどうだ?眠れたか?」

「はい。ああやって寝かせてくださると助かります。旦那様は?」

「ああ、毎日気分がいい。」

イタズラがばれていないようだ。

今夜もしようと決める。

コルセットと胸の谷間に指を差し込んでくすぐると、小指を掴んで引き離されたので諦める。

「旦那様、今日の奥様の装いのどれにしようかと相談しておりました。旦那様のご意見をお願いいたします。」

見せられたのはどれも襟が高く隠れるタイプだ。

まだ黄色く俺の手形が首に残り、白い鎖骨から胸にうっ血が残っている。

「どれも似合いそうだ。悩むなぁ。全部着せて見せてほしい。」

「ふふ。私共は王宮の使者様がいらっしゃってるので、どのあたりが相応しいのか悩んでおりました。なにぶん、初めてのことですので申し訳ありません。」

「来たことあるだろう。」

「いえ、こちらは別宅になります。本来は本邸でおもてなしを致します。」

さすがに不安なのだろう。

剛毅なリザリーの顔が曇る。

「大丈夫だろう。君らの対応に困ったことは1度もない。俺のせいでこちらでの対応になったんだ。ベンには多目に見るように頼んでおくから、何も心配するな。」

「ありがとうございます。」

リザリーの言葉に同じく不安だった使用人達は幾分、ほっとして晴れやかな表情になった。

そして俺が選んだのは大人しい色合いと古典的なデザインのドレスだ。

大人しすぎないかと心配していたが、ジネウラは何を着ても可愛いんだ。

婆さんのお古を着てもあんなに可愛かった。

バカな俺のせいで首に跡が残り、もう二度とベンに見せない為に最も隠れるドレスがいいと力説したら、納得してくれた。

装いを大人しくするなら髪型を凝りたいと若い使用人が言い出し、二人でああでもないこうでもないとジネウラを弄り、やっと納得の仕上がりになった。

その間にリザリー達がアクセサリーと化粧を手早く済ませる。

奥様はお若くて可愛らしいからと装いに合わせて、クラシカルにまとめながらも、シルバーとパールの華やかなデザインが取り入れられていて、可愛らしいから異論はない

一同、ジネウラの仕上がりに満足した。

「さすがに王宮育ちの旦那様です。頼もしい。」

「それは違う。お前たちにセンスと技術があるからこんなに美しく出来たんだ。良くやった。」

お互いを称賛し合う俺達をジネウラは興味深げに眺めていた。

「ジョルジャ、今日はまた一段と奥方が輝いてるね。あまり見つめるのは失礼だと分かっているが。」

椅子に腰掛け軽く身を乗り出してしげしげと俺の隣に座るジネウラを眺めそう言う。

顔を合わせたベンに誉められ、ジネウラは恥ずかしがって扇で顔を隠し、俺はそんなジネウラを背に隠しながら胸を張った。

「うん。朝からつい使用人達とね。着飾らせるのが楽しかった。」

「はは、仲がいい。」

「俺の宝物だ。」

でれでれする俺にベンは笑う。

「…旦那様のおかげです。でも、ご覧になるのは旦那様だけでいいのに。」
 
後ろに隠れたジネウラがこそりと呟き、昨日の姿を思い出してやに下がる。

好きな相手に恥じらうものと考えていたが、ジネウラは逆に好む相手に自身を明け透けに晒す性質らしい。

今朝、この美しい仕上がりに驚いて、旦那様以外に見られたくないと部屋から出ようとしなかったんだ。

リザリー達は慣れていて、また恥ずかしがってと微笑んでいた。

そして、旦那様は奥様の特別ですとからかわれて、そしてリザリーから遠回しに尻の腫れが落ち着くまで拘束すると仄めかされた。

それは、俺が悪いので何も言えない。

ベンと昨日の案件の話を続ける。

当初、ベンは俺の愛人の登録で済むと考えていたようだが、昨日のあの状況で考えを変えたらしい。

「昨日、奥方から預かった薬と例の女性が持っていた薬は王宮の医療部へ届けさせた。」

昨日、料理人から取り上げた強壮剤の他に、ジネウラはこっそりとヤブ医者の薬を収集して、これらをしかるべきところで調べてほしいとベンに預けた。

ジネウラ直属の医療部で調べはついているが、これを王宮で精査し公正な判断を頂きたいと。

「料理人もこちらで捕らえてるそうだね。」

「はい。お会いしますか?」

「ああ、話を聞いておきたい。」

「では、そのように致します。経緯を報告書にまとめていますが、ご覧になりますか?」

「見せてくれ。良ければそのまま王へ届けたいがいいか?」

「控えを用意しますのでお時間を頂きます。急がせれば一刻ほどで出来ますから、ご覧になったあと仰ってください。」

微笑みながらもピシャリと言い放ち異論を認める気はない態度を見せる。

「了承しよう。それで構わない。」

リザリーに指示を出して用意を進める。

「…ジョルジャ、君の奥方は本当に規格外だね。」

「うん。」

ニコニコと笑ってジネウラを眺めていた。

固い話になると昼にも怖い雪の女王になる。

明るい場所で見るとまたこれはこれで細かい顔の反応が見れて楽しい。

昨日、グロリアの展開に喜んでいたのが納得できた。

王宮関係を引っ張り出してまとめて屋敷の片付けを行うつもりだ。

父親に訴えても庶子の娘と醜聞をどうするか予想もつかない。

愛人親子と暮らさせる男だ。

切り捨てられず庶子の娘可愛さに負担を強いられたかもしれない。

それが嫌で今まで大人しく機会を窺ってたようだ。

だとしたら、今はジネウラの予定通り。

ベン相手に扇で顔を隠すが、隣の俺からは嬉しそうな口許が良く見える。

リトグリ家の使用人の不始末に、咎は現当主の父親に行くし、ジネウラの協力は評価される。

家のことを考えて大きな損はなかろう。

「嬉しそうだね、ジネウラ。」

「ええ、旦那様。やっとこれで安心して暮らせますもの。」

ベンが客室へ退き、入れ替わりにリザリーが訪れジネウラに耳打ちをする。

機嫌の良かったジネウラの柳眉に亀裂が入る。

「ここへ呼びなさい。」

「今度はなんだ?」

「グロリアの母親。先ほど屋敷に来て勝手にここの采配しようとしてるそうよ。リザリー達にとって、本邸のメイド長は上司になるから、逆らえない。」

ぎりぎりと畳んだ扇子を握りしめる。

「君の部下になるはずだが、その様子だとまさか相手は同等かそれ以上のつもりなのかな?」

「ええ、あれは女主人のつもり。」

「よほど強かな女性のようだ。」

「…でも旦那様がいれば心強い。」

今まで味方無しに孤軍奮闘していたようだ。

「リトグリ公爵に報告はしなかった?使用人達は味方のように見えたけど。」

ジネウラの仇のようなあの仕打ち。

メイド長と対立したらジネウラに協力したのではないか。

「先手を打たれたし、握りつぶされた。手紙を書いても中身を確認されるの。本邸の使用人達もそんな権限ないから本気で抵抗すれば、ばあばみたいにお父様にあることないこと言って首にされる。現実を見ない者しか残ってない。」

「家令は?」

唯一あの屋敷でメイド長より上の立場だ。

ぼんやりとしか記憶にないが、寡黙でスラッとした見目の良い中年の男だ。

「…ヤブ医者のように母親と繋がってないけど私の味方はしない。何を狙ってるのかは分からない。…あれも嫌い。」

扉をノックする音がする。

「来たようだね。」

「ええ。」

リザリーと共にご婦人が入室する。

ジネウラに寄り添う俺の行動に一瞬表情が崩れたが、平静を装う。

俺としても思ったより、上品にまとめられた装いに驚いた。

グロリアの母親と聞いていたので、胸をこぼしながら来ると思っていたのだ。

娘のグロリア以上に整った見た目はかなり美しい部類だ。

年齢を感じるが、熟した美しさを持っていた。

若い頃なら王宮の使用人としてもそれなりに通用したと思う。

それなりにだがな。

それにこんな風に、美しさに獰猛さを隠した女はいくらでも見てきた。

呼ばれてもいない別宅へ乗り込んで、勝手な采配。

不機嫌な主人に呼ばれ何事もなかったように、ふてぶてしい。

堂々としたこの卒のない所作に嫌なものを感じる。

なるほど、これは油断ならない。

「メイド長、呼ばれてもないあなたがなぜこの屋敷にいますの?」

「王宮の使者様の来訪に馳せ参じました。こちらの使用人では失礼にあたりますから。今までのように私が采配すべきことかと存じます。」

「呼ばれもせずに押し掛けるのは失礼じゃなくて?」

「ええ。ですが、先ほど屋敷を拝見し、失礼ながらやはりまだ奥様の手腕ではご負担のようです。そちらのお召し物も…。品が足らずにお困りと思い、屋敷から奥様の衣類を持って参りました。後程お召し替えください。」

にこやかに微笑み自身の振る舞いの正当性を語り、装いを揶揄する。

「そう。娘のお見舞いではないのですね。どちらにいるかご存じでしょう?」

「はい。懐妊が分かり、こちらで療養すると聞き及んでおります。高位であらせられる旦那様よりお情けを頂き感謝致します。わが愛娘がお慕いする主人のお務めを、身を呈して立派にやり遂げたと喜ばしく思います。」

「主の夫と寝た未婚の娘が誇らしいと?」

「はい。とても。」

ばちばちと火花を散らして探り合う。

「稀有な倫理観をお持ちなのですね。存じませんでした。」

「…もちろん奥様に申し訳ないことと思いますが、旦那様のお子なのですから。…ふ、ふ。」

終始一貫して笑みを崩さない。

「どうして俺の子だと思うんだい?」

突然発した俺の言葉にメイド長は怪訝そうに目を向ける。

「それは、毎日娘と二人で昼間から寝室にこもってらっしゃったので。皆が存じています。」

「それが、医者の薬で昼間はぐっすり眠ってて君の娘のことは心当たりないんだ。」

調べたところ熊を倒すくらいの量の睡眠薬が混ざってたそうだ。

毎日、昏睡していたんだと。

本当に良く生きてた。

どうやらヤブ医者と言うのは本当で、適当な処方薬を出すらしい。

なんでそんなヤブを雇うんだと聞いたら、代々世襲制なんだとか。

先代の功績で多少は多目に見てというが、限度があると思う。

「まあ、未婚の娘を散らしてなかったことにされるなんて。」

「寝てる間に多少はあったかもね。」

咎めるメイド長にへらっと笑い返す。

「未婚の娘が既婚者の部屋に昼間から入り浸って止めなかったの?」

「主人のお心に沿うだけです。」

「そうなんだ。いつ俺が望んだの?」

「出会った時だとか。」

「なんて言ったのか知ってる?」

「部屋へ来るように、と。」

俺が覚えてるのは次の日に意を決して使用人にジネウラを寝室へ呼んだことだ。

妻を一度も抱かないのは離婚理由になるからね。

だけど晩餐のあと部屋でぐっすり寝てた。

呼んだくせ寝こけるなんてと落ち込んでそれ以来自分から言えなくなった。

「案内したのは誰だ?」

寝室には鍵をかける。

入れるのは繋がっている妻の部屋だけだ。

「あの日も二日酔いの薬を医者にもらってぐっすり寝てた。メイド長、誰が寝室に娘を入れた?」

「ご自身で招き入れたのでは?二日酔いの薬を飲んで寝るなどあり得ません。」

「いや、あの医者は俺の薬全てに睡眠薬を混ぜていた。痛み止の代わりかな。おかげでいつもぐっすり寝てた。なのに毎日、誰が部屋に入れたんだ。」

頭痛だろうが、下痢だろうが別々の処方薬へお構い無しに睡眠薬が混ざってたんだ。

驚いた。

「寝室の鍵を持つ使用人はメイド長と家令だよね。」
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