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番外編※ラド

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あれからアディが口を聞いてくれねぇ。

嫁は何事もなかったように接してくれるけど。

「……はぁぁぁ」

でっかいため息。

ご機嫌とりすると咄嗟にいつも通りに反応する。

でも途中で思い出すとだめ。

許してないからと怒ってそっぽ向く。

そんな怒んなくてもいいじゃん。

てか、パパの俺よりルーラさんが良いわけ?

ひどくね?

なんか色々引っ掻き回されてうんざりだ。

こんなんじゃますます嫌いになりそう。

やだなーっと思いつつ次は嫌いな客のお宅へ配達。

俺と昔馴染みだと義父をだまくらかした奴。

取引はどこでもやるけど大口の顧客か条件を満たした所しかうちからの配達はない。

「遅い」

初っぱなからこれ。

グチグチと文句つけてる。

腹立つが営業スマイル。

「お急ぎの品でしょうか?前日までにご連絡いただければ急ぎますよ」

昼の鐘が鳴る前。

何もかもいつも通りで早くもなく遅くもない。

「2割増しの有料になりますがご利用ください」

荷台から少ない配送品を下ろしてさっさと荷台の覆いを戻す。

「おい、奥へ運ぶくらいしろよ」

道が狭くて荷馬車が入らないから置いたのは道端。

店までちょっと距離がある。

「そのサービスは割り増しの料金で受けてます」

配送品が多いところと割り増しを払うところにだけだ。

何度も言ってるのに聞きやしねぇ。

「昔のよしみなんだからもっと色々していいだろ?」

アホ。

昔から俺はお前が嫌いだ。

てか、この契約は切ってもいいんだけど?

「……昔馴染みだからと融通していたのですが。それは“お断り”いただいたと判断してよろしいですね」

「はー?何言ってんの?」

ガキの頃からの仲だからいいじゃないかと図々しい。

無理やり肩を組まれて拳で小突かれて出っ張った腹が俺に当たるわ口が臭いわ、最悪。

「俺がずっと断ってたのに義父に取り入ったろ。昔馴染みだと出鱈目言って。いつ俺とお前が親しかったよ?もうこの限定品は卸させねえよ」

いい加減うんざりして口調が荒れた。

小声でボソッと脅す。

「おいおい、こっちは金を払ってんだ」

「なら金払いを良くしろよ。悪けりゃ切る。当たり前だろうが」

「金、金うるさいねぇ。友達甲斐がなさすぎるわ」

「大事な友達なら遠慮するところを弁えてるよ。図々しいだけのお前は違うね。小判鮫だ」

タカるだけのゴミ。

「たかが婿入りのくせに」

「権限あるんだよ」

俺関係で割り込みをした店舗はな。

出来るはずがないとたかをくくってるのを鼻で笑った。

「うちの取引がなくなったくらい屁でもねえよなぁ?」

一瞬で気色ばむ。

ほら見ろ。

大事な取引先と思うなら客らしくしろよ。

「……ラド、お前は、」

憎たらしいとギラギラの目にねめつけて恨み言を吐く。

肩に置かれた腕が強く絞まって鬱陶しいわ。

払いのけるつもりで手首を掴むけどすごい早さで胸ぐらを掴まれて投げるように突き飛ばされた。

「ぐっ!」

荷台に背中をぶつけて口から呻き声が漏れた。

ガキの頃なら取っ組み合いしたことがあるけどこの歳でないわ。

慣れない突然の暴力にビビって背中に当たった荷台にしがみつく。

頭も身体も硬直して動けなかった。

強くぶつかった背中はズキズキ痛むのに口はパクパクとするだけで言葉が出ないし、目がキョトキョトとさ迷った。

「あーあ、お前ってそういう奴だよなぁ。昔は王宮勤めの親父さん、今は金持ちの嫁。いっつも誰かの影に隠れて。てめえの手柄はなに一つないんだよ。出来のいい親父さんに似たのは身長だけか?あー、お前が低いか。頭も顔も誰に似たんだか。お前は親父さんと同じ道を辿れなくて、」

「目指したことねぇよ」

嘘だ。

一時期は俺もと思ってたけど推薦は貰えなかった。

親父からもディアナ姉さんからも、お袋からも。

「強がんな。仕方ないよ。お前は貰われっ子だから似るはずない。出来が悪いのも仕方ないんだ」

ふっと鼻で笑う声に怒りでざわっと総毛立つ。

「親父さんにもお袋さんにも似てない。よそもん」

ニヤニヤと俺の髪と目を指さす。

栗毛ときつね色の髪、青や灰色の瞳なのに。

家族の中で俺だけ赤がかかった濃いブラウン。

焦げ茶の瞳。

妹は家族にそっくりな明るい栗毛と灰色の瞳なのに。

俺だけ。

せめて体格や顔が似ればいいのに。

家族の柔らかい顔立ちには似なくて俺だけ男らしく厳つい。

本当に何も似てないんだ。

「それくらいしか言うことないくせに。恵まれてるからって妬むなよ」

「いちもく置ける奴なら納得するけどさ。てめえじゃぁねぇ?」

何かあんの?と言われて俺自身に胸を張れるものが咄嗟に言えなかった。

有能な親、金持ちの嫁。

俺は何がある?

不甲斐ない自分が悔しくなる。

よろけて掴んだ荷台の枠をきつく掴んで睨み返した。

「偉そうにしてたけど今は睨むだけか?」

「お前みたいに力に頼んないの。良い歳してガキの喧嘩」

看板しょってんだ。

こんな安い挑発に乗って今ここで暴れたら店に傷がつく。

今も昔も家族がいる。

相手してらんねぇ。

「契約は切る。取引したいなら窓口を通せよ。それだって蹴るけどな」

内心では決めていたんだ。

言うことは言った。

もう充分。

さっさとこの場から離れたくて引っかけていた馬の手綱を軒の柵から外した。

「ふざけんなよ!オラァ!」

「わ!」

あいつ、置いた積み荷のひとつを馬に投げつけやがった。

驚いて暴れた馬の前足に蹴られてひっくり返り積み荷をこぼしながら荷馬車が駆けていくのを呆然と見てた。

そして暴れ馬だと叫ぶ通行人の悲鳴が遠くにいくつも聞こえた。

蹴られた腕が熱く痛い。

痺れて動かない。

石畳に勢いよく倒れて庇いそびれた肩や頭も。

でも急がないと。

怪我人が。

最悪、死人が出る。

店に、嫁に、家族に迷惑かける。

それだけが頭を埋め尽くす。

自分じゃ素早く動いたつもりなのに立ち上がったらまともに歩けず何度も転んだ。

それでも必死に馬を止めてくれ、と何度も叫んだ。

後ろからはざまぁと笑うあいつの声が耳なりと一緒に響いて聞こえた。

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