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番外編※フォルクス

1※フォルクス

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“王妃は素晴らしい方です”

むわっと来る臭いに吐き気が込み上げる。

骨と皮にガリガリに痩せた体。

窪んだ虚ろな目。

きしんで油っぽくぺったりと張り付いたボサボサの長い髪。

裸で、掛布のないまま木板の寝台に寝かされ、涎と糞尿を垂らした年寄りのような女がそうぶつぶつと呟いていた。

「……なんだ、こいつ」

あまりのことに呆然となった。

一緒に入ったライオネルさんも呆然と目の前の横たわった女を眺め、それからゆっくりと周囲を見渡した。

「……薬を調合する部屋のようだが埃を被ってる。……長く使われていないらしい」

部屋には医師の持ち物にありそうな白い陶器の鉢と擦り棒がいくつも重なってる。

そして、薬棚の引き出しを開けて中身は空だと呟いた。

「……このババアがあの人の目当てですか?」

鼻を押さえてぶつぶつ気持ち悪く呟く汚れた年寄りを覗きこんだ。

薄暗く窓ガラスから微かに差し込む月明かりを頼りにやっと女だと判別できた。

言葉を話さなかったら野良犬か何かと間違えそうだ。

「……まだそんな年齢ではない」

「は?なに?」

「お前より若い娘のはず」

「これが?」

「やめろ。もういいから動け」

「うっす」

軽く返事をすると脇に抱えていた厚手のシーツを床に広げた。

女を起こそうと腕を触るとヌメヌメしていてぞわっとした。

しかも背中を起こさせるとベリベリと癒着した汚物が剥がれた。

いつからこんななのか背中一杯にべったり。

よく見りゃぁ、うごうごと蠢く虫も。

「……うえ、」

さすがにここまでひどいのは見たことない。

囚人だってもっとまともな扱いだ。

貧民街の捨てられた死体みたいだと思った。

「……くっせ。臭いをどうにかしないと無理ですよ」

これじゃあ宮殿の中を運べない。

臭すぎる。

「ルートを変える。別邸に運ぶのは予定通りだ」

「下水からですか?」

「ああ」

「……了解です」

地下には汚物やなんやらを流す下水の川がある。

そこを通るのかとうんざりした。

女をシーツにくるんでるのに頭のおかしなこいつは抵抗はなくぶつぶつと王妃、王妃と嬉しそうに繰り返して気持ち悪かった。

「念のために塞いどきます」

そう言って猿ぐつわを噛ませる。

手足の拘束もついでに。

途中、暴れたらという心配よりこの気持ち悪い戯れ言を聞きたくなかった。

急いで作業をしてる間にライオネルさんは家捜しをして何か探してる。

「出ますよ」

「待て。もう少し」

がさがさと片っ端から引き出しを開けて手を突っ込んでるのを見て、何を探してるんだと聞きたかったがこれ以上関わりたくないと顔をしかめた。

「早く」

急かすと見つけた端から中身を確認せずにポケットにねじ込み、あらかた調べ終わるとドアに耳を着けて外を確認してる。

「その女性は頼む。行くぞ」

「待ってたのは俺ですけど」

シーツに丸めた女を抱えて、さっさとドアを開けて出ていくライオネルさんを追いかける。

厚手の布でぐるぐるに巻いたの臭くて吐きそうだった。

時々えずいて堪えきれなかった。

ライオネルさんと交代しながら城外にあるリカルド王子の別邸を目指した。

予定のルートなら馬だったが急な変更で徒歩で向かうしかない。

あのくそばばぁと元凶の雪女を呪いながら悪臭に耐えた。

屋敷に着いて解放されると思ったのにライオネルさんから湯を沸かしてこいと急かされた。

沸かしたら沸かしたで今度はデカイ桶を運べ、湯をいれろ、水を足せとこき使われる。

「手伝え」

「マジっすか」

この頭のおかしなばあさんの湯あみも。

しかも最悪なことに湯につけると暴れて抵抗しやがった。

「もう少し水を足せ。おそらく熱い湯が傷に沁みるんだ」

「は?傷?」

なんのことかと思ったら。

糞尿の汚れで分からなかったが重なった汚れのせいで皮膚が爛れて溶けてる。

「……なる。こりゃ、ひでぇ」

背中や腰回りだけじゃなく関節も。

曲げさせるとぺりぺり、にちゃにちゃと嫌な音が聞こえた。

猿ぐつわと手足を縛ったままで良かった。

痛みでひーひー泣くし、俺達も汚れが移ってとんでもないことになってる。

時折大人しくなるのは失神してるんだろう。

それより驚いたのは汚れを落とすとシワのない白い肌が浮き出てきたことだ。

「マジで若い娘か」

思わずそうこぼした。

「新しい湯を持ってきてくれ」

「ういーっす」

洗ったけどまだ途中でかなり悪臭がするんだ。

この臭いから逃げられるなる何でも良かった。

台所で湯を鍋から汲んでると空が白んでることに気づいた。

「……だりぃ」

今日仕事あんのに。

王妃の不在中、離宮に忍び込んで使用人を連れ出すだけの予定だったのに。

女は好きだがこんな出逢いはごめんだ。

外が明るくなり何度めかの湯あみをするとドア越しに女の話し声が聞こえた。

ライオネルさんはすぐに浴室の扉を開けて招き入れた。

妙齢の美人。

男二人がかりでおこなう若い女の湯あみに眉をひそめていたが、女の状況に察してすぐに納得したようだった。

「仕事は?」

湯あみを代わるかと尋ねてライオネルさんは首を横に振った。

「力仕事ですから無理かと思います」

「……そうね」

女の様子を見て頷いた。

「俺はそろそろ仕事です」

いい加減王宮に行かなくては。

臭い消しに自分の湯あみもしないとならなかった。

「ディアナ、彼の身支度を頼みます」

湯あみは女が大人しいので一人で大丈夫そうだと付け足す。

痛みと疲れでぐったりしていた。

泥水のように濁っていた湯は何度も張り替えて白っぽい石鹸の色に染まってる。

「着替えと湯の支度を」

「湯はいいですよ。井戸で洗ってくるんで替えの服だけ頼めませんか?」

湯の支度をするが間に合うか尋ねられて必要ないと断る。

俺は水で平気だ。

「すぐに」

頷いた婦人の動きは早い。

手際がいい女で俺の支度だけでなく飯の支度も。

持ってきてくれた石鹸はハーブの香りが強くてあの刺激臭がかなり和らいだ。

「お宅、名前は?」

身綺麗になり、洗い終えた頭を拭きながら台所で飯を並べる背中を眺めて尋ねた。

よく見れば王宮でたまに見かけるリカルド王子の使用人だと気づいた。

「ディアナと申します」

「子飼い?」

「そう思ってくださって結構です」

「ふぅん」

会話の回転がいい。

ライオネルさんもそうだがこの人もか。

あの王子は人を集めるのが上手いと感心した。

王家のいざこざに首を突っ込みたくねぇと思いつつ結局俺もこうやって手伝わされてる。

下手すりゃ俺だってあの女みたいになると背筋に寒気が走った。

大概のことは負けない自信がある。

俺は頭がいい。

度胸もある。

だけどあの雪の女王だけはだめだ。

首筋にピリピリする恐怖が勝てないと報せる。

人を蹴落とすくらい俺だってするが、あの女は俺以上に冷酷で嘘つき。

何するか分からねぇ。

なんだって皆騙されてんだといつも思う。

王宮に戻る前にライオネルさんのところへ。

貧民街の地べたに転がってそうな見掛けだったが、今は身綺麗にされてひと目で若い娘と分かる。

棒切れみたいな娘はうつ伏せに寝かされてライオネルさんがじゅくじゅくに爛れた背中に手当てをしてやってるところだった。

「その娘は寝てんですか?」

覗き込むと意外と整った顔立ちをしていた。

美人じゃんと感心したけど骸骨みたいな見掛けにぞっとするし、昨日よりまともな女に見えて臭いだの婆さんだの小馬鹿にしたことに罪悪感が湧いて居心地が悪い。

「気絶だろう」

「……そっすね」

体を起こす時にぺりぺり剥げた汚物だらけの木板の寝台から今はふかふかの寝床だ。

汚れて虫の這っていた背中はましになった。

ライオネルさんが筆で軟膏の薬を塗るとぴくぴくと眉間にシワが寄る。

小さな呻き声もこぼれる。

痛むんだろう。

だが生きててよかったなと心から安堵した。


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