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69※ルーラ

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「私のことはそんなにわずわらしかったか」

「……いえ、そうなことはございませんでした。ただあの方と過ごすと穏やかでいられましたので」

好きだったと今ならはっきりと分かる。

愛情の混ざった熱い眼差しはいつも私を落ち着かなくさせた。

苦しくて嫌でたまらないくらい。

相応しくないとそればかりで辛かった。

「……幸せに」

「ありがとうございます」

憎しみと悲しみの混ざった瞳に睨まれて頭を下げた。

でも複雑な本心は笑みに現れて私の幸せを願うお気持ちも察した。

「ふぁ、ぁぁ」

「申し訳ありません。奥様のもとへお連れしなくては」

腕の中の小さな赤ちゃん。

うにゃうにゃと動いて欠伸をしていた。

「付き添う」

「はい」

リカルド王子と奥様の第一子。

お生まれになって2ヶ月の幼子。

御名はロシュフール様。

お子様を抱いて回廊を二人で静かに歩く。

すると向かいからお二人の殿方が見えてきた。

「リカルド王子」

まだお勤めのはずなのに。

「少し手が空いたから見に来た」

隣にはライオネル様。

「受けとる。ラインのところへ連れていくよ」

呼びにやるまで好きにしろとそれだけ仰ってロシュフール様を抱えて去っていく。

残ったのは私と近衛隊長とライオネル様。

「ルーラ、お呼びがあるまでお茶でも飲みますか?」

「はい」

「支度してきましょう」

「いえ、私もご一緒します」

一人で行こうとされるのを呼び止めると、ちらっと私と近衛隊長を見つめて会釈をした。

「ルーラを連れていかせていただきます」

「あなたの奥方とふたりっきりは望んでませんよ。彼女も望んでないでしょう」

「……悪しからず」

それだけの会話ですぐに視線をそらした近衛隊長は踵を返してしまった。

ライオネル様は近衛隊長が見えなくなるまで後ろ姿を眺め、私は居心地の悪さでそんなライオネル様の横顔を見つめていた。

「……よろしかったので?」

「……何がですか?」

「好いてたでしょうに」

何も言えずに黙ってしまう。

好きだった。

誠意のあるあの方のこと。

でも同じくらい苦しかった。

好きになればなるほど息苦しさばかりで苦痛だった。

「……夕日の方が好きです」

冴えた空気が胸に気持ちよかったのを思い出す。

それだけで今も縮こまっていた胸が開いて呼吸が楽になる。

「では今度の休みに」

「楽しみにしてます」

私達ふたりの行き慣れた丘の景色。

近衛隊長の想いに答えたいのと逃げ出したい気持ちで思い詰めて一時期は体調まで崩した。

バカよね、私は。

見かねたライオネル様が何度も夕日を見せてくれて、最後には安らぎなら与えられると提案をしてくれた。

自分となら歳が離れていて子供を作ることを考えなくて良いと。

回りには私の年齢を理由にすればいいからと。

“少し休憩のつもりで私のもとに来ますか?巣立ちたくなったいつでも構いません。宿り木になるのはもと妻で慣れてますよ”

偽りの恋人になることを話していたのに図々しくも私は結婚してくださいとお願いした。

結婚には戸惑っていたけどよっぽど切羽詰まっていたように見えたのね。

すんなりと受け入れてくれた。

リカルド王子とディアナ様に結婚のご報告したらお二人とも固まってた。

でも奥様は少し驚いた顔をされてすぐに笑顔で祝福してくださった。

ああ、そうそう。

ディアナ様とライオネル様のご関係。

お二人は義理の姉弟。

ディアナ様のお姉様がライオネル様のもと奥様。

ディアナ様ももと奥様と同じように幼い頃は2階から飛び降りて着地できるほど運動神経がよかったらしくて、怪我をしたライオネル様を担いでお医者様のところへ運んだとか。

ライオネル様との結婚に“義妹が出来たと喜んでいいのかしら?姉と離婚したから普通に従兄弟のお嫁さん?どっちでも嬉しいけど”と微笑みを浮かべながら首を捻っていた。

「そちらは頼んでいいですか?」

「はい、お持ちいたします」

二人で一緒にお茶の支度。

厨房に寄ると料理長が気を利かせてお菓子を持たせてくれた。

使用人用のホールだと落ち着かないからライオネル様のお部屋へと向かう。

「あ、こちらはアデライトちゃんにですか?」

「ええ、そろそろ勉強を始めるそうです」

テーブルに数冊の絵本と便箋。

本は高価で庶民には集められない。

こうやって自分達で書きうつして作るしかなかかった。

「私もお手伝いさせてください」

「良かったら隙間に絵を描いてもらえませんか」

「下手ですよ?」

「私よりましならお願いしたい」

ぺらっと見せた便箋には○の真ん中にちょんちょんと点が並んで△が2つ上に乗ってる。

「これは?」

「猫です」

「私が描きます」

「よろしくお願いします」

絵は苦手ですと困り顔。

それがなんだか微笑ましくて顔が緩んでしまう。

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