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「公爵家は今から大変だよ。婿の宛のないうちの娘を引き取るし、二年前の醜聞も後を引いている。君への冷淡な扱いで回りとの関係が上手くいっていない」
「そうなんですか?」
「君は大人しく礼儀正しい子だからね。我が儘な姉とうちの気性の荒い娘に挟まれて有名だった」
陛下は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべてる。
人前でブチキレたこともとうとうやったかと陛下を含めて回りは納得していると言われてしまった。
僕はよそからそう思われていたことが気恥ずかしい。
「それより困ったことに娘は今さらお前がいいと言ってる。よほどお前の存在が慰めだったのだろう」
元サヤに戻るかと聞かれて首を振った。
多少の同情はあるだけだ。
冗談じゃない。
聞く限りもとのままだし、一度たりとも好ましく思ったことはない。
婚約者と両親のことはいまだに思い出すだけでも軽蔑があふれるし、震えるほど怖い。
王妃のように僕を壊す気だったような気がして恐ろしかった。
「僕はただの平民です。それに末姫のお側で勤めるのが性に合っています」
「まことの末姫を貰うか?お前なら安心だから」
何を仰る。
「滅相もない」
「本気だよ。心配な娘がもうひとり片付く」
「ご期待には添えません」
「末姫が望んでも嫌か?あれは男として慕ってるようだ」
「は?え?」
男として僕を慕ってる?
全てが幼い末姫にそんな素振りは見たことない。
あの幼く可愛らしい末姫が?
兄として慕ってるの間違いでは?
あの方は全てが可愛らしい。
そして僕の傷を癒す大事な末姫。
僕なんかには勿体ない。
「悪くない感触だな。よし、あっちを焚き付けよう」
「ええっ?!」
「はは、娘を頼むぞ」
「どこをどう見て仰っているんですか?早合点はお止めくださいっ」
「そうだなぁ。その赤い顔かなぁ」
鏡を見てこいと言われてしまった。
でも鏡なんかいらなかった。
末姫のもとに行くと顔が熱くて手を繋いでとねだられても、いつもより手が汗ばんで繋げなかった。
「ラークが冷たぁい。もうすねたもんね」
侍女に抱きついていじけて見せて、侍女は俺の顔を見て笑っていた。
「あら、ラーク様ったらお顔が。ほほ、」
「おいおい、お前どうしたよ?はは、そんなに慌てて」
「ラークがどうしたの?どんな顔をしてるの?」
「な、何も言わないでください、お二人とも。お願いしますっ」
「いいですわよ?でも末姫の手を繋いであげてくださいませ」
「そうだよ、いつもしてあげてるのにいきなり素っ気なくしたらお姫さんが可哀想だ。ほら早くしろって」
諦めて手を繋いだ。
いつもと違って熱く汗ばんだ手はすぐに末姫に気づかれて風邪かと心配してくださる。
「ふふ、お二人でお繋ぎなさいませ」
「だ、だめですよ。いつものように間にはさんでください」
「たまにはいいんだよ。こっちは俺達で繋ぐから」
「え?」
「気づけよ、にぶちん。俺達のこと」
「へ?」
二人とも少し顔が赤い。
恥ずかしそう。
でも目の前で手を繋いで見せた。
「こういうこと」
「いつから?」
「結構前、お前が来る前から」
え、知らなかった。
「あ、またイチャイチャしてるでしょ?空気が甘ぁい」
「末姫様は本当に勘がよろしいわ。当たりです」
「ラブラブ、アツアツだぁ」
キャッキャッとはしゃいで僕に腕に寄りかかった。
いつものように、エスコートを求めて。
いつもの仕草なのにドキッとした。
陛下のお言葉のせいだ。
男として慕われているかも、と言われただけなのに。
「二人の邪魔しちゃダメだよ、行こう」
「でも護衛ですよ。侍女もお側にいないと、」
「馬に蹴られるよ?」
「それは比喩です」
「知ってるよ。頭固いなぁ。二人が幸せなんだからいいじゃない。少しくらい」
少し離れるだけと言って隣のティールームへ僕と末姫は待つことにした。
僕が陛下との謁見のあと、四人でお茶会をするつもりだったようで支度が終えてある。
末姫の前に僕が淹れたお茶を置く。
いつもは侍女が隣に座ってカップを支えて手伝うが、今は僕がする。
本を読んでとねだられてテーブルに置かれた本を開いた。
「珍しく恋愛ものですね」
「……変かなぁ?」
「いえ、意外だったもので」
いつもは冒険ものや外国の文化や旅行に関するものを好んでいた。
「たまにはいいかなぁって思って、私だってお、お年頃だし」
「え?」
「もう15だもん」
子供じゃないと顔を赤くしてふくれている。
「そうですね。もう成人の年齢ですから」
座学やダンスも見えないながらに努力されて普通の令嬢と変わらないレベルだ。
「たくさん努力されて立派なレディになられました」
そう答えて題名を読み上げた。
「ラーク、待って。お願いなんだけど、」
「はい、何でしょうか?」
ふわふわと手がさ迷って本を見つけるとそれを支える僕の手をきゅっと握った。
「末姫?ど、う」
なんだか末姫の雰囲気が甘い。
胸が締め付けられて、どうしましたと問いかけたいのに声が出せない。
「本当はもう読んでもらって中身は知ってるの。それでね、私、ラークの手を繋ぐとその本みたいな気持ちになるの。ドキドキして苦しくて、でも嬉しい。幸せになる。ラークにだけ。だから、どうしてか知りたいし、」
手が震えてる。
声も。
今にも泣きそう。
いや、泣いておられる。
目隠しの布に水のシミが広がっている。
「私だけなのか知りたい。ラークは、どんな気持ち?お願い、教えて」
「末姫、僕なんかに……」
勇気を出していらっしゃるとお顔を見るだけで分かる。
二年前の自分みたいだと思った。
嬉しい。
胸に喜びが広がる。
末姫はお優しく、いつもこうやって僕の気持ちを尋ねてくださる。
婚約者と家族から無視され続けた辛さは二年もたつのにまだ僕をえぐる。
それが日に日に和らぐのはこの方のおかげだ。
友人のように接してくれる護衛の彼も侍女もいる。
でもこの方のほんの少しの気遣いが最も僕を満たしてくれる。
あの時出した勇気。
今は剣ではなく末姫の小さな手を両手で包んだ。
「うわぁぁ。や、やっぱりドキドキするぅ」
僕もです、と言おうとしたのに。
先に末姫があわあわと叫んでいた。
やっぱりこの方は可愛らしい。
緊張感がほぐれて、この方に望まれたという喜びで全身が熱い。
目ににじんだ涙で末姫のお顔がよく見えなくなった。
女性らしく恥ずかしがる末姫のお顔をもっと見たいのに。
涙をぬぐいたいけど、この僕の掴んだ小さな手を離すなんて出来なかった。
~終~
「そうなんですか?」
「君は大人しく礼儀正しい子だからね。我が儘な姉とうちの気性の荒い娘に挟まれて有名だった」
陛下は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべてる。
人前でブチキレたこともとうとうやったかと陛下を含めて回りは納得していると言われてしまった。
僕はよそからそう思われていたことが気恥ずかしい。
「それより困ったことに娘は今さらお前がいいと言ってる。よほどお前の存在が慰めだったのだろう」
元サヤに戻るかと聞かれて首を振った。
多少の同情はあるだけだ。
冗談じゃない。
聞く限りもとのままだし、一度たりとも好ましく思ったことはない。
婚約者と両親のことはいまだに思い出すだけでも軽蔑があふれるし、震えるほど怖い。
王妃のように僕を壊す気だったような気がして恐ろしかった。
「僕はただの平民です。それに末姫のお側で勤めるのが性に合っています」
「まことの末姫を貰うか?お前なら安心だから」
何を仰る。
「滅相もない」
「本気だよ。心配な娘がもうひとり片付く」
「ご期待には添えません」
「末姫が望んでも嫌か?あれは男として慕ってるようだ」
「は?え?」
男として僕を慕ってる?
全てが幼い末姫にそんな素振りは見たことない。
あの幼く可愛らしい末姫が?
兄として慕ってるの間違いでは?
あの方は全てが可愛らしい。
そして僕の傷を癒す大事な末姫。
僕なんかには勿体ない。
「悪くない感触だな。よし、あっちを焚き付けよう」
「ええっ?!」
「はは、娘を頼むぞ」
「どこをどう見て仰っているんですか?早合点はお止めくださいっ」
「そうだなぁ。その赤い顔かなぁ」
鏡を見てこいと言われてしまった。
でも鏡なんかいらなかった。
末姫のもとに行くと顔が熱くて手を繋いでとねだられても、いつもより手が汗ばんで繋げなかった。
「ラークが冷たぁい。もうすねたもんね」
侍女に抱きついていじけて見せて、侍女は俺の顔を見て笑っていた。
「あら、ラーク様ったらお顔が。ほほ、」
「おいおい、お前どうしたよ?はは、そんなに慌てて」
「ラークがどうしたの?どんな顔をしてるの?」
「な、何も言わないでください、お二人とも。お願いしますっ」
「いいですわよ?でも末姫の手を繋いであげてくださいませ」
「そうだよ、いつもしてあげてるのにいきなり素っ気なくしたらお姫さんが可哀想だ。ほら早くしろって」
諦めて手を繋いだ。
いつもと違って熱く汗ばんだ手はすぐに末姫に気づかれて風邪かと心配してくださる。
「ふふ、お二人でお繋ぎなさいませ」
「だ、だめですよ。いつものように間にはさんでください」
「たまにはいいんだよ。こっちは俺達で繋ぐから」
「え?」
「気づけよ、にぶちん。俺達のこと」
「へ?」
二人とも少し顔が赤い。
恥ずかしそう。
でも目の前で手を繋いで見せた。
「こういうこと」
「いつから?」
「結構前、お前が来る前から」
え、知らなかった。
「あ、またイチャイチャしてるでしょ?空気が甘ぁい」
「末姫様は本当に勘がよろしいわ。当たりです」
「ラブラブ、アツアツだぁ」
キャッキャッとはしゃいで僕に腕に寄りかかった。
いつものように、エスコートを求めて。
いつもの仕草なのにドキッとした。
陛下のお言葉のせいだ。
男として慕われているかも、と言われただけなのに。
「二人の邪魔しちゃダメだよ、行こう」
「でも護衛ですよ。侍女もお側にいないと、」
「馬に蹴られるよ?」
「それは比喩です」
「知ってるよ。頭固いなぁ。二人が幸せなんだからいいじゃない。少しくらい」
少し離れるだけと言って隣のティールームへ僕と末姫は待つことにした。
僕が陛下との謁見のあと、四人でお茶会をするつもりだったようで支度が終えてある。
末姫の前に僕が淹れたお茶を置く。
いつもは侍女が隣に座ってカップを支えて手伝うが、今は僕がする。
本を読んでとねだられてテーブルに置かれた本を開いた。
「珍しく恋愛ものですね」
「……変かなぁ?」
「いえ、意外だったもので」
いつもは冒険ものや外国の文化や旅行に関するものを好んでいた。
「たまにはいいかなぁって思って、私だってお、お年頃だし」
「え?」
「もう15だもん」
子供じゃないと顔を赤くしてふくれている。
「そうですね。もう成人の年齢ですから」
座学やダンスも見えないながらに努力されて普通の令嬢と変わらないレベルだ。
「たくさん努力されて立派なレディになられました」
そう答えて題名を読み上げた。
「ラーク、待って。お願いなんだけど、」
「はい、何でしょうか?」
ふわふわと手がさ迷って本を見つけるとそれを支える僕の手をきゅっと握った。
「末姫?ど、う」
なんだか末姫の雰囲気が甘い。
胸が締め付けられて、どうしましたと問いかけたいのに声が出せない。
「本当はもう読んでもらって中身は知ってるの。それでね、私、ラークの手を繋ぐとその本みたいな気持ちになるの。ドキドキして苦しくて、でも嬉しい。幸せになる。ラークにだけ。だから、どうしてか知りたいし、」
手が震えてる。
声も。
今にも泣きそう。
いや、泣いておられる。
目隠しの布に水のシミが広がっている。
「私だけなのか知りたい。ラークは、どんな気持ち?お願い、教えて」
「末姫、僕なんかに……」
勇気を出していらっしゃるとお顔を見るだけで分かる。
二年前の自分みたいだと思った。
嬉しい。
胸に喜びが広がる。
末姫はお優しく、いつもこうやって僕の気持ちを尋ねてくださる。
婚約者と家族から無視され続けた辛さは二年もたつのにまだ僕をえぐる。
それが日に日に和らぐのはこの方のおかげだ。
友人のように接してくれる護衛の彼も侍女もいる。
でもこの方のほんの少しの気遣いが最も僕を満たしてくれる。
あの時出した勇気。
今は剣ではなく末姫の小さな手を両手で包んだ。
「うわぁぁ。や、やっぱりドキドキするぅ」
僕もです、と言おうとしたのに。
先に末姫があわあわと叫んでいた。
やっぱりこの方は可愛らしい。
緊張感がほぐれて、この方に望まれたという喜びで全身が熱い。
目ににじんだ涙で末姫のお顔がよく見えなくなった。
女性らしく恥ずかしがる末姫のお顔をもっと見たいのに。
涙をぬぐいたいけど、この僕の掴んだ小さな手を離すなんて出来なかった。
~終~
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