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第三章※その後
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あいつ、俺が家にいなかったらどうするんだろう。
予想がつかない。
街を探し回るのかしれっと放ったらかしにするのか。
どっちだろう。
「久しぶりですね、一緒の部屋で寝るの。」
ニコニコと無邪気にマックスは喜んでる。
「ああ、あれ以来だな。」
懐かしいからとまた同じ仮眠室に二人で過ごす。
こいつとは気楽に腰ばきひとつで眠れるので嬉しい。
マックスも同様に腰ばきひとつで過ごしてる。
「それで、ビスと喧嘩してるんですか?」
マックスが向かいのベッドに寝転がって尋ねてきた。
「…喧嘩。」
喧嘩、ではない。
「…そうじゃないんだがな。…あいつとは喧嘩にならん。」
勝てん。
「ああ、ビスの技は変わってますよね。ドルとパウエルも勝てないって言ってましたよ。」
「そうなのか?」
「素手ごろならなんとか勝てるそうですけど。俺は組手の相手さえしてくれません。まだダメだそうです。」
暗がりでむうっとふくれた顔が見える。
「なぜだ?」
「道具なしの簡単な肉弾戦でも骨を折る自信があるそうです。勢い余って怪我をさせたくないと言われました。」
「へえ。」
ムッとする。
あいつ、俺には容赦ないくせに。
マックスには甘いようだ。
「悔しいからなんとかやり合いたいんですけどね。ムスタファはビスとやったことありますか?」
「…殺されるかと思った。」
いろんな意味で。
「そうなんですか?勝てるかと思った。」
「素手ごろで1度引き分けただけだ。道具を使われたら手も足も出ない。」
好き勝手にされる。
「あいつの組手は見たことあるんだろ?」
「はい。手足が長いから間合いをあっという間に詰めるんですよね。捕まれて引き倒されるか長い拳にやられるか。ドル達は抱き込んで寝技に持ち込んでました。単純な力の勝負なら勝てるから。」
「なるほど。」
あの時、俺は投げ飛ばして体の距離があった。
足蹴りを二発食らって腕の関節をとられた。
マックスにも話すとふんふんと熱心に聞いている。
「重さで潰すのが正解だったな。」
「そのようですね。」
「あいつの長い手足は武器だが、近ければ意味はない。そこに漬け込めればいいが。」
「勝ち筋が見えましたね。」
「道具を使われたら勝てん。あいつのロープや長い布を使った技は見たことあるか?」
「布を?」
腕や足を布切れで簡単に取られた話をすると思い当たったようだ。
「…あ、ああ。それなら。ビスは俺の組手の練習はその技を使います。拳を入れても蹴りを入れても、ピンと張ったタオルに防がれるんですよ。しかもそのまま巻かれて地面に転がされるんです。」
「それだ。」
「ドル達は力業で奪ってましたね。俺も奪おうとしたら先に関節を逆にねじられて終わりです。」
「俺もだ。」
しかも長さが違う。
一昨日は長い布を引いても手応えがなくどうやったのか分からんが、一瞬のうちに体に巻き付けられて自由を奪われた。
「ん?ムスタファ、ちょっと静かに。…やはり音がします。…ビス、ですかね?」
マックスはさっと立ち上がってドアの後ろへ。
「あ?」
きぃ、と廊下から扉の開閉の音がした。
俺もベッドから降りてマックスの反対側に立ち、ドアの横の壁に張り付く。
「…なぜビスだと思う?」
声を潜めて尋ねた。
「足音がしません。」
「ああ、なるほど。」
不思議な程あいつは足音をたてない。
ドル達は先日、出立していて街にはいない。
この棟にいるのは俺達と片手ほどの患者達。
それも歩けない者ばかりだ。
ガチャンとこの部屋のドアのぶが回り扉が開いた。
すっと中に足が一歩入ってきたがそこで止まった。
「…ムスタファ、心配したんだけど?マックスもいるんでしょ。」
ビスの声にドアの後ろからひょこっとマックスが顔を出した。
「すごいですね。何でわかったんですか?」
「ドアが途中で止まったから、後ろにいるのはわかった。ムスタファは香辛料を控えた方がいいよ。すぐわかる。」
「マジかよ。」
くんくんと腕や肩を匂うとマックスも寄って匂ってきた。
「臭いのか?俺。」
「くんくん、…いえ、全然。…匂い、ありますかね?」
二人で置いていた服を掴んで鼻を埋めて匂うが分からなかった。
腕を組んで立つビスを疑わしげに見つめる。
「かなり鼻がいいから。子供の頃、毒のかぎわけを習った。」
「毒と同じ扱いかよ。」
「へえ、知らなかった。そう言えば、薬のかきわけも得意でしたね。」
粉にした薬を舐めずとも匂いでかきわけられるそうだ。
「あと、ベッド。しわでぐしゃぐしゃ。部屋に人がいるのは見てわかった。」
「「なるほど。」」
二人で感心していると逆にブスくれたビスの声。
「で、なんで家にいなかったの?探したんだけど?」
仁王立ちに睨まれているが、俺のせいじゃない。
「ああ、それならお嬢様ですよ。また怒らせましたね。」
マックスが淡々と告げた。
「え!なんで!?」
「ムスタファをいじめたと大変お怒りでした。組手か何かをして怪我させたんでしょう?」
「はぁぁ!?」
驚いてこっちを振り向いたが笑ってしまう。
「ビス、俺は何も言ってないぞ。着せ替えごっこにお付き合いした時に腕のアザをご覧になってそう思われたんだ。」
「ええええ!?うそぉ!うわぁ!!ヤバい!」
「お前が慌ててんの初めて見たわ。おもしれぇ。」
にやにやが止まらん。
良く見ると髪が乱れていた。
額には汗をかいて乾いた跡もある。
「うるさい、ムスタファ!せっかく代わってあげたのに!」
「はは!俺に言うな。本当に俺は何も言ってないからな。」
「お嬢様が仕事の邪魔なるような喧嘩したら許さないとのことです。明日、謝りに行った方がいいですよ。」
「なんで!ムスタファを寝込ませたから、責任とってちゃんと僕が代わったじゃん?!」
「いや、ダメでしょ?お嬢様ならなんでそんな仕事を出来ない状態にしたんだとお怒りになりますよ?こういうの何度目ですか?新人もしごきすぎて沢山逃がしたでしょ?」
確かに。
こいつが手加減すりゃいいだけの話なのに、底無しに責め上げるから仕事を休む羽目になったんだ。
「おい、お前がマックスとまともに組手をしないのは怪我させるからか?」
「当たり前でしょ!仕事を休ませるような怪我をさせたらまたお嬢様に怒られる!」
「お嬢様に嫌われるのは嫌か?」
「嫌だよ!お嬢様以外に仕えるなんて!旦那様でも絶対嫌だ!ああもう!」
「ビスも主人愛が濃いですからね。」
面白くて大笑いした。
あのドル達と張り合うくらい強くて、ゴツい男の俺なんかに発情する縛り癖のひどい特殊性癖。
それに俺に負けないくらいお嬢様が大事で。
俺のことはこんな夜更けに汗かいて探し回るくらいには気にかけて、マックスよりは俺とやり合う気になるらしい。
こいつは手加減知らずの戦闘狂。
しかもど変態。
何もかも無茶苦茶だ。
「あっははは!」
「もー、笑ってないでよ!こっちは困ってるのに!」
「身から出た錆でしょ?もう、今日は隣で休んだらどうですか?明日はお嬢様の謝罪で忙しいですよ。」
「あー、もう。」
渋々と隣へ行く後ろ姿がカッコ悪くて余計笑える。
「あいつ、面白いな。」
「そうなんですよ。かなり偏ってますからね。」
目尻の涙をぬぐいながらマックスに言うと、またその言い方がおかしくて笑ってしまう。
やっぱり嫌いじゃないや、あいつのこと。
これからどういう関係を築けるかわからんが、そこまで悪くないように思えた。
~終~
予想がつかない。
街を探し回るのかしれっと放ったらかしにするのか。
どっちだろう。
「久しぶりですね、一緒の部屋で寝るの。」
ニコニコと無邪気にマックスは喜んでる。
「ああ、あれ以来だな。」
懐かしいからとまた同じ仮眠室に二人で過ごす。
こいつとは気楽に腰ばきひとつで眠れるので嬉しい。
マックスも同様に腰ばきひとつで過ごしてる。
「それで、ビスと喧嘩してるんですか?」
マックスが向かいのベッドに寝転がって尋ねてきた。
「…喧嘩。」
喧嘩、ではない。
「…そうじゃないんだがな。…あいつとは喧嘩にならん。」
勝てん。
「ああ、ビスの技は変わってますよね。ドルとパウエルも勝てないって言ってましたよ。」
「そうなのか?」
「素手ごろならなんとか勝てるそうですけど。俺は組手の相手さえしてくれません。まだダメだそうです。」
暗がりでむうっとふくれた顔が見える。
「なぜだ?」
「道具なしの簡単な肉弾戦でも骨を折る自信があるそうです。勢い余って怪我をさせたくないと言われました。」
「へえ。」
ムッとする。
あいつ、俺には容赦ないくせに。
マックスには甘いようだ。
「悔しいからなんとかやり合いたいんですけどね。ムスタファはビスとやったことありますか?」
「…殺されるかと思った。」
いろんな意味で。
「そうなんですか?勝てるかと思った。」
「素手ごろで1度引き分けただけだ。道具を使われたら手も足も出ない。」
好き勝手にされる。
「あいつの組手は見たことあるんだろ?」
「はい。手足が長いから間合いをあっという間に詰めるんですよね。捕まれて引き倒されるか長い拳にやられるか。ドル達は抱き込んで寝技に持ち込んでました。単純な力の勝負なら勝てるから。」
「なるほど。」
あの時、俺は投げ飛ばして体の距離があった。
足蹴りを二発食らって腕の関節をとられた。
マックスにも話すとふんふんと熱心に聞いている。
「重さで潰すのが正解だったな。」
「そのようですね。」
「あいつの長い手足は武器だが、近ければ意味はない。そこに漬け込めればいいが。」
「勝ち筋が見えましたね。」
「道具を使われたら勝てん。あいつのロープや長い布を使った技は見たことあるか?」
「布を?」
腕や足を布切れで簡単に取られた話をすると思い当たったようだ。
「…あ、ああ。それなら。ビスは俺の組手の練習はその技を使います。拳を入れても蹴りを入れても、ピンと張ったタオルに防がれるんですよ。しかもそのまま巻かれて地面に転がされるんです。」
「それだ。」
「ドル達は力業で奪ってましたね。俺も奪おうとしたら先に関節を逆にねじられて終わりです。」
「俺もだ。」
しかも長さが違う。
一昨日は長い布を引いても手応えがなくどうやったのか分からんが、一瞬のうちに体に巻き付けられて自由を奪われた。
「ん?ムスタファ、ちょっと静かに。…やはり音がします。…ビス、ですかね?」
マックスはさっと立ち上がってドアの後ろへ。
「あ?」
きぃ、と廊下から扉の開閉の音がした。
俺もベッドから降りてマックスの反対側に立ち、ドアの横の壁に張り付く。
「…なぜビスだと思う?」
声を潜めて尋ねた。
「足音がしません。」
「ああ、なるほど。」
不思議な程あいつは足音をたてない。
ドル達は先日、出立していて街にはいない。
この棟にいるのは俺達と片手ほどの患者達。
それも歩けない者ばかりだ。
ガチャンとこの部屋のドアのぶが回り扉が開いた。
すっと中に足が一歩入ってきたがそこで止まった。
「…ムスタファ、心配したんだけど?マックスもいるんでしょ。」
ビスの声にドアの後ろからひょこっとマックスが顔を出した。
「すごいですね。何でわかったんですか?」
「ドアが途中で止まったから、後ろにいるのはわかった。ムスタファは香辛料を控えた方がいいよ。すぐわかる。」
「マジかよ。」
くんくんと腕や肩を匂うとマックスも寄って匂ってきた。
「臭いのか?俺。」
「くんくん、…いえ、全然。…匂い、ありますかね?」
二人で置いていた服を掴んで鼻を埋めて匂うが分からなかった。
腕を組んで立つビスを疑わしげに見つめる。
「かなり鼻がいいから。子供の頃、毒のかぎわけを習った。」
「毒と同じ扱いかよ。」
「へえ、知らなかった。そう言えば、薬のかきわけも得意でしたね。」
粉にした薬を舐めずとも匂いでかきわけられるそうだ。
「あと、ベッド。しわでぐしゃぐしゃ。部屋に人がいるのは見てわかった。」
「「なるほど。」」
二人で感心していると逆にブスくれたビスの声。
「で、なんで家にいなかったの?探したんだけど?」
仁王立ちに睨まれているが、俺のせいじゃない。
「ああ、それならお嬢様ですよ。また怒らせましたね。」
マックスが淡々と告げた。
「え!なんで!?」
「ムスタファをいじめたと大変お怒りでした。組手か何かをして怪我させたんでしょう?」
「はぁぁ!?」
驚いてこっちを振り向いたが笑ってしまう。
「ビス、俺は何も言ってないぞ。着せ替えごっこにお付き合いした時に腕のアザをご覧になってそう思われたんだ。」
「ええええ!?うそぉ!うわぁ!!ヤバい!」
「お前が慌ててんの初めて見たわ。おもしれぇ。」
にやにやが止まらん。
良く見ると髪が乱れていた。
額には汗をかいて乾いた跡もある。
「うるさい、ムスタファ!せっかく代わってあげたのに!」
「はは!俺に言うな。本当に俺は何も言ってないからな。」
「お嬢様が仕事の邪魔なるような喧嘩したら許さないとのことです。明日、謝りに行った方がいいですよ。」
「なんで!ムスタファを寝込ませたから、責任とってちゃんと僕が代わったじゃん?!」
「いや、ダメでしょ?お嬢様ならなんでそんな仕事を出来ない状態にしたんだとお怒りになりますよ?こういうの何度目ですか?新人もしごきすぎて沢山逃がしたでしょ?」
確かに。
こいつが手加減すりゃいいだけの話なのに、底無しに責め上げるから仕事を休む羽目になったんだ。
「おい、お前がマックスとまともに組手をしないのは怪我させるからか?」
「当たり前でしょ!仕事を休ませるような怪我をさせたらまたお嬢様に怒られる!」
「お嬢様に嫌われるのは嫌か?」
「嫌だよ!お嬢様以外に仕えるなんて!旦那様でも絶対嫌だ!ああもう!」
「ビスも主人愛が濃いですからね。」
面白くて大笑いした。
あのドル達と張り合うくらい強くて、ゴツい男の俺なんかに発情する縛り癖のひどい特殊性癖。
それに俺に負けないくらいお嬢様が大事で。
俺のことはこんな夜更けに汗かいて探し回るくらいには気にかけて、マックスよりは俺とやり合う気になるらしい。
こいつは手加減知らずの戦闘狂。
しかもど変態。
何もかも無茶苦茶だ。
「あっははは!」
「もー、笑ってないでよ!こっちは困ってるのに!」
「身から出た錆でしょ?もう、今日は隣で休んだらどうですか?明日はお嬢様の謝罪で忙しいですよ。」
「あー、もう。」
渋々と隣へ行く後ろ姿がカッコ悪くて余計笑える。
「あいつ、面白いな。」
「そうなんですよ。かなり偏ってますからね。」
目尻の涙をぬぐいながらマックスに言うと、またその言い方がおかしくて笑ってしまう。
やっぱり嫌いじゃないや、あいつのこと。
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