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第三章※その後
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夜になる前にお嬢様に渡された地図の場所へ向かう。
先代となられた先生の生家。
今は空き家で誰か住まわせるつもりだそうで、気に入れば俺が住んでいいそうだ。
普段は近所の者を雇って部屋の手入れをしているらしくすぐ寝泊まりできるように支度をしてあるとか。
「俺でいいんですか?ドルやパウエルは?」
「いいのよ、二人とも見習いが二人ずつついてるから、訓練を兼ねてここで過ごすの。救護の人材として当てにしてるし。」
マックスは先代の当直室をそのまま与えて、ビスは部屋を別に借りていると説明された。
荷物置き場に置かれた荷物は、その生家から運ばれた物らしい。
「見るなら持って行っていいよ。貸し出しに名前を書いてくれたらいいから。」
「ありがとうございます。」
医学書はかなり高価だ。
高い、というだけではなく貴族の伝がなければ手に入らない。
王都の図書にも引けを取らぬ蔵書の量だ。
「…女性の病気についてのものが多いですね。」
背表紙を眺めてふと声が漏れた。
「お父様がお母様の為に集めたんだよ。それをじいじが研究した。」
後ろにいたお嬢様へ顔を向けた。
腕を組んで体を壁に寄りかからせてこちらを見ていた。
「今はドル達も研究してる。…ムスタファも引き継いでくれる?」
「もちろんです。」
お嬢様が、つい、と本棚に指を向けた。
「それ、いくつかある細い赤い背表紙。ばあばの手記。…ネバがまとめたものだよ。見といて。お母様のことだから。」
「ネバさんが?」
「死ぬ前にお母様の世話をしてた。じいじと一緒に。」
「そうでしたか。」
名の残らない医師。
心に彼女に対しての敬意が沸くのを感じた。
「…私を無理に、産まなきゃ生きてたのかなって思う。たまにね。」
寂しそうなお顔に何か言葉をかけようと口を開くと、はっと私を見て手をパタパタと振って止められた。
「ああ!もう、違うから!慰めはやめてね?聞きあきてる。私はね、どうすればお母様を生かせたのか知りたいだけ。」
「治療法、ですね。」
「そう、それ。死んだものは生き返らない。仕方のないこと。でもどうすればよかったのか探したい。」
幼かったお嬢様。
大人になられた今のお嬢様はそれだけではない。
悲しさなのか怒りなのか、複雑な表情に離れて過ごした合間に何か起きたのか知るよしもない。
「マックス達もそれぞれ手記を綴ってる。お互いに貸し借りしてるから。」
部屋の隅の木箱を開けて中身を取り出して、私へと。
「ムスタファも書くならここのノートを使って。たくさん用意した。」
木箱一杯のノート。
以前、ドルに借りた手記と同じものだ。
「…ひとつ、お尋ねしても?」
どうにも納得出来ない。
「何?」
「なぜ今なのでしょうか?」
「え?あ、話すタイミングのこと?」
「はい。なぜ俺が着いた時ではなく今なのかと。何か試された気がします。」
来てすぐに伝えてもらえなかったことに面白くないと思った。
「ああ、そんなの。最近考え付いたことだもん。」
「あ?」
「ドル達が自主的にそういうことしてて私も興味出たの。でも医者でもないし自分からは動けないから物は揃えてあげようって気になったんだ。」
「なるほど。」
「ふふ、今、拗ねたでしょ?」
「…いいえ。」
結局あのあと散々からかわれた。
わざわざマックスにも話していて。
マックスはニコニコ笑って、そうですかと答えただけだった。
着いた部屋の窓を開けながら、その事を思い出すと俺もしょうもないことに突っ掛かったと恥ずかしくなった。
お嬢様は俺を皆と変わらず大事にしてくださってるのに。
“ムスタファも、私の家族”
最後に俺の頬に柔らかな口付けを与えてくださった。
手の甲を当てて主人のことを思い出した。
結局、この家は気に入って住み続けることにした。
仮眠室を増やしてもいいと仰っていたが、手間だろうし年に数回しか寝泊まりしないのにわざわざ増やすのも気が引けた。
正直、家賃はいらんと仰っていたのが一番の決め手だった。
部屋を触られるのは嫌いだから、近所に頼むのは室内の清掃は断って庭の手入れと帰った時の洗濯のみだ。
お嬢様は彼らの収入が減るのは困るだろうからと小まめに用立てるように言われた。
それならと家族が成人の時に仕立ててくれた民族衣装を引き取って修繕や洗濯を頼んだ。
親戚が多国籍なのでそれぞれの国の衣類を俺にくれるのだが、幼いうちにドル達の侍従をし、軍にいる間もずっと家族に預けて袖も通さず放ったままなので気にしていた。
まさか屋敷の荷物置き場に箱詰めで置かれているとは思わなかった。
なぜと尋ねるとお嬢様は俺の家族がここへ寄る度に置いていくと笑っていた。
「最近、ムスタファの巡回中に来たから思い出した。すっかり忘れてた。古いのはムスタファが従軍してる時に叔父を名乗る人が置いていった。確か、あの時も腐るものじゃなければ預かると言ったんだよね。」
「この量をですか?それで、どの叔父でしょうか?」
俺一人で抱えられる量ではない。
大きいものから小さいものまで幾つも並んでいた。
「誰だろ?ムスタファのお父さんとお兄さんしか分かんない。叔父さんって何人いるのよ?一人ずつ置いていくんだよ。」
いち、に、さん、と指を数えたが、両手で足らない。
「母方に10人と父方に15人です。覚えているだけで。」
「何でそんなにいるの?」
「妻を3人持てるので。」
「あ、そっか。遠いところはそういう国があったね。ハーレムだっけ?」
「ハーレムは王だけですよ。一夫多妻も全員が出来るわけではありません。叔父達はそれぞれ独立して行商人かキャラバンを組んでます。どの叔父でしょうかねぇ。」
どの箱を開けても成人の服だ。
時折、乗馬服や普段着が入ってる。
「ふぅん。それにしてもこんなに沢山の衣装だとは思わなかった。それならクローゼットに入れといたのに。…シワもできてるし虫食いも。申し訳ないことしたなぁ。」
そう言って修繕費も出してくれることになった。
遠慮するとその分、働けと笑われた。
「ねえ、この生地やデザインをうちの領地で作れないかな?売れる気がするんだけど。ムスタファの家族を針子として雇えない?働きたい人はいない?詳しい人は?ねえ、ムスタファ、」
商魂も逞しくなられたようで思わず笑った。
先代となられた先生の生家。
今は空き家で誰か住まわせるつもりだそうで、気に入れば俺が住んでいいそうだ。
普段は近所の者を雇って部屋の手入れをしているらしくすぐ寝泊まりできるように支度をしてあるとか。
「俺でいいんですか?ドルやパウエルは?」
「いいのよ、二人とも見習いが二人ずつついてるから、訓練を兼ねてここで過ごすの。救護の人材として当てにしてるし。」
マックスは先代の当直室をそのまま与えて、ビスは部屋を別に借りていると説明された。
荷物置き場に置かれた荷物は、その生家から運ばれた物らしい。
「見るなら持って行っていいよ。貸し出しに名前を書いてくれたらいいから。」
「ありがとうございます。」
医学書はかなり高価だ。
高い、というだけではなく貴族の伝がなければ手に入らない。
王都の図書にも引けを取らぬ蔵書の量だ。
「…女性の病気についてのものが多いですね。」
背表紙を眺めてふと声が漏れた。
「お父様がお母様の為に集めたんだよ。それをじいじが研究した。」
後ろにいたお嬢様へ顔を向けた。
腕を組んで体を壁に寄りかからせてこちらを見ていた。
「今はドル達も研究してる。…ムスタファも引き継いでくれる?」
「もちろんです。」
お嬢様が、つい、と本棚に指を向けた。
「それ、いくつかある細い赤い背表紙。ばあばの手記。…ネバがまとめたものだよ。見といて。お母様のことだから。」
「ネバさんが?」
「死ぬ前にお母様の世話をしてた。じいじと一緒に。」
「そうでしたか。」
名の残らない医師。
心に彼女に対しての敬意が沸くのを感じた。
「…私を無理に、産まなきゃ生きてたのかなって思う。たまにね。」
寂しそうなお顔に何か言葉をかけようと口を開くと、はっと私を見て手をパタパタと振って止められた。
「ああ!もう、違うから!慰めはやめてね?聞きあきてる。私はね、どうすればお母様を生かせたのか知りたいだけ。」
「治療法、ですね。」
「そう、それ。死んだものは生き返らない。仕方のないこと。でもどうすればよかったのか探したい。」
幼かったお嬢様。
大人になられた今のお嬢様はそれだけではない。
悲しさなのか怒りなのか、複雑な表情に離れて過ごした合間に何か起きたのか知るよしもない。
「マックス達もそれぞれ手記を綴ってる。お互いに貸し借りしてるから。」
部屋の隅の木箱を開けて中身を取り出して、私へと。
「ムスタファも書くならここのノートを使って。たくさん用意した。」
木箱一杯のノート。
以前、ドルに借りた手記と同じものだ。
「…ひとつ、お尋ねしても?」
どうにも納得出来ない。
「何?」
「なぜ今なのでしょうか?」
「え?あ、話すタイミングのこと?」
「はい。なぜ俺が着いた時ではなく今なのかと。何か試された気がします。」
来てすぐに伝えてもらえなかったことに面白くないと思った。
「ああ、そんなの。最近考え付いたことだもん。」
「あ?」
「ドル達が自主的にそういうことしてて私も興味出たの。でも医者でもないし自分からは動けないから物は揃えてあげようって気になったんだ。」
「なるほど。」
「ふふ、今、拗ねたでしょ?」
「…いいえ。」
結局あのあと散々からかわれた。
わざわざマックスにも話していて。
マックスはニコニコ笑って、そうですかと答えただけだった。
着いた部屋の窓を開けながら、その事を思い出すと俺もしょうもないことに突っ掛かったと恥ずかしくなった。
お嬢様は俺を皆と変わらず大事にしてくださってるのに。
“ムスタファも、私の家族”
最後に俺の頬に柔らかな口付けを与えてくださった。
手の甲を当てて主人のことを思い出した。
結局、この家は気に入って住み続けることにした。
仮眠室を増やしてもいいと仰っていたが、手間だろうし年に数回しか寝泊まりしないのにわざわざ増やすのも気が引けた。
正直、家賃はいらんと仰っていたのが一番の決め手だった。
部屋を触られるのは嫌いだから、近所に頼むのは室内の清掃は断って庭の手入れと帰った時の洗濯のみだ。
お嬢様は彼らの収入が減るのは困るだろうからと小まめに用立てるように言われた。
それならと家族が成人の時に仕立ててくれた民族衣装を引き取って修繕や洗濯を頼んだ。
親戚が多国籍なのでそれぞれの国の衣類を俺にくれるのだが、幼いうちにドル達の侍従をし、軍にいる間もずっと家族に預けて袖も通さず放ったままなので気にしていた。
まさか屋敷の荷物置き場に箱詰めで置かれているとは思わなかった。
なぜと尋ねるとお嬢様は俺の家族がここへ寄る度に置いていくと笑っていた。
「最近、ムスタファの巡回中に来たから思い出した。すっかり忘れてた。古いのはムスタファが従軍してる時に叔父を名乗る人が置いていった。確か、あの時も腐るものじゃなければ預かると言ったんだよね。」
「この量をですか?それで、どの叔父でしょうか?」
俺一人で抱えられる量ではない。
大きいものから小さいものまで幾つも並んでいた。
「誰だろ?ムスタファのお父さんとお兄さんしか分かんない。叔父さんって何人いるのよ?一人ずつ置いていくんだよ。」
いち、に、さん、と指を数えたが、両手で足らない。
「母方に10人と父方に15人です。覚えているだけで。」
「何でそんなにいるの?」
「妻を3人持てるので。」
「あ、そっか。遠いところはそういう国があったね。ハーレムだっけ?」
「ハーレムは王だけですよ。一夫多妻も全員が出来るわけではありません。叔父達はそれぞれ独立して行商人かキャラバンを組んでます。どの叔父でしょうかねぇ。」
どの箱を開けても成人の服だ。
時折、乗馬服や普段着が入ってる。
「ふぅん。それにしてもこんなに沢山の衣装だとは思わなかった。それならクローゼットに入れといたのに。…シワもできてるし虫食いも。申し訳ないことしたなぁ。」
そう言って修繕費も出してくれることになった。
遠慮するとその分、働けと笑われた。
「ねえ、この生地やデザインをうちの領地で作れないかな?売れる気がするんだけど。ムスタファの家族を針子として雇えない?働きたい人はいない?詳しい人は?ねえ、ムスタファ、」
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