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第三章※その後

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ケツが緩い。

違和感半端ねぇ。

それをわかってるんだろう。

ビスが甲斐甲斐しい。

それが余計に腹立つ。

旅支度を終えて薬箱を背負う。

街を出ると言えば方向が一緒だからと付き添うと言い出した。

「いい。来るな。」

「その体で?」

「…うるさい。お前のせいだ。」

悔しさから唸るように答えた。

「来週は定例会だ。次の街に進まずここから館に戻るんでしょ?」

方向が一緒だからと言い張る。

「いいから放っとけ。」

そう言うのにこいつも薬箱を背負ってついてくる。

街を出るまえに役所に向かい、お嬢様に予定と報告書を出してからだ。 

役所から好意で馬を借りた。

馬の所有はお嬢様だ。

連絡や移動にとそれぞれの街に買い与えている。

俺達が使うことも考慮されていた。

「お尻、大丈夫?」

「黙れ。」

人前でいらんことを言うな。

こそっと所長が痔ですか、と聞いてきてまたムカついた。

こいつのせいだが、言えなくてむしゃくしゃする。

馬に乗るのさえ手を出そうとするのを睨んでやめさせた。

「意地っ張りだなぁ。」

「うるさい。」

歩いて4日ほどの道程を馬で進めば、途中の街に一泊して2日ほどで着く。

イルザンのいる2番目に大きな街へ寄った。

一泊するだけなのでわざわざ会うつもりはなかったが、街の関所にいたのでお互いに声をかけた。

久しぶりに会うと警備の副団長に任命されていた。

「出世したな。」

「二人のおかげだよ。それに、ここは身分差がないね。やり易いよ。」

「お前の能力だ。俺達じゃない。」

貴族の集まりとなる王都の軍と違い、領地の警備には平民出が主だ。

イルザンは皆と同等の庶民出であっても、軍出身。

しかも二度も兵役の経験者。

それだけで普通より箔がつく。

「久しぶり。」

「お久しぶりです、ビス。相変わらずのようですね。」

「まあね。」

「ちょっ、何もしてないんだからやめてくださいよっ。」

ばっとビスから距離を取って逃げた。

「ちょっと機嫌悪くてね。」

カチカチと爪で指輪を弾く音が聞こえる。

「ムスタファ、ビスと喧嘩したのか?」

手続きの合間にこっそりと耳打ちをしてきた。

「別に。…お前、夜はヒマか?」

「は?」

「飲みたい。付き合え。」

「え?マジ?ビスも3人で?」

「何であいつまで誘う。」

あのザルと飲んだらまた前回の二の舞だ。

「え?マジかよ?え、どうしよう。」

「忙しいなら良い。一人でも構わない。」

何でも良いからビスから離れたかった。

どうせこいつのことだ。

宿までついてくる。

「ビスに八つ裂きにされないならいいけど。」

「あ?なんであいつが?」

「…お前も相変わらずかよ。」

「知らん。」

執着されて好き勝手されてるだけだ。

自分から望んだんじゃない。
  
「飲みには付き合うよ。夕暮れ前にここへ迎え来てくれ。」

「わかった。」

歩き出すとピリッとケツにひりつく痛みが走って動きが止まった。

「どうした?」

「…いや、ムカついてるだけだ。」

「顔こわ…。何をそんなに怒ってるか知らないけど八つ当たりはしないでくれよ。」

黙って手を振った。

馬を役所の厩舎に預けて家に向かう。

ここでヤられたのを思い出して面白くない。

ビスが話しかけていたが、無視して部屋にこもる。

ドアのぶには椅子を立て掛けて窓から出た。

探されたら敵わんから飲みに行くと置き手紙を残す。

「…どこ行くの?」 

「あ?」

窓を出て外の垣根を抜けようとしたら仁王立ちに腕を組んで後ろにいた。

「何でわかった?」

「窓を開けた音がしたから。」

こいつは耳も良い。

多少、雨戸の軋む音は出たが、微かな音だったはずだ。

別の部屋にいたのに。

俺なら聞き逃した。

「そうか。」

それも面白くない。

俺よりと思うとイライラした。

そのまま無視して背を向ける。

「だからどこ行くの?」  

「飲みに行く。」

「一緒に、」

「来なくて良い。イルザンと会う。」

「は?」
 
めらっと滾る殺気を感じて振り向く。

ビスの背に夕日が当たって顔が見えない。

こっちは眩しくて目を細めた。

「俺はお前のものじゃないよな?」

「…だから何?」

低い声。

睨まれてるのは分かる。

こっちも負けじと睨み返す。

「こっちはお前が勝手にうんざりしてる。一緒にいたくない。」

「…あ、そう。」

すっと後ろを向いて家に戻っていく。

家に入るのを確認して俺も垣根の門を抜けてイルザンのところへ向かった。

関所の入り口で手を振って待っていた。

飲み屋街に向かう途中でイルザンは辺りを見渡していた。

「何か気になるか?」

「あー、まあ仕事柄ね。」

軍の頃から街の巡回をしていた。

周囲の確認は癖なのだろう。

「本当に大丈夫なのか?」

「何が?」

「ビスを誘わなくて。」  

「いらん。あいつから離れたい。」

「わお。どうしよ。」

「あ?なんだ、その反応は。」

「運が回ってきたのか死神の鎌が振り落とされるか悩みどころ。」

「ふぅん。」

深く聞く気にならず適当に聞き流す。

「なら俺の部屋で飲むか?」

「どこでも良い。」

「うわ、最高。」

「ん?お前、役所の寮だろ?」

さすがに部外者は入れない。

「いや、今は部屋を借りてる。飯屋の2階。昼間と夕方しか営業しないから俺が休む時は静か。旨いし酒も飲める。年取った夫婦が通いで働いていて、ごろつき避けに頼まれて住んでんの。家賃は格安よ。」

「いいな、それ。」

「でしょ?」

連れられて着いたのはそれなりに古いが、繁盛した飯屋だ。

「へえ、意外と多いな。」

「安くて旨いからね。店主のご夫妻も人が良い。」

言葉通り、穏やかそうな夫婦がイルザンにおかえりと声をかけていた。

厨房の奥から主人が顔を出した。

「副団長、今日は珍しいお客さんですね。」

「昔の同僚です。飯がうまいから誘いました。」

「そりゃあ、ありがたい。はは、」

話してる間もひっきりなしに注文が入る。

イルザンは副団長として顔が広いようで隊員らしき男らも声をかけてくる。

誰かと尋ねられて紹介された。

「ああ!噂の!医師団に入られた新しい方ですね。」

医者としてはまだドル達ほどは知られてない。

「あとはそっちでね、俺は久しぶりに友人と過ごしたいから。」

共に飲もうと隊員らに誘われたが、イルザンは笑顔で断る。

奥がイルザンの定位置らしく、混雑する店内で一つの椅子とテーブルが空いている。

店の奥さんがテーブルに二人分の食事を並べて余った椅子をイルザンに運ばせていた。

「以前はお世話になりました。」

「あ?」

「孫を治療していただいて。」

以前、木から落ちて怪我をした子供の祖母らしい。

「あれから変わりはないですか?」

「あの子のおでこに傷が残っただけで、本当に元気ですよ。」

「そうか、…良かった。」

ほっとして笑うと奥さんは顔を赤らめて笑った。

「あら、まあ素敵。」

「あ?」

「あ、あら。おほほ、やだわ。年甲斐もなく私ったら。先生、ほら、たんと召し上がって。」

「はあ。」

テーブルに食事を並べて進められたので匙を取って食事を始めた。

「あはは、ご主人がまた焼きもち焼きますよ。」

「こんなお婆ちゃんなのに。だめねぇ、もう。」

恥ずかしそうに盆で顔を隠して笑っている。

「幾つになっても女性ですから。」

「ありがとうございます。でも夫には言わないでくださいね、副団長。恥ずかしいから。」

「はい。ふふ、」

どうぞ、ごゆっくりと頭を下げたので、俺も軽く頭を下げると顔を隠してそそくさと離れていく。

「可愛らしいおかみさんだな。」

「ムスタファでもそう思うんだ。」

「それに居心地良い。」

「うん。もうここ以外考えられない。…ムスタファが領地に戻りたがったのが分かったよ。」

「…そうか。」

「あの時、邪魔してごめんね。」

「…そんなことあったか?」

あの頃のイルザンは俺の退役を嫌がってはいたが、大きな邪魔をされた覚えはない。

「あったよ。」

「そうかな。…覚えてない。気にするな。」

「どーも。…これも旨いよ。おかみさんが作った。」

「へえ、もぐ、」

イルザンが話を変えたのでそれに合わせた。

もう昔のことだ。

どうでもいい。


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