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第二章※イルザン

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一年たたずしてムスタファがうちの隊に入った。

何度も遠くから見つめた。

俺はこういう性分じゃなかったつもりなのに。

隊長の紹介が終わると一番に話しかけた。

「よろしく、ムスタファ。」

「…よろしくお願いします。」

小さいけど張りのある低い声だった。

初めての会話に有頂天になり、もっと声を聞きたくてたくさん話しかけた。

いつも用心するような、嫌そうな顔なのが悲しいけど。

どんなに話しかけてもにこりともしない。

愛想が壊滅的にない。

表情筋が死んでるのかもしれない。

「ムスタファは笑わないよね。」

「そうか。」

返事はいつもこれ。

“ああ”

“そうか”

“そうだ”

なかなか他の単語が出てこない。

もっと話を聞きたくて根掘り葉掘り聞いた。

尋ねれば答える。

意外と無表情というだけでこういう会話は嫌じゃないみたいだった。

「最後に笑ったのいつ?」

「知らん。」

くすぐって笑わせてみようと試みたけど投げ飛ばされて終わった。

「触るな。」

「笑った顔が見たかったのに。」

地面に寝そべって答えた。

叩きつけられた背中が痛い。

「やめろ。」

俺の方がかなり年上なのに。

親しくなったら敬語を使わなくなった。
 
でも気を許してるのが分かってそれも嬉しい。

ムスタファのひりつく空気は相変わらずで人に触られるのを嫌うし、男が側によるのも嫌がる。

本人は取り澄ましてるけど、顔が強張るんだ。

うちの隊はよその隊より女好きが多い。

隊長に倣ってって感じ。

身分とか力とかで立場の弱い新入りを苛める趣味を嫌ってる。

それなら女を買って侍らす方がいいってよく言ってる。

うちの隊にも両刀や男色家がそれなりにいるが、ムスタファには粉をかけない。

単純に体型が好みじゃないのと、あんなでかいなりで怯えて可哀想なんだって。

わかる。

でも、俺はそれも可愛い。

ヘテロのつもりだったけど、ムスタファと会ってから変わっちゃった。

あいつがかわいくて仕方ない。

いつも仏頂面でにこりともしないのに。

俺よりでかくて太い体格と、偉そうな態度に可愛げなんかないんだけど、よその部隊長にケツを握られてビビるところとかめっちゃ可愛い。

どうにかムスタファと何かしたいけど、あいつの方が強いからどうにもならない。

興味を持たせるのに苦労してる。

華奢で守りたくなるタイプなら女と変わらないようなアプローチが出来たけど、そしたらこいつじゃない。

この、つんけんして可愛いげのない、バカみたいにでかくて強いこいつが可愛いんだ。

今は鍛練や仕事のあとに肩を組むくらいで精一杯。

それさえも気分によっては叩かれる。

隊の中では俺が1番仲が良いけど、俺より軍医のフノーになついてるし。

俺に、と言うより男に興味がなさそう。

悶々としたら女を抱くに限る。

ある日、花街に行こうとしたら、急にムスタファも行くって言い出した。

「珍しいね、どうかした?」

「女を抱けば尻を追いかける男が減るかもしれん。何でもいい。どうにしたい。」

心底うんざりしてるって顔なのに、黒い瞳は涙で潤んでいつもより星が見えた。

その頃、部屋で眠れないと内鍵のある倉庫や医務室で寝泊まりしていた。

俺のところおいでって言っても嫌がる。

下心がバレたかなって焦ったけどそういうわけじゃなさそうだった。

「恋人作れば?」

俺なんかどうよ?

かなりお得よ?

「めんどくさい。」

「はは、俺も。」

嘘だ。

俺はお前がいい。

ムスタファが女と部屋に行くのを見送ってから俺も部屋に入る。

自分が気持ち悪いけど、近くであいつもヤってるんだと思うと興奮できた。

だいぶ、俺より縦にも横にもでかい。

でも、あいつの中どんな感じかなって。

あのよく通る低い声でどんなあえぎ声を出すのかなって。

マジで聞きてぇ。

時折さっさと情事を済ませて隣の部屋の声に耳をすませた。

いつも女の喘ぎ声が凄くてなんにも聞こえねえけどな。

一度、こっちの連れの女が面白がって覗こうと言い出した。

「うちの姉さんがあんなに乱れるの初めてよ、見てみたいわ。」

手招きをされて目隠しをかけてあった壁のひび割れから覗いた。

「わぁ、すっごい。ひゃぁぁ、あむ、もご、」

「バレるだろーが。」

女のでかい声を手で塞ぐと、恐れた様子はなくこっちを見上げて楽しそうにこくこくと頷き、穴を指差す。

俺も口を手で塞いでそおっと覗いた。

二人でベッドに腰かけて喘ぐ女を後背から抱き締めてキスしていた。

足を大きく開いた女の繁みをさすって、片手は胸を優しく撫でていた。

激しく突っ込んでんのかと思ったら、思いの外優しげに愛撫してるだけで女は堪らないと言った様子で鳴いていた。

ムスタファの色と反対の女の色が暗闇に浮いて扇情的だと思った。

暗闇に溶け込むムスタファがよく見えずじっと目をこらす。

女の白い肌の上を濃い色の手が滑ってる。

顎をさすって、振り向かせて女のねだるままキスを与えていた。

いつも結んでる髪が垂れて顔が見えない。

どんな顔をしてキスしてるか見たかった。

「いいなぁ、すごい気持ち良さそう。うちらももう一回する?」

「…真似てやってみるか?膝に抱えてキスしながら。」

「いいね!」

我ながら変態だと思った。

覗いたのはバレてなかった。

何度かそうやって女遊びをして、ふとムスタファは女が好きという訳じゃない気がしてきた。

本当にちょっとしたことなんだけど。

普通さ、女が好きな奴は好みがはっきりしてるんだ。

顔だったり体だったり必ず好みが出る。

でも、ムスタファはなんか違う。

清潔かどうかしか見てない。

医者だからかとも思うが、だからってあんなにばらばらに選ぶのも納得出来ない。

気が向かなけりゃぁ諦めて帰る。

普通さ、妥協するっしょ。

ヤりたかったら。

清潔かどうかより、好みが大事じゃん?

モテるからかなって思ったけど、変わってるのは間違いない。

こじつけでも何でもいいから、俺は付け入る隙がほしいかった。

失敗したら離れていく自信があるけど、少しでも触りたかった。

その日もぶらぶら二人になるまで女が決まらず、帰る空気になった。

帰りの方向へ足を進めながら尋ねた。

「男に興味ないのか?」

「ない。」

一歩前を歩いていて顔が見えない。

ただ、こうやって二人で歩いてるだけで昂って歩きにくい。

歩調を弛めて歩いてるとムスタファも俺に合わせて少しゆっくり歩く。

仏頂面で無遠慮なこいつの気遣い。

少しは気に入られてると自負してる。

「俺は、ある。」

「あ?」

「ちょっとやってみないか?」

嫌だと即答されたが、声に嫌悪はない。

問答していると、こちらを振り返って胸が高鳴った。

「その気になった?」

「いや、どういう顔をしているか見たかっただけだ。」

いつもと違う対応に、もしかしたら押せば行けるかと思案した。

結局、金を貸すから発散してこいと突き放された。

押すのは無理だと思い、誤魔化すように手を出すとすんなりと懐から金を出してきてムカついた。

人の気も知らないで、俺は金よりあんたがほしいんだよ。

気づいたら手首を掴んで引いた。

顔が俺の顔の近くに。

驚いて見開く目が可愛くて、我慢できずに襟首を掴んでキスしていた。

「ん、む。」

しかめた眉間。

ぎらっと睨まれて手を振りかざす気配も感じた。

どうせ殴られるなら。

最後なら。

唇を覆ってキスを続けた。

ちゅぱっと、音をたてながら一生懸命舐めて吸った。

目頭が熱い。

嫌われるのも殴られるのも怖い。

好かれてもいないのに無理やりキスして、これで最後と思うと悲しかったし、後悔していた。

ごめん、そう思いながら目を見ると睨んでた瞳がじっとこっちを見つめいて。

見つめていたら柔らかく笑った。

飛んでくるはずの拳もない。

頭が割れそうなくらい興奮できた。

「あだ、いてて、」

「やめろ。」

代わりに髪の毛を引っ張られただけだった。

「…抵抗しなかったな、ムスタファ。」

手の甲でこぼれた涎を拭いた。

ムスタファも同じように手の甲で口の回りを拭ってる。

別に、怒った様子もなく平然としていた。

「そうだな。」

どうでもいいと言う風だ。

「少しは、好きか?」

「…別に。…犬に構うな。」

自分で言った言葉なのに。

傷ついた顔を見せる。

毎日見てるからわかる。

隠してもわかった。

「犬じゃないよ。」

俺はムスタファが好きなんだ。
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