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第一章※本編

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見てて疼いた。

やりたかった。

見ている間も俺ならどう動くかそればかり考えていた。

イルザンと交代する。

この半年間、何度かやったが勝てなかった。

賊の討伐中もこいつのことばかり見ていた。

暗器無しの単純な力なら勝てるかもしれない。

そこに持ち込めばといつも思っていたが、なかなか勝てなかった。

「始め!」

イルザンの合図を機に、一気に間合いを詰める。

長すぎるのも考えものだ。

近すぎたら役に立たない。

どこか掴めたら俺の勝ちだ。

逃げるのを追う。

歩幅の差はない。

流れるように背後に回られたが、すぐに反転して追う。

掴もうとする手を叩き落とされる。

こちらも掴まれないように叩き落とす。

関節を取られたら終わりだ。

握られただけで動かなくなる。

以前、フノーに習ったことを思い出す。

あれの応用だろう。

下がるのをしつこく追う。

何かに蹴つまづいたのをすかさず襟首を掴んで背中に乗せて投げた。

どすんとビスを背中から地面に叩き伏す。

勝ったと思ったのに、反動を利用して2発の蹴りが顔面と顎に入った。

一瞬、動きが止まったせいで首に足を絡めて絞められた。

そのまま地面に引き倒されたが、癪で少し体を浮かせて膝で殴り付けた。

手応えを感じてよし、と昂る隙に、体を支えた腕を引っ張られて前のめりに強く倒れる。

「引き分けかな?」

小指に手をかけて折る体勢だ。

「…だな。」

お互い鼻血を出していた。

俺の膝は顔に当たったようだ。

「面白かったね。またやろう。」

「ああ。」

初の引き分けだ。

嬉しくて笑った。

イルザンには街の憲兵を紹介した。

もと軍の兵士と言うことですんなり話が通り、明日から勤務が決まった。

「それが向いてる。」

こいつは気さくな気質で回りと溶け込むのがうまい。

人の多いところの方が能力を発揮するだろう。

「ついて行きたかった。けどあれを見たあとじゃなぁ。」

「驚かせたかな。」

ビスが笑う。

「かなり驚きました。細いのに強いんすね。」

「僕はまだまだ。強い人はまだいる。」

「えー、まだいるんすか?」

「師匠。もう年寄りなのにまだ勝てない。」

「お前の師匠、誰だ?」

パウエルともドルとも違う。

「言ってなかった?ネバさんだよ。」

「あ?」

あの婆さんか。

「まだ勝てないってどう言うことだ?」

元気だが、かなりの年寄りだ。

勝てないとは思えない。

「体が逆らっちゃいけないって染み付いちゃって。反撃できない。ひと睨みで降参しちゃう。」

「ああ、なるほど。」

「誰?」

「とんでもない婆さんがいるんだ。あれは化け物だな。」

イルザンの問いに答える。

「えー、そんな人までいるのか。」

「滅多なことは言わない方がいいよ。地獄耳だから。」

ビスの苦笑いに口をつぐんだ。

「…あーあ、俺より夢中になってる。」

「あ?」

イルザンのすねた顔に顔を向けた。

顔に手を伸ばされて大人しくした。

ターバンの残りで顔を覆ってる。

布の上から口の端と頬をなぞられた。

「…これ、ビスがしたんだろ?」

思わず手を叩き落とす。

「いって、ひど、」

「うるさい。」

組手で見られるのも構わず取ったんだ。

まだ縄目の跡が残ってる。

「俺のって思ってたのに。」

いじけた目が鬱陶しくて睨む。

「黙れ。」

許しただけでお前のものになったつもりはないと強く思った。

「本当に、蹴散らしても蹴散らしても沸いてくるんだから。…はあ。」

俺は好きでケツを狙われてるんじゃない。

しゃっと、金属の擦れる音。

ハッとしてビスを見る。

イルザンは聞こえてないようだ。

ニコニコと笑うが、組んだ腕の中で出したり閉じたり擦れる音が聞こえる。

ぺろっと赤い舌も。

こいつの考えはわからん。

だが、ヤバイとだけ思った。

「もう行く。」

「ああ、仕事の紹介までありがとうな。ビス、次は勝てるように精進します。」

「こちらこそ。領地の警備にご助力頂けて主人が喜ぶ。」

「役に立つかなぁ。」

「劣るとは思ってないよ。」

「そうですかね。」

こいつらの仲の良さは妙だと思うが、突っ込む気にはなれない。

「…俺はここまで追いかけたんですけどね。あーあ、ぐす、」

「ふぅん。」

涙ぐむイルザンを興味なさげに見つめる。

初めてキスをねだられずに別れた。

「命が惜しい。」

そう呟いたが意味がわからない。

俺は人前じゃなきゃそれでよかった。

「ムスタファはあんまり分かってないね。」

「あ?」

道中、ビスに言われたが何のことかわからない。

「そんなんだから色んな奴を釣るんだよ。」

「そうか。」

適当に答えておく。

知ったことか。

俺のせいじゃない。

勝手に俺に群がるんだ。

「お前もその一人だろ。」

「ん?ふふ、そうだね。」

ぴったりと寄り添うのが邪魔で追い払う。

「やめろ、寄るな。」

「はいはい。」

ぺろっと見せる赤い舌も、しゃっと擦れる金属音も油断ならないと思うのに。

こいつならいいかと気楽になる。

俺より強い。

背中を預ける安心感は大きかった。

ケツまで預けるのは不本意だが、あの快楽は別格だ。

またヤりてぇと切れた口の端を舐めた。







~終~
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