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第一章※本編

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帰ったらこれだ。

暗く沈むイルザンが鬱陶しい。

「…朝帰り。」

いや、もう昼だ。

「だからなんだ。」

睨むな。

泣くな。

「仕事だ。」

不能の治療だ。

予定外な。

「何の?」

「守秘義務。」

「うーそーだー!!うわぁぁ!」

「やかましい。」

「飲みに行くっつったり仕事って言ったり!うそつきー!!」

耳を押さえて知らんぷりした。

あんなでかい商会の色事だ。

口外できん。

「午後から仕事だ。お前は早く支度しろ。」

制服に着替えて支度を済ます。

「うぇぇん!浮気だぁ!」

恋人ではない。

言ったら余計泣く。

こっちは黙るしかない。

何なんだ。

最近のイルザンは。

そのまま現場へ着いたら、同僚が呆れて俺たち二人を見つめる。

「まだお前ら喧嘩してんのか…?」

「知らん。」

昨日、少しは回復したんだ。

今朝の外泊でぱあだ。

「メソメソするな、イルザン。」

イライラして睨み付けた。

「だぁぁってええええ!」

「あー!うるせぇ!」

キレて怒鳴った。

ああ、ドルの気持ちがわかる。

パウエルの話の聞かなさにすぐキレて頭突き合いしていた。

構う気も失せてさっさと置いて巡回に出る。

「おい!こら!ムスタファ、二人一組だ!」

「そんな奴連れても仕事にならん!」

背中から声が聞こえて怒鳴り返した。

「ムスタファのばーか!!」

「てめえは仕事サボんな!追いかけろよ!ばかたれ!」

「あだっ!いてえ!」

「イルザン!早く来い!ばかやろぉ!」

少しは少し離れた位置まで歩いて振り返って怒鳴る。

「いやだ!」

思わず走って飛び蹴りをかました。

「こっの!バカが!」

「ぐえ!」

ごろごろと往来に転がって取っ組み合いだ。

被さって襟首を掴む。

「んだよ!ムスタファのバーカ!ヤりちん!」

「うるせぇっ!いじいじしやがってよぉ!」

ひゅっと顔の横に気配を感じたらあっという間だった。

ごっと鈍い音と頬に衝撃があった。

鈍る視界にイルザンの心底驚いた顔が掠める。

顔を飛ばされて目の前が回った。

固い地面にへばりついて倒れた。

「あ?…あ?」

何が起きたかわからずにいると、ぎゃあ、とイルザンの叫び声も。

急いで体を起こすが、ごっともう一回、頭に衝撃。

どこから何を受けたのかわからない。

地面に伏すと後頭部がグリグリと潰された。

顔を地面にキスをさせられてる。

「反撃の反応が悪い。仲も悪い。マジでだめじゃん。」

「だ、団長、すいません。止められませんでした。」

なんとか顔を横に向けて団長と副団長。

イルザンの腹の上でごんごんと足を踏んでる団長。

げえげえ、言ってる。

俺の顔は副団長の足の下敷きだ。

「仕事しろ。」

「すいません、でした。」

二人に謝るしかできない。

同じように謝るイルザンの声も聞こえた。

口の中に砂利が入って気持ち悪い。

団長から言い渡されたのは俺達の減給だった。

巡回先の役所。

水場で顔を洗う。

「…悪かった。」

イルザンが呟いた。

「…俺も悪かった。」

謝るのが癪だが。

先にカッとなって蹴りを入れたのは俺だ。

「…俺は、お前が何を拗ねてるのかわからん。」

口をゆすいで吐いた。

まだ土が口に残ってる。

口の端が切れて血も出た。

しみる。

いてぇ。

「…朝帰り。」

「その前から拗ねてるだろうが。ふざけんな。」

「う、」

ガーゼを濡らして頬に当てる。

いつからだ。

こいつが拗ねはじめたのは。

思い出すとドル達と会ってからだ。

だけど、それがなぜこいつが拗ねる。

「いつから拗ねたかは分かる。でも、理由が本当にわからん。」

黙ってる横顔を見つめた。

「…俺が悪い」

「それはわかる。理由だ。」

「…言いたくない。」

「…あ、そう。」

なら、もう知らん。

構ってられるか。

使った桶を片付けて巡回に向かう。

「行くぞ。」

そう声をかけると先ほどと違って黙ってついてきた。

帰っても食堂でだんまりだ。

「おまえら、まだ喧嘩…」

「俺は理由を聞いた。言わないから知らん。」

遮って答える。

ショボくれるイルザンをちらっと見ただけで、俺はもくもくと飯を食べる。

喧嘩した奴と同室は息苦しい。

壁を向いてベッドでごろ寝して本を読む。

この間借りたドルの患者の覚書。

参考になるからと渡された。

何度も読み返す。

達磨な見かけに寄らず小さい字で細かく書かれている。

症状、容態のみならず患者の生活環境、食事、家族構成。

読み進めると何が治療のヒントになるかわからんと感心した。

ベットの軋みを感じて寝返りを打って後ろを見る。

見るとベットの縁に顔を突っ伏したイルザンの頭。

「…ごめんなさい。」

「…理由は?」

「不安だった。」

「何が?」

「最近、甘えてこないから。」

「あ?」

甘えてたのはお前じゃないか。 

何のことかわからず、本を閉じて半身を起こした。

「いずれ、領地に戻るんだろ?」

「領地には戻る。」

夢物語かもしれんが戻りたい。

「俺は?」

「お前の自由だ。」

自由がないなら死んだも同然と思えた。

「…うん。」

「…これで拗ねるのはやめるか?」

「うん。」

「わかった。」

そう言うがそこをじっとして動かない。

ポンポンと頭を撫でる。

手を掴まれて唇を押し当ててキスをしてきた。

そのまま好きにさせた。

続きがあるわけではないようで、ベッドの奥へ体をずらして隙間を空ける。

「入れ。」

「うん。」

のそっとベッドに入って二人で並ぶ。

片手を腕枕にして、空いた手で本を読んだ。

大人しく渡した手をやわやわと握ったりキスしたり頬を当てている。

別段、それ以上があるわけでもなく。

二人でそのまま眠った。
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