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第一章※本編

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お嬢様の両手を包んだまま額を当てた。

涙が滲む。

「光栄でございます。ぐず、」

「あれ?泣いちゃった?顔痛い?もしかして会うの嫌だった?」

不安げな声。

いいえ、お嬢様。

ずっとお会いしたかったのです。

「お会いできて、嬉しくて。ずっ、ふっ、うう。」

髪にフワッと唇の感触があった。

「ムスタファにご褒美だよ。チョコレート、持ってきたの。一緒に食べよ?」

ここに寄る前に買ってきたと仰った。

「本当に、大変、光栄でございます。う、う、」

ぼろぼろ泣くのをマックスがガーゼを渡してくれた。

「すまん、ありがたい。うう、う、」

お嬢様の手を握ったまま、片手で受け取り顔を拭く。

「お会いしたかった。とても、ふ、うう、」

「大変だったようだな、大丈夫か?」

「ドル、すまん。ずず、ぐず、ありがとう。会えて嬉しくて、涙が止まらん。ぐす、」

ドルが肩を叩いた。

優しい。

力強いのに。

昔と変わらない。

ぎゅっと握られるのも。

この手も好きだった。

「ムスタファの分のお茶をもらってきますね。」

マックスが部屋から出ていく。

「ひっく、ぐ、」

お嬢様に引っ張られてソファーに座ると、隣にお嬢様が座り頭を撫でられた。

「よかった。頭に手が届いた。」

「はい、ありがとうございます。相変わらずお優しい。」

少し落ち着いてきた。

「申し訳ありません。いつまでも握って。」

手を離そうとするとしっか、と包むように握られた。

「久しぶりだもん。今までの分だよ?ムスタファ、お仕事がんばったね、偉いね。いいこー!」

「子供扱いですか?ふふ、」

「そうだよ?私が皆の偉い人だもん。」

聞くとドルとパウエル達、医師団のまとめ役をしているそうだ。

「手紙には書いてありませんでしたね。」

「うん。まだ他領に口外してないから。内緒なんだよ。秘密だよ?」

どこから漏れるかわからないと。

用心の為に手紙にもしたためなかったそうだ。

親バカな俺は賢さに感動した。

「誰かに言われたわけでもなくですか?それは素晴らしいですよ、お嬢様。本当に用心深く賢い。」

「うん!」

「はは、ムスタファもか。」

先生。

今は先代となられた先生も同じように誉めていらっしゃったと教えられた。

「先生はお元気ですか?」

手紙ではあまり目も耳も良くないと書かれていた。

「元気だよ。世話人のネバがいるし。」

「ネバ?どなたですか?」

「ネバだよ。ほら、昔は話して聞かせたろ。化け物並みの女傑だ。」

「あ、ああ。名前はネバでしたね。」

医師としての技量があるが、女性ということで認められていない。

かなり苛烈な性質でドルとパウエルより腕が立つ。

弓矢とダガーが得意。

用心深く勘が鋭い為、若い頃は先代の護衛として、領内の巡回にお供をしていたことがある。

ドルとパウエルより歳が上で顎で使われ、怒らせると稽古と称して殺されかけたとか。

そういう、昔の同僚だと聞いていた。

「もう、恐ろしくてなぁ。今回、お嬢様まで王都に連れてきてしまったから。…帰るのが怖い。」

「無断で来たんですか?」

「許可出るわけないだろ?馬車の荷物に潜り込んで勝手についてきたんだ。」

「ああ?」

ばっと振り替えってお嬢様を見ると勝ち誇った顔をして笑っていた。

「皆、直前に荷物の点検しないでしょ?かごがひとつ増えたくらいバレないよ。もう帰れなそうなあたりで顔出せば完璧!」

「領地で大騒ぎじゃありませんか?」

「それがなぁ。」

「別邸にお泊まりに行くって行ってたし、領内の見回りの予定だったからそれに絡めて誤魔化したんだ。現地には直筆の手紙で延期にしたってことにして。頭良いでしょ?私。」

屋敷と医師団をだまくらかした。

思わず舌を巻いた。

「…ネバの影響だ。あれも同じことをしていた。」

「ばあばには置き手紙してきたよ。怖いから。」

「怖いですか?」

「とーっても!怒らせるとスゴいよ!」

二人揃ってブルッと震えた。

「そんな、大変なのに。」

来てくれたのかと。

また泣いた。

「ムスタファ、泣き虫になったね?」

「今日だけですよ。」

「ご褒美出してあげる。」

手を離してぴょんとソファーを降りてソファーの横に置いた荷物を漁る。

「こっちの暮らしに参ってるようだな。」

「色々とな。領内では守られていたと実感したよ。」

ケツの心配なんかしたことねえよ。

ノックが聞こえてマックスが戻ってきた。

「泣き止みましたか?」

「言うな。」

「ふふ。」

お茶を置かれて、ひとくちすする。

「マックスー、どこかわかんなーい。」

「お土産、まだ出してなかったんですか。その袋じゃありませんよ。ご自分で持つと仰って、…ああ、ほら、ソファーの後ろに置いたまま。」

「あれー?」

驚かそうと隠れていたそうだ。

確かにドルの拳より驚いた。

「はい、タオルです。冷やしてきました。」

「すまんな。」

渡された冷えたタオルを顔に当てる。

「それで、どうしてここへ?」

今まで来たことないのに。

お嬢様とマックスがテーブルにお菓子を置いた。

「旦那様から連絡でな。」

「旦那様から?」

「ムスタファに子供ができたんでしょ?」

「あ??え?!」

「はは、違いますよ。子供を引き取るって話ですよ。」

分からず首を捻るとドルが大笑いしていた。

「あはは!はっはっは!患者の引き取りの相談だって何度も説明してるのに!はっはっは、」


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