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第一章※本編

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4年ほど勤めてもうすぐ任期が明ける。

イルザンは先に任期を終えて退役した。

俺より小さいが年上だった。

ハシントも金持ちに身請けされてもう会うことはない。

3年ほどの付き合い。

最後はあっさりしていた。

どらもたまに手紙が届く。

元気そうだ。

こちらかは返信を書けない。

退役してイルザンはあっちこっちを旅して回ってる。

ハシントも毎回、返信不要と書いていた。

あれから男も女を気楽に付き合うようになった。

特定の相手はいない。

粉をかけられて気に入ればやる。

気に入らなければ断った。

花街で俺が手をつければ売れると話題になったのは迷惑だったが、ケツの心配が減って楽だった。

軍医のもとへ行く途中、ゴツい薄毛に絡まれた。

いつもすれ違い様にぶつかってくる。

めんどくさくて、通路の隅に避けたのにわざわざ寄ってくる。

ねめつけるので無言で見下げた。

「何か用か?」

遅れて同じ隊に入った同期だ。

貴族の出だ。

どうにも色が気に食わんらしくこうやって突っかかってくるからうんざりだった。

「…ちっ。」

厳つい顔を歪ませて迫力満点。

大概の奴なら怯む。

俺には当てはまらないだけだ。

舌打ちされようが、どうでもいい素振りで黙って見つめた。

「相変わらず生意気だな。はは。」

後ろからこいつの連れが寄ってきた。

こいつらは幼馴染みとかでよくつるんでる。

二人とも同じ隊員。

勤務中は大人しいんだがな。

「犬に血筋なんか理解できんのだろう。」

まだこうやって犬呼ばわり。

先に出世したのが余程気に入らないらしい。

特にこの厳つい方は俺が女を寝取ったと恨んでる。

心当たりはないんだが、しょうがない。

今は逆に寝取りかえそうとしつこくついて回り、男も女も見境ない。

遊び相手からちょっかいかけられて困ってると言われて、俺もめんどくさくて困った。

乱暴まではいかなくても強引で不愉快だと聞いている。

遊び慣れた奴等でさえうんざりするような構い方をするらしい。

下手に揉めたくないので本人に言うつもりはない。

つまらんちょっかいにうんざりしたが、今も口にする気にはなれなかった。

ふう、とため息をひとつ吐いて黙って横へずれて先を急いだ。

あいつらは俺の方が強いので組手も試合も仕掛けてこない。

閨事も能力も根性なしと心の中で笑った。

さっさとフノーのもとへ。

そろそろ手紙が届く頃だ。

「フノー、手紙が来てませんか?」

「ありますよ。はい。」

「いつもありがとうございます。」

「いえいえ。」

手に取り眺める。

宛名の字が大人びてきていた。

「字が上手になってますね。」

「そうですね。」

二人で中身を読む。

昔と違って内容も大人びてきてる。

フノーのことも伝えてるので、手紙にそのことも触れて気遣いが見えた。

「可愛らしい。機会があったらお会いしてみたいです。」

「俺も。まだ一度しかお会いしてないので。」

仕えるならこの方だ。

今もその気持ちは変わらない。

ここへ来て色んな貴族と関わり余計に気持ちが固まった。

お父上に当たる旦那様もお優しい。

領地に戻りたい。

「任期があけたら戻りますか?」

「勿論です。」

あと1年。

本当は10年の任期だが、旦那様と相談して5年と決めた。

偏見の強さに疲れていた。

街の警備をしても制服を着ているのに市民から絡まれる。

減ったとは言え、ケツは狙われるわ抱けと言われるわ安眠できない。

庶民出なら対等なので多少手荒に出来たが、貴族令息となるとめんどうだった。

後見人の旦那様に迷惑をかけたくない。

貴族の護衛に出れば粉をかけられるか色が好かんと退けられる。

何かと働きづらかった。

ドルやパウエルと野山を野宿する方が気楽で安心できた。

「また戻ってドル達の侍従をします。」

「そうですか。でも今の君なら一人前として動けるのではないですかね。」

「どうでしょうかね。もしそうなら光栄です。」

そうなりたいと願った。

毎日、手紙を読み返して指折り数えて待った。

マックスの手紙にはまた身長が伸びたことと仲間か増えたことが書かれている。

毎回、必ず稽古をつけてくれとある。

ドル達に誉められるようになったそうだ。

負けてられないと鍛練に精を出した。

「やる気十分だなぁ。もうすぐ任期あけだろう?」

「はい。」

一人で走り込みをして井戸水で汗を流していたら隊長が声をかけてきた。

なぜと問われて正直に話す。

「主のもとで勤めたいので。戻れば弟弟子との対決も。負けたくありません。」

「そうか。良い心がけた。」

残れば良いのにという言葉は笑って濁した。

「色違いですので。」

そういうと眉を下げて頷いていた。

揉めると隊長が何度も間に入ってくれた。

おかげで今まで勤められたと思う。

「勤めづらかったろう。」

「そうですね。1番はケツの心配に疲れました。」

フノー達に2度とケツを守ってくれと言いたくない。

「はは!まだいるのか!は、は!」

「これだけ大きくなれば声をかけられることは減りましたよ。」

隊長より少し背が大きい。

太さは少し負ける。

「…構われるのに疲れましたから。」

「モテるのも考えものだな。」

肯定するのも嫌味かと思い、黙った。

色事はめんどうだ。

薄毛の件も。

あいつ以外も似たような奴等はいる。

妬まれるのに疲れた。

全員がそうじゃなくてもそういう奴等との関わりが煩わしかった。

「気が向いたら帰ってこいよ。」

「そうですね。」

戻りたくはない。

俺が戻りたいのは領地だ。

そうやって日々を過ごしてあと半年。

もうお嬢様は鬼ごっこをして喜ぶ歳でもないだろう。

貯まった金を家族に送り、残った金を持って街を歩き、マックス達への土産を少しずつ買い集めた。

最後の日々だ。

前より皆には愛想よくした。

親しかった知人にも挨拶をしてまわった。

ハシントにも、領地に戻ると手紙を出す。

おそらく最後の手が手紙だ。

元気で、と書く。

イルザンは退役前に伝えてたので、そろそろだなと書かれた手紙を受け取った。

またキスをしたいと書かれていたのは笑った。

兵士の中で関わったのはあいつだけ。

あいつとはそれ以上の関係はない。

気に入ってるが好きじゃない。

でもキスくらいなら抵抗がないだけだ。

4年の付き合いだったから退役の時に離れる寂しさはあった。

懐かしさを感じるだけで、キスしたいとは思ってなかった。

ねだればさせてもいいと思うくらいだ。

久々に会った時に気が向けばやってもいい。

まあいいか、と荷物の整理をした。

旦那様からはよく堪えたと褒美を頂いた。

偏見の他に違う意味での身の危険をご存じだ。

知られていたのは気恥ずかしかった。

褒美の他に馬を1頭貸し与えて下さり、それで帰ってよいと。

乗り合い馬車で戻るのが億劫だったので助かった。

うすらハゲどもは相変わらずだ。

突っかかってくる。

もうすぐ退役と知り喜ぶのかと思ったら逃げるのかと怒っていた。

組手も試合も逃げたのはお前だ。

バカだと思った。

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