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第一章※本編
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鬼ごっこだ。
俺が鬼。
胸くらいの高さの男の子と腰より低い小さな女の子を追いかけた。
捕まえる必要はない。
後ろをついて回るだけで喜んだ。
頃合いを見計らって背中をとんと手で軽く押す。
「やーん、負けたぁ。」
女の子は当てた手に抱きついて笑う。
「やっと捕まえたんですよ。」
そう言うと満開に顔をほころばせた。
「私のチョコレート。だぁいすき。」
「光栄です。」
一目見るなり肌の色をチョコレートだと言って喜んだ。
初めてだった。
大概は洗ってこいと言われるのに。
背伸びして手を広げていたので、抱っこをしてあげようとかがむ。
「たかーい。」
歳の割には背が高い。
腕の中で小さなお姫様がはしゃいでいた。
「マックスより高いよー。」
「そうですね。」
お姫様は低くなったマックスの頭を撫でた。
マックスは大人しい。
お姫様の言葉になんでもはいはいと笑顔で頷いて小まめに世話をしてやっている。
「すごーい。」
もう少し高くなろうと肩に登りたがって首に小さな手が巻き付く。
危ないからと手をのけて、少しでも高くなるように胸の辺りまで抱え直す。
「きゃあ、楽しい。チョコ、だぁいすき。」
少しだけ高くなった位置から頬にキスを。
「光栄です。」
顔を見て微笑む。
「ん、」
唇に柔らかいキスを。
驚いて仰け反った。
「い、いけませんよ。それは大人になるまでだめです。」
きょとんと不思議そうにしていた。
思わず側に立つマックスへ顔を向けると、マックスは顔を両手で覆って縮こまっていた。
「そうなの?」
「そうです。将来の旦那様に取っとかなくてはいけません。」
「えー?いっぱいしちゃったぁ。」
「え、誰と?」
心配で声が裏返る。
「じいじとー、マックスとー、お父様も。」
「…ああ、なんと、ああ。」
誰かだめだと言わなかったのか。
「お父上は良いとして他はいけません。とても。」
「そうなの?結婚式ごっこだよ?練習だいじでしょ?」
「ダメなものはダメです。唇のキスは将来の旦那様だけ。絶対ですよ?」
「すると喜ぶよ?」
ばっと勢いよく側にいたマックスに目を向けると顔を真っ赤にして、首をブンブン振っている。
「違うようですよ?」
「えー?そうなの?マックスいやだった?」
悲しそうに眉が下がる。
「光栄です。とても光栄ですが。頬っぺただけにしてください。」
「いやだったのぉ?」
うるうると涙を貯めて聞き返す。
「ぼ、僕はお嬢様の旦那様じゃないから。ダメなんですよ。泣かないで。お嬢様。」
「う、ふぇ、マックス、嫌だったんだぁ。ふぇぇん、ふぇぇん、」
大泣きし始めたので慌てて先生達のもとへ。
「わしは嬉しいがのぉ。」
先生はしわくちゃの顔をほころばせて、ぐずぐず泣くお嬢様を膝に抱えて頭を撫でている。
「ダメでしょうが!何考えてるんですか!?」
小さいのに筋肉まみれの丸いパウエルが怒っていた。
「うちの孫や娘なら叱ります!なんだって他の者に!」
「パウエル、やめろ。お嬢様が怖がってるぞ。」
もう一人の厳つい年寄りがパウエルをなだめた。
この剣幕に話しかけられるのは同僚のドルしかいない。
年下で見習いの俺とマックスではかける言葉が出てこない。
この中で唯一、上司の先生は気にした様子もなくニコニコとお嬢様だけを気にかけている。
「お前はいいのかよ!?」
「そういうことじゃなくて、そんな怒るとお嬢様が、」
「ダメなもんはダメだろうが!」
「うるっせぇわ!!ばかたれが!」
「はあ?!」
いがみあってごっと音をたててお互いの額をぶつけ合う。
「マックス、俺は二人揃ってるのをあまり見たことない。いつもこんなか?」
「はい。こんなです。しょっちゅうですよ。」
「そうか。」
気にした風のないマックスに尋ねると想定内の返事が返ってきた。
いない時もお互いの愚痴が多い。
それ以上に医術の腕を誉めるが。
俺はいつもどちらかについて回る。
あっちこっちと言われた方に付いていくだけだ。
「ふぇぇん、ふぇ!うわーん!」
二人の怒鳴り合いにまた大声で泣いた。
「だから言うたろうが!」
「お前も怒鳴ってんじゃねーかよ!くそが!!」
「よしよし、怖いですなぁ。あんなのは放っておけばよいのです。気にされるな、お嬢様。」
そんな中でものんびりと笑っていた。
「うわぁーん!もうじいじとだけするもん!みんなきらい!」
チュッと先生の頬に。
「おお!やったぁ。じいじ嬉しいのう。」
「なんでですかー!違うでしょ!」
「先生!だめです!ズルい!俺も可愛がりたいのに!」
「パウエル!お前の本音はそれか!」
「うるさいのう。そんなだからお嬢様に嫌われんじゃ。お嬢様はじいじだけじゃ。」
優しく頭を撫でて微笑みかけると、お嬢様も安心したように笑う。
「うん。絵本の王子様に全然似てないけどじいじだけでいい。」
パウエルとドルにそっぽを向く。
「先生も頬っぺたまでです。だめですよ。」
でれでれの先生に釘を刺す。
「じいじと結婚してないから?」
「そうです。本当の結婚式までいけません。将来の旦那様が悲しみます。」
「もうしたのはどうするの?」
先生のローブで鼻と涙を拭いている。
手持ちのガーゼを渡すが知らんぷりしてそっぽを向いた。
「忘れなさい。なかったことにしましょう。もうしなければいい。」
めんどくさくなってきた。
「はーい。」
ぽんと先生の膝から飛び降りて、マックスにしゃがめとねだった。
顔を赤らめて大人しくしゃがむと、首に抱きついた。
「これはいいよね?マックス、これも嫌いなの?ジネウラのこと嫌い?」
「い、え。こ、光栄です。ですけど。光栄ですけど。」
「よいよい。お嬢様は甘えん坊じゃから。ほ、ほ、」
すりすりとマックスの頬に顔を埋めてる。
助けを求めるような表情でマックスがこちらを見る。
「…悩みますが。…女性にならいいですけど。」
ため息をついた。
「ムスタファ、言うな。侍女も乳母もついていないから。」
話は聞いていた。
お母上を出産時に亡くされて、愛人が屋敷に住み着いて采配を振るっている。
あまり良い環境ではいらっしゃらない。
屋敷に住む専属医師の先生とマックスの側しか居場所がなかった。
この小さな女の子。
リトグリ公爵家の一人娘。
ジネウラ様だ。
俺が鬼。
胸くらいの高さの男の子と腰より低い小さな女の子を追いかけた。
捕まえる必要はない。
後ろをついて回るだけで喜んだ。
頃合いを見計らって背中をとんと手で軽く押す。
「やーん、負けたぁ。」
女の子は当てた手に抱きついて笑う。
「やっと捕まえたんですよ。」
そう言うと満開に顔をほころばせた。
「私のチョコレート。だぁいすき。」
「光栄です。」
一目見るなり肌の色をチョコレートだと言って喜んだ。
初めてだった。
大概は洗ってこいと言われるのに。
背伸びして手を広げていたので、抱っこをしてあげようとかがむ。
「たかーい。」
歳の割には背が高い。
腕の中で小さなお姫様がはしゃいでいた。
「マックスより高いよー。」
「そうですね。」
お姫様は低くなったマックスの頭を撫でた。
マックスは大人しい。
お姫様の言葉になんでもはいはいと笑顔で頷いて小まめに世話をしてやっている。
「すごーい。」
もう少し高くなろうと肩に登りたがって首に小さな手が巻き付く。
危ないからと手をのけて、少しでも高くなるように胸の辺りまで抱え直す。
「きゃあ、楽しい。チョコ、だぁいすき。」
少しだけ高くなった位置から頬にキスを。
「光栄です。」
顔を見て微笑む。
「ん、」
唇に柔らかいキスを。
驚いて仰け反った。
「い、いけませんよ。それは大人になるまでだめです。」
きょとんと不思議そうにしていた。
思わず側に立つマックスへ顔を向けると、マックスは顔を両手で覆って縮こまっていた。
「そうなの?」
「そうです。将来の旦那様に取っとかなくてはいけません。」
「えー?いっぱいしちゃったぁ。」
「え、誰と?」
心配で声が裏返る。
「じいじとー、マックスとー、お父様も。」
「…ああ、なんと、ああ。」
誰かだめだと言わなかったのか。
「お父上は良いとして他はいけません。とても。」
「そうなの?結婚式ごっこだよ?練習だいじでしょ?」
「ダメなものはダメです。唇のキスは将来の旦那様だけ。絶対ですよ?」
「すると喜ぶよ?」
ばっと勢いよく側にいたマックスに目を向けると顔を真っ赤にして、首をブンブン振っている。
「違うようですよ?」
「えー?そうなの?マックスいやだった?」
悲しそうに眉が下がる。
「光栄です。とても光栄ですが。頬っぺただけにしてください。」
「いやだったのぉ?」
うるうると涙を貯めて聞き返す。
「ぼ、僕はお嬢様の旦那様じゃないから。ダメなんですよ。泣かないで。お嬢様。」
「う、ふぇ、マックス、嫌だったんだぁ。ふぇぇん、ふぇぇん、」
大泣きし始めたので慌てて先生達のもとへ。
「わしは嬉しいがのぉ。」
先生はしわくちゃの顔をほころばせて、ぐずぐず泣くお嬢様を膝に抱えて頭を撫でている。
「ダメでしょうが!何考えてるんですか!?」
小さいのに筋肉まみれの丸いパウエルが怒っていた。
「うちの孫や娘なら叱ります!なんだって他の者に!」
「パウエル、やめろ。お嬢様が怖がってるぞ。」
もう一人の厳つい年寄りがパウエルをなだめた。
この剣幕に話しかけられるのは同僚のドルしかいない。
年下で見習いの俺とマックスではかける言葉が出てこない。
この中で唯一、上司の先生は気にした様子もなくニコニコとお嬢様だけを気にかけている。
「お前はいいのかよ!?」
「そういうことじゃなくて、そんな怒るとお嬢様が、」
「ダメなもんはダメだろうが!」
「うるっせぇわ!!ばかたれが!」
「はあ?!」
いがみあってごっと音をたててお互いの額をぶつけ合う。
「マックス、俺は二人揃ってるのをあまり見たことない。いつもこんなか?」
「はい。こんなです。しょっちゅうですよ。」
「そうか。」
気にした風のないマックスに尋ねると想定内の返事が返ってきた。
いない時もお互いの愚痴が多い。
それ以上に医術の腕を誉めるが。
俺はいつもどちらかについて回る。
あっちこっちと言われた方に付いていくだけだ。
「ふぇぇん、ふぇ!うわーん!」
二人の怒鳴り合いにまた大声で泣いた。
「だから言うたろうが!」
「お前も怒鳴ってんじゃねーかよ!くそが!!」
「よしよし、怖いですなぁ。あんなのは放っておけばよいのです。気にされるな、お嬢様。」
そんな中でものんびりと笑っていた。
「うわぁーん!もうじいじとだけするもん!みんなきらい!」
チュッと先生の頬に。
「おお!やったぁ。じいじ嬉しいのう。」
「なんでですかー!違うでしょ!」
「先生!だめです!ズルい!俺も可愛がりたいのに!」
「パウエル!お前の本音はそれか!」
「うるさいのう。そんなだからお嬢様に嫌われんじゃ。お嬢様はじいじだけじゃ。」
優しく頭を撫でて微笑みかけると、お嬢様も安心したように笑う。
「うん。絵本の王子様に全然似てないけどじいじだけでいい。」
パウエルとドルにそっぽを向く。
「先生も頬っぺたまでです。だめですよ。」
でれでれの先生に釘を刺す。
「じいじと結婚してないから?」
「そうです。本当の結婚式までいけません。将来の旦那様が悲しみます。」
「もうしたのはどうするの?」
先生のローブで鼻と涙を拭いている。
手持ちのガーゼを渡すが知らんぷりしてそっぽを向いた。
「忘れなさい。なかったことにしましょう。もうしなければいい。」
めんどくさくなってきた。
「はーい。」
ぽんと先生の膝から飛び降りて、マックスにしゃがめとねだった。
顔を赤らめて大人しくしゃがむと、首に抱きついた。
「これはいいよね?マックス、これも嫌いなの?ジネウラのこと嫌い?」
「い、え。こ、光栄です。ですけど。光栄ですけど。」
「よいよい。お嬢様は甘えん坊じゃから。ほ、ほ、」
すりすりとマックスの頬に顔を埋めてる。
助けを求めるような表情でマックスがこちらを見る。
「…悩みますが。…女性にならいいですけど。」
ため息をついた。
「ムスタファ、言うな。侍女も乳母もついていないから。」
話は聞いていた。
お母上を出産時に亡くされて、愛人が屋敷に住み着いて采配を振るっている。
あまり良い環境ではいらっしゃらない。
屋敷に住む専属医師の先生とマックスの側しか居場所がなかった。
この小さな女の子。
リトグリ公爵家の一人娘。
ジネウラ様だ。
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