上 下
2 / 39

2*アリオン~新しい主人~

しおりを挟む
こつ、こつ、と足音が聞こえて目が覚めた。

一人。

いや、二人。

……三人か?

強く踏みしめる堂々とした足音と残りの二つは小さくて軽い。

足音を控えている。

真っ暗なカビ臭い石壁の地下室で、血と汚物で汚れた石畳に寝かされた自分の耳に音が伝わってきた。

入り口には扉はない。

鎖に繋がれた私には必要がないから。

訪問者がここへたどり着く前に目を薄く開けて高窓から細く注がれる月明かりに目をならそうとした。

目が慣れて入口へ目を向けていたら思った通り、三人の訪問者。

先頭に立つのはこの牢屋の持ち主カナン・コルトナー伯爵。

細っこい男を二人連れている。

服装から見ると下級兵士と、男娼……?

なぜそんな者を連れている?

そして側で案内するのはここの拷問官。

何しに来たんだか。

じっと身動きせずに様子を伺う。

この五日間、そこの拷問官に手酷くやられて動けなかった。

ここに入れられたのも運が悪かった。

もとは騎士。

公爵家に代々仕える騎士だった。

もう主はいない。

一年前、主は国に対して反乱を起こした。

愚かにも王位簒奪を狙って。

どこから見つけたのか王家の血筋を担ぎ上げてその主軸となって。

国で戦争を起こした罪で公爵家は滅ぼされた。

私はその生き残り。

戦争にも参加しなかった。

今さらなぜここにと思うだろう。

戦争が起こる前に逃げたからだ。

代々仕えたからと主の愚行の巻き添えは冗談じゃないと思った。

あれだけ諌めたのに。

勝算も正義もない愚行だと。

最後は反対する私を捕らえて追随する他の家来と事を起こした。

反抗した私は怒りを買い、主から殺される前に逃げ出すしかなかった。

それでも止めたいと思って戦場へ追いかけても間に合わず制圧されたあとだった。

無念さにうち震えた。

しかし、代々仕えたからと言って黄泉まで付き合う気はなかった。

主の愚行の尻拭いも弔い合戦も私の選択肢にはない。

特に主として、もともと人を物としか思わない傲慢な人柄にうんざりしていた。

仕える主人として不足だった。

これも神の采配と思い、他国にでも逃げようと思ったのに。

街で偶然、この伯爵に顔を見咎められた。

背格好だけだがどうにも見覚えがあると声をかけられて、目深に被ったフードを外せと言われた。

常時、公爵に付き従っていた私を覚えていたのだ。

こちらもこの男がカナン伯爵だとひと目でわかり、彼の護衛に囲まれたその場は観念して拿捕された。

それからずっとこの牢屋で目的を吐けと拷問を受けている。

主への復讐を狙う悪漢として。

そうでなくても主の咎は私にもかかっている。

ばか正直に、主が死を幸いに他国へ逃亡するところと騎士の恥を言うわけにもいかず。

ただ宛もなくさ迷い、国家を揺るがすような悪心はないと訴えるしか出来なかった。

それも事実なのに信用は得られず、残党はどこだと毎日聞かれる。

そんなの知らん。

こっちは主と対立して殺されかけたのに。

いつまでもここでいたぶられて本当に自分の運の悪さを呪う。

「くさ、……カナン様ぁ、何ですかこれぇ?」

ヒラヒラした夜着の男娼がカナンにすり寄っている。

裾をたくしあげて汚れないように気を付けながら。

カナンの手には首根っこを掴んだ若い兵士。

見覚えがあった。

あの拿捕の日にもカナンの隣にいた。

珍しい濃い黒の持ち主だ。

整った顔とその色は下級兵士の甲冑を着て回りに埋もれていても逆に目立つ。

「うわっ」

急に首根っこを掴んでいた兵士を私の近くへ放り投げた。

転ぶことはなかったが、前のめりにたたらを踏んだ。

「口が固い。吐かせてみろ」

「僕に出来るはずないでしょう?」

「役に立て」

戸惑う兵士にそう言うだけであとは黙った。

仕方ないと兵士は諦めて拷問官にどうしたらいいか相談を始めた。

「カナン様がここにおられるなら先に掃除します。あまりにも相応しくありません。御身が汚れるのでまた後日」

頭を下げた拷問官に明日と答える。

兵士はカナンの許可を得てブラシと桶を取りに向かった。

「清拭もしないと」

兵士の言葉に拷問官はやめとけと返す。

「危険だ。そいつはまだ余力がある。側には寄るな」

「え?そうなの?」

「こいつの清拭は諦めろ」

「そうかぁ。でも、少しでもしとくよ。大もとを綺麗にしないと掃除の意味がないし」

二人の会話に隣の若い男娼がカナンの腕にしなだれてクスクスと笑う。

「カナン様、こわぁい。もういらないからって新しくこんな汚い仕事をさせなくても。かわいそぉ、ふふ、あっ、カナン様っ」 

気に入らなかったらしい。

腕の男娼を荒っぽく振り払った。

「邪魔だ。その図々しい態度の咎でお前もここで働くか?その男と並んでもいい。もうお前はいらん」

吐き捨てて牢屋を出ていく。

男娼は申し訳ありませんと必死で謝りながらあとを追いかけていった。

残った拷問官と兵士が牢屋の清掃を黙々と続けた。


**********

空が白み始めた頃、部屋の掃除は一段落ついた。

私に水をかけて汚れを流して、夏とは言え井戸から汲んだばかりの冷水に飛び上がり、濡れたままの体は寒さで少し震えた。

兵士が牢屋が綺麗になったからと寒がる私にボロいシーツをかけた。

水と血が布に染みていく。

大人しいから大丈夫と拷問官が止めるのに私の体を拭いた。

「ったく、この怖いもの知らずが」

呆れた拷問官に、そんなことないよと軽く答えると私の頭の水気を丁寧にぬぐう。

世話をされているのに暴れるつもりはない。

「あの若いの、今回はどのくらい続くかな?」

「さあ?カナン様は気まぐれだから。どうだろうねぇ」

「お前は本当に気にしねぇな」

ニヤニヤ笑う拷問官に兵士は薄く笑みを浮かべて淡々と相手している。

「カナン様はお前を俺にくれるのかなぁ?拷問官に育てろってことか?」

「何も仰ってなかったよ。でもその時はよろしく。そのベンチ、運ぶの手伝ってくれない?床濡れてるから」

側に置いてうつ伏せに寝かされた。

仰向けには眠れない。

背中が鞭のあとで痛かった。

「こんなにボロボロなのに、なんか危険あるの?」

「三人の拷問官がこいつの抵抗でやられた。一人死んだ。その体格ならこのくらいまだ動ける。寄りたくねぇ」

離れて鞭で叩くくらいしか出来ねぇ、と苦々しく呟く。

「えー、こわぁ」

そう言いながらも兵士は態度を変えずに世話のために私の側を離れなかった。

馬鹿なのか、この男は。

拷問官は適切な距離から槍を私の急所に当て用心している。

私も拷問官に賛成だ。

無気力なだけで動ける。

隣のこの凡庸な若い兵士の首を折るのも簡単だ。

ついでに槍を構えた拷問官も。

ただこいつらが鍵を持っていないから大人しくしてる。

足は床に短く繋がれて両手も鎖に封じられている。

用心深いこの拷問官は必ず鍵を鎖の届かない入口にかけて見せびらかす。

何かこの拷問官の油断を待つが機会がなかなか回ってこない。

「もういいだろ?終われよ」

分かったと兵士が濡れたシーツを丸めて立ち上がる。

「あとは夜だな」

「そうだけど、どうやって吐かせろってんだろ?」

「お前も鞭の練習するか?」

入口へ向かいながら二人の会話に耳を傾けた。

あの黒い男、拷問官より細い腕を思い出して今夜は楽な拷問になりそうだと頬が緩んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺をハーレムに組み込むな!!!!〜モテモテハーレムの勇者様が平凡ゴリラの俺に惚れているとか冗談だろ?〜

嶋紀之/サークル「黒薔薇。」
BL
無自覚モテモテ勇者×平凡地味顔ゴリラ系男子の、コメディー要素強めなラブコメBLのつもり。 勇者ユウリと共に旅する仲間の一人である青年、アレクには悩みがあった。それは自分を除くパーティーメンバーが勇者にベタ惚れかつ、鈍感な勇者がさっぱりそれに気づいていないことだ。イケメン勇者が女の子にチヤホヤされているさまは、相手がイケメンすぎて嫉妬の対象でこそないものの、モテない男子にとっては目に毒なのである。 しかしある日、アレクはユウリに二人きりで呼び出され、告白されてしまい……!? たまには健全な全年齢向けBLを書いてみたくてできた話です。一応、付き合い出す前の両片思いカップルコメディー仕立て……のつもり。他の仲間たちが勇者に言い寄る描写があります。

可愛い男の子が実はタチだった件について。

桜子あんこ
BL
イケメンで女にモテる男、裕也(ゆうや)と可愛くて男にモテる、凛(りん)が付き合い始め、裕也は自分が抱く側かと思っていた。 可愛いS攻め×快楽に弱い男前受け

チート魔王はつまらない。

碧月 晶
BL
お人好し真面目勇者×やる気皆無のチート魔王 ─────────── ~あらすじ~ 優秀過ぎて毎日をつまらなく生きてきた雨(アメ)は卒業を目前に控えた高校三年の冬、突然異世界に召喚された。 その世界は勇者、魔王、魔法、魔族に魔物やモンスターが普通に存在する異世界ファンタジーRPGっぽい要素が盛り沢山な世界だった。 そんな世界にやって来たアメは、実は自分は数十年前勇者に敗れた先代魔王の息子だと聞かされる。 しかし取りあえず魔王になってみたものの、アメのつまらない日常は変わらなかった。 そんな日々を送っていたある日、やって来た勇者がアメに言った言葉とは──? ─────────── 何だかんだで様々な事件(クエスト)をチートな魔王の力で(ちょいちょい腹黒もはさみながら)勇者と攻略していくお話(*´▽`*) 最終的にいちゃいちゃゴールデンコンビ?いやカップルにしたいなと思ってます( ´艸`) ※BLove様でも掲載中の作品です。 ※感想、質問大歓迎です!!

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

君が好き過ぎてレイプした

眠りん
BL
 ぼくは大柄で力は強いけれど、かなりの小心者です。好きな人に告白なんて絶対出来ません。  放課後の教室で……ぼくの好きな湊也君が一人、席に座って眠っていました。  これはチャンスです。  目隠しをして、体を押え付ければ小柄な湊也君は抵抗出来ません。  どうせ恋人同士になんてなれません。  この先の長い人生、君の隣にいられないのなら、たった一度少しの時間でいい。君とセックスがしたいのです。  それで君への恋心は忘れます。  でも、翌日湊也君がぼくを呼び出しました。犯人がぼくだとバレてしまったのでしょうか?  不安に思いましたが、そんな事はありませんでした。 「犯人が誰か分からないんだ。ねぇ、柚月。しばらく俺と一緒にいて。俺の事守ってよ」  ぼくはガタイが良いだけで弱い人間です。小心者だし、人を守るなんて出来ません。  その時、湊也君が衝撃発言をしました。 「柚月の事……本当はずっと好きだったから」  なんと告白されたのです。  ぼくと湊也君は両思いだったのです。  このままレイプ事件の事はなかった事にしたいと思います。 ※誤字脱字があったらすみません

ヤンデレ蠱毒

まいど
BL
王道学園の生徒会が全員ヤンデレ。四面楚歌ならぬ四面ヤンデレの今頼れるのは幼馴染しかいない!幼馴染は普通に見えるが…………?

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

イケメンに惚れられた俺の話

モブです(病み期)
BL
歌うことが好きな俺三嶋裕人(みしまゆうと)は、匿名動画投稿サイトでユートとして活躍していた。 こんな俺を芸能事務所のお偉いさんがみつけてくれて俺はさらに活動の幅がひろがった。 そんなある日、最近人気の歌い手である大斗(だいと)とユニットを組んでみないかと社長に言われる。 どんなやつかと思い、会ってみると……

処理中です...