上 下
310 / 315

影渡り

しおりを挟む
消えた色魔のあとをエヴは睨み続け、側にいたヤン達が気遣うように視線を送る。
「エヴは知っていたのか?」
だからこの二日間、悩んでいた。
魔導師長は何も言わないが目を輝かせ顔に喜色が浮かぶ。
気を失っていた陛下に声をかけて、目を覚ますが青ざめているのは変わらない。
「どけ、カリッド」
私の支えから逃げてご自身の足で立ち尽くす。
「だめだ、こんな方法は許されない。絶対、反対だ!触るな!」
取り乱す陛下を宥めようと近衛隊長と魔導師長が寄るが、後ろに下がって逃げていく。
死んでいいと叫ぶ。
そんなことをしてまで生きなくていいと。
「カリッドの番とそんなこと、」
「うるさい!ぐずるな!」
次の瞬間エヴが叫んだ。
「皆が必死なのにいつまでもぐだぐたと!」
強い魔圧。
全員、圧に押されて足が下がる。
「そんなことって何よ?こっちだって望んでない。自分だけ可哀想なつもりで信じらんない。可哀想なのは陛下じゃないでしょう」
この根性しと小さく呟くと影にとぷんと沈んだ。
「エヴ!待て!」
また本性を出して言いたい放題か!
追いかけて影にすがったが跡形もない。
「……ううーん、ここが一番緩めてはいるが、まだ私の護符を乗り越えるのか。色魔殿もレディも規格外過ぎる」
「陛下、主が申し訳ありません。王宮内の捜索の許可を」
ヤンの言葉に尻餅をついた陛下が茫然としたまま頷いた。
まあ待てと魔導師長がヤン達を止めた。
また前回と同様に虫の使い魔が裾から大量に。
何度見ても気持ち悪い。
また尻尾が団子だ。
「私もお手伝いします」
近衛隊長が手から蝶や鳥をいくつか作るとそれが飛び立つ。
「ラウル、君も」
術式ではない使い魔の創成はラウルには苦手らしい。
近衛隊長と魔導師長に教わっていくつか虫を作る。
「蜂?ハエか?」
「……蜂です」
「不細工だな。まあ、ギリギリ熊蜂には見えるけど」
ふよふよと頼りなげに飛ぶ太めの蜂を見て魔導師長が首を捻って呟く。
「魔導師長、言い過ぎですよ。ラウル、慣れたらもう少し形が整いますからね?」
「……どうも」
黒ウィッカーの最上位とハイエルフに比べたらラウルも子供扱い。
ふて腐れるが仕方ないとため息をついていた。
「カリッド、君は鼻を使え」
ぽいっと魔導師長から渡された物を見ると輪っかのククノチ。
するんと手首に絡んだ。
「私達は王宮内を探す。先に外を頼むよ。連絡はククノチによろしく」
「分かった」
「ここにいないならクレインだね。ラウル、あとで連絡を頼むよ」
「はい」
ヤンとダリウスには見つけたら迎えにいけと指示を出した。
彼らを置いて私は割れた大きな窓から中庭へ走った。
影渡りをされるとそこで匂いが途切れて探すのは不利だ。
唯一の救いは行ったところ繋がりがあるものの影にしか飛べないこと。
王宮の中庭ならあそこくらいしか足を踏み入れたことはないはず。
まっすぐにワイバーンの厩舎へ。
数人がかりで開ける扉だが、私なら一人で問題ない。
がらがらと重たい引き戸を押した。
「ぐうう?」
中から鳴き声がする。
「マルクス、エヴを探している。ここにいるか?」
問い掛けるとすぐにそっぽを向いた。
また羽根を広げて何か隠している。
「出てこい。ここで私とマルクス達の取っ組み合いを見たいか?」
庇って立ち塞がるのでそう問い掛けた。
負けるつもりはない。
怪我をするのは確実にこいつらだ。
「……はい」
羽根の下から小さな返事が聞こえた。
「……います。ひっく、ぐず、」
ぎゃうぎゃうと鳴くマルクス達にエヴが違うと答えた。
「団長じゃないよ。誰も悪くない。ママは困って泣いてるだけ。ひっく、」
手首に巻き付いたククノチからおうおうと木霊のような風鳴り。
「魔導師長に伝えたか?」
返事に音が鳴るが話が分からない。
仕方ないがやはり困る。
「エヴ、皆が心配してる。戻るぞ」
「……戻るけどまだ泣いてますもん。嫌です」
「分かった。待、つ」
とぷ、とまた沈む音が聞こえたから走ってエヴに飛びかかった。
「わー!」
「また逃げる気か!?」
どぶん、と私も影に落ちた。
「きゃ!尊き方!?番犬も!なんで!」
「モルガナ!しっ!」
こいつら、影で私のことを番犬呼ばわりしているわけか。
着いたのはエヴの部屋だ。
モルガナの影を渡ったらしい。
「やだやだー!ごめんなさいぃ!」
「何度も逃げるからだ!いい加減、」
どぶん、とまた闇に落ちる。
闇に紛れて逃げようとして。
バタバタ暴れるのを羽交い締めにした。
影から、べっと吐き出すように二人で転がり出た。
「今度はどこだ?」 
叩きつける轟音と川の音。
森のせせらぎ。月と星空。
エヴの腕を後ろ手に押さえたまま暗い辺りを見渡した。
昼間、エヴとマルクスが遊んでいた滝壺の辺りだ。
「うう、間違えてここに出ちゃった」
「どこに行こうとした?」
「……クレイン。……お父様かお母様のところ」
悩んでいたら集中力が途切れたそうだ。
「……行くなとは言わんが何か言って行け。二度も唐突に逃げるな。三度か?」
「さっきのは違うもん。お父様とデオルトさんがお化粧崩れたら人に見せちゃだめだって。だから直してから団長に会おうと」
「……馬鹿か?」
「む、何でですか?」
「易々と影渡りをするな。もし渡った先に知らない奴らがいたらどうする?影渡りをするのは魔族の上位種だ。自己紹介して回るのと変わらない。それに、せめて部屋に戻ると一言言うなら話も分かるのに」
こんな乱暴に押さえつけなかったとため息を吐きながら呟いた。
「どうせ馬鹿ですぅ、もう手を離してください。重いし痛い」
いつまでも上に乗って腕を捻っていた。
股がっていた足はどかすが、このまま置いてきぼりをされると困るので手は握って腰は抱き抱えたまま。
「団長、抱っこ」
「ん?」
「……抱っこがいいです。だめならいいです」
「していいなら」
子供返りかと思いまっすぐに抱き抱えた。
ご両親に会ってそうしてほしかったのかもしれない。
それで正解だったらしく腕を首に巻いてしがみついてきた。
あやすつもりで背中を撫でるとぐりぐりと肩に顔を埋める。
「鼻水をつけるなよ」
「はぁい、ぐずん」
いつまでもぐずぐず泣くので岩に腰かけて膝に乗せた。
尻尾を押し付けると握って離さない。
「ごめんなさい。もう嫌ですよね?嫌いになりますよね?」
「ならん」
「番だもん、嫌って言ったもん、他の人と、」
「焼きもちを焼くだけで嫌いにはならん」
「うそだぁ、絶対嫌いになるもん、うええっ、ふえ、うええん」
もう鼻水と涙で尻尾も私もぐちゃぐちゃだが、まあいいかとエヴを抱き締めた。
ついでに涎も。
「だ、だって、う、産みたくないぃ、あんな奴、嫌だぁ、あいつの子供だもん。ま、マルクスのお母さんがいいぃっ」
「陛下のお子ということになるのか?」
「違うぅ、あいつぅぅ、うええ、団長のがいい、尻尾ふさふさの赤ちゃんがいいぃ」
人狼は番を見つけてから獣化するから普通の赤ん坊として産まれるのだが。
「あ、赤ちゃん、可哀想で、嫌だぁ。私がこんな、き、嫌うから。私が、お母さん、なのに。あいつとは、ち、違うのに、二人?三人?そんなに、産まなきゃいけないの?!あああっ」
まだ産まれていない子供達のためにいつまでも泣いた。
産まれても可愛がれない、愛せない、子供達がどうなるのか。
自分はどうしたらいいのか。
エヴが心配するのは相変わらず人のためだ。
「やめる気はないのだろう?」
ブンブンと勢いよく頭を横に振る。
「へ、陛下を助けたいもん。す、スタンビートも嫌だ。あいつが、復活するのも。どっちも止めなきゃ」
意地の強さは分かっている。
今はめげて泣いているだけだ。
「でも、私、だ、団長の赤ちゃんがいい。ふえ、ひん、」
お耳と尻尾がふさふさの赤ちゃんがいい、ともう一度呟いた。
「大丈夫だ。私がずっと側にいる。子供達のことももちゃんと考えるから、終わればすぐに私のところへ来い。いや、終わってなくても私のものになればいい」
「だ、だって、もう無理だもん」
「何が?」
「へ、陛下のところに、お嫁に、お嫁さんになるんだもん、うええっ、」
「ならんぞ?」
「え?」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【R18】とあるあやしいバイトで美少年に撮影される

恋愛 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:20

婚約破棄の慰謝料を払ってもらいましょうか。その身体で!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:27,264pt お気に入り:262

危険な森で目指せ快適異世界生活!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7,128pt お気に入り:4,180

悪女と言われ婚約破棄されたので、自由な生活を満喫します

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:518pt お気に入り:2,321

【完結】姫将軍の政略結婚

恋愛 / 完結 24h.ポイント:241pt お気に入り:853

【R18】Hide and Seek

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:334

処理中です...