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期限

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ラウルとダリウスが湯あみの支度、羽根二人は部屋へ装いの支度へ戻った。
ヤンと私が警護に残る。
厩舎の中、エヴはのんびりと三頭のワイバーンに囲まれて彼らを枕にごろ寝だ。
特にマルクスがなついているようで丸めた身体にエヴを乗せて抱え込むのを他の二頭がマルクスの身体に頭や尻尾を乗せて三頭はとぐろを巻いて寝ている。
「ヤン、団長に話があるから外で見張ってて」
ヤンの眉をぴくりと動く。
「大事な話。私が呼ぶまで外にいて。いい?」
いつもの甘えを見せずに主としての態度。
エヴの硬い表情にヤンは逆らうことなく外へ向かい、扉を閉めた。
厩舎は天窓の隙間から入る明かりだけ。
薄暗い。
扉の側に立つ私の方へ身体を起こして座り直した。
「内緒話です」
エヴの手招きに黙って向かいに近づいて前で膝をついた。
だが、悩んだ様子で顔を伏せて口を開いたり頭を揺らすばかり。
「エヴ、二日前から悩んでいたことか?」
尋ねると苦しそうに顔を歪めて私の顔を見上げた。
「ゆっくりでいいから話せ」
そう言うのにまた顔を下げて肩に巻いた毛布をきつく抱き締めて、言葉を探していた。
マルクスと他の二頭がぐぅぐぅと唸ってうるさい。
「エヴ?」
「アモルのことでっ」
シルファヌスのことですと付け足した。
それで勢いがついたようで、アモルを陛下に会わせてほしいと早口で告げた。
色魔との謁見を望むだけで後は何も答えない。
「それだけの内容でお目通りを願えと?」
本来なら出来ない。
共闘したとは言え王宮に上位の魔人を招くなど。
色魔が何か知っていると言い張るだけではなくせめて何の話か通すべきだ。
「時間はどのくらい必要だ?」
「……半刻ほどあれば大丈夫です」
うつ向いて膝の上で忙しなく動くエヴの手を見れば本人の理解も伝わる。
「分かった。許可をとる。今回のマルクスの件と合わせて私から言えば通る」
陛下を頷かせる自信はある。
エヴはありがとうございますと小さく呟いて頭を下げた。
「警護に私の他に魔導師長とヤン達を置くなら。それなら陛下も納得される」
尋ねると顔が青白くなる。
他人の立ち会いが嫌なら難しい、と言いかけたところで、エヴはそれで構わないと答えた。
それでも悩んだ様子は変わらない。
何か隠しているが分からなかった。
話はそれだけかと尋ねると頷いた。
要件を終えたのなら外のヤンへ声をかけようと扉を振り返るとエヴに腕を取られて引き留められた。
「どうした?」
「団長、あの、あのね、番なら絶対嫌いにならないですよね?」
「またその話か?当然だ」
まだ信じられないのかと逆に驚いた。
「私は、いや、誰もエヴを嫌わない。三人もクレインのご家族も。移り気な淫魔のトリスとモルガナでさえエヴを慕っている」
そう言って見つめるとと不安げな様子は変わらない。
「嫌っても仕方な、わっ」
ぶほぉっといきなり強まったマルクスの鼻息に飛ばされかけたエヴを支えた。
「マルクス、お前は本当に気を付けろ」
怪我してるのにと叱るとぶふ、ぶふ、と小さく鼻を鳴らして申し訳なさそうに顔を背けた。
「痛くないか?」
「ラウルの痛み止と魔導師長のお薬がよく効いてるから平気です」
「それならいい。あとで魔導師長に診てもらうぞ。骨がずれていたら心配だ」
「大丈夫です。顔から転んでもずれないし痛みもないって二人からお墨付きもらってますもん」
抱き締めた腕の中でごそごそと動いた。
起き上がると思ったら、そのまま腕が私の背中に回す。
胸に顔を当てて。
緊張してしまいギクシャクする。
怖くないだろうか、嫌じゃないだろうか。
色んなことがよぎってしまい、抱き締め返していいのか手がふらふらとさ迷う。
「抱っこしてくれないんですか?やっぱりだめ?」
胸に顔を押し付けてくぐもった声が聞こえた。
「団長がいいです」
子供のような仕草にジェラルド伯の代わりかとも思えた。
エヴの言葉に真意は分からない。
だけどエヴのなついた様子に私も安心して背中に手を伸ばし柔らかく抱き締め返した。
「エヴ様、よろしいですか?」
ラウルの迎えに厩舎の扉がノックが鳴った。
横抱きに持ち上げるとワイバーン達が寂しがって邪魔をして先に進めない。
エヴがまた来ると何度も約束してやっと渋々諦めた。
「手のかかる」
呆れて厩舎で名残惜しそうに私達を見つめると三頭に呟くとワイバーンの世話を担当するカールやオキシス達が勢揃いで謝罪している。
「愛し子の姫、いつでもお越しください」
カール達の言葉にエヴが頷くとラウルがだめだと口を挟んだ。
「エヴ様、だめですよ。また引き剥がすのに大変じゃないですか」
ラウルの苦言にワイバーン達がぎゃうぎゃうと抗議に鳴いた。
「お前ら、ふざけんなよ!怪我をしてるエヴ様を好き勝手振り回しやがって!嫌ならもっと行儀よくしろよな!?エヴ様がどんなに望んでも連れてきてやらねぇ!分かったか?!」
「……きゅーん」
「言葉が分かるならこっちの都合も理解しろっての!」
ふんっと大きく鼻を鳴らして腕を組んで三頭の前に立っている。
ここで一番の小柄なのに態度の大きさは一番だ。
「運ぶのを代われ。陛下のもとに行く」
そう言って側のラウルへ渡そうとすると、ヤンが手を出してエヴを受け取った。
次はヤンだったか。
三人が交代で運ぶ。
その場は別れて陛下のもとへ向かった。
使用人に仕事中の陛下へお目通りを頼んで、返答をいただくまで執務室近くの応接室で待機するように告げられる。
案内は不要だからと断ってひとり応接室に向かっていると前から魔導師長が手を振っていた。
「やあ、カリッド。すごい騒動だったね。レディが竜の愛し子だとは思わなかったよ」
「魔導師長、ここで何をされているんですか?」
「近衛があんなだからね。今日の護衛は私だ」
シグバドと交代で対応しているのは聞いていた。
陛下の側に使い魔を置いているから何かあれば駆けつけられる距離で待機していると言う。
「まだ回復しませんか?」
「ああ、外せばいいってものでもない。君やシグバドみたいに精神が丈夫なわけじゃないんだから」
汚染にかかった近衛と使用人の大半がまだ寝込んでいる。
意識が覚醒しない者、身体と思考の動きがちぐはぐな者。
魔術師団の者達が総出で治療に当たっていた。
「王宮の護符もいくつか壊れているしね」
「修復はかかりますか?」
「大まかな所はすんだよ。あとは隙間だけ。こういうところ」
短い詠唱をしながら壁に手をかざすと網の細かい模様が浮かぶ。
もう一度、詠唱すると模様が延びて柄の色が濃くなった。
「ここはよし。それで君は何しに来たの?レディの側を離れてまで」
護衛に魔導師長の協力がいる。
先程のエヴの話を伝えた。
「色魔殿に聞いてくれてんだ。助かるね」
こいつの差し金かと思うと目付きが剣呑になる。
「そう怒るな」
「……エヴを利用するな」
「頼んだだけだよ。封印について。能力の上がった今ならレディから念話を送れる」
もう帰っていいよと手を振られた。
「私から話をしておく。もとは私が頼んだことだから。君はレディの側にいるといい」
「おい、」
「邪魔だよ。早く戻ったら?」
背を向けて執務室へと入っていった
言いようにされるのは嫌いだ。
すぐに追いかけて執務室をノックして中へ入る。
「カリッド、邪魔を、」
「警護について私の意見も聞くべきでしょう?」
嫌そうに睨む魔導師長に言い返したら、陛下はその通りだなと手招きをした。
エヴの話を魔導師長が伝えると陛下はため息を吐いた。
「まだ諦めるのは早計です。封印について詳しくは解れば強固にすることも可能ですから」
「分かった。だが、シモン。私の延命はこれを最後にしなさい。これで諦めがついたら息子と父に託す方向で考え直せ。カリッドも。君達の助力がなければ傍流の者が台頭する危険がある。国を荒らすことは望みではない」
「そう仰るなら大公に譲るのは避けるべきかと。ご家族がおられますから」
妹可愛さに盲目的なあの方と勝手気ままな妹御。
その妹御とパティ公爵の間に出来た長男はかなりの野心家だ。
今は宰相のパティ公爵が押さえているが信用ならない。
陛下もそれに思い当たり眉をひそめて考え込む。
「身内が一番信用ならないのは考えものだなぁ。……はあ。どうにか私の死後も押さえる手だてを考えねば」
「陛下はいい加減になさいませ。ご自身の死ぬことばかり」
業を煮やした魔導師長が机に手をついて憤る。
「なぜそう諦めようとなさる。まだ手はあるはずです」
「今はない。なら先にこの事案に対して対策をたてるべきだ。お前にもそのつもりで動いてほしいのだが」
「出来ません。まだたった一週間過ぎただけです。早計です」
「急がねばいつ来ると分からないスタンビートかあれの復活だ。王宮のみならず王都は滅びるぞ。出来るならすぐにここを出たい」
いつそれが来るのか答えろと激しく詰問されて魔導師長も答えはなく黙りこんだ。
「危ういのは今度の新月だろう。魔族の力が強まる。それまでに器の私ごと封印するべきだ。後継者の他に封印の方法の模索と場所の選定。やることが多い。邪魔をされては困る」
そこまで考えての決断だと解れば魔導師長も私も反論の余地はない。
「ロザリオにすぐ息子の後見人として話を通したいのに、あちらからの返答がまだない。事が起きるまでに戻ってくれればいいが。代わりに母上を呼び戻している。手紙を受け取ってこちらへ向かっているはずだ。私を封印する前に色々と託さねば」
どちらかの戻りが早いかと思案する。
「自身の封印について色魔の助言がほしい。クレインの姫にすぐ会わせてほしいと伝えてくれ。いつでも構わん」
不機嫌な魔導師長がその場で鳥を飛ばし、しばらくするとまた違う鳥が戻ってきた。
陛下の前に乗ってしゅわっと消えた。
「あちらはすぐにでも構わないらしい」
警護の打ち合わせを済ませるとすぐに手元の呼び鈴を鳴らしてデオルトを呼んだ。
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