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ワイバーン

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ヤンとラウルはクレインとの連絡で席を外している。
羽根の二人は王宮内を動くならふさわしい格好にとデオルトの勧めで新しく作った装いへ変えるため着替えに行っている。
それと王宮でのマナーを学ぶため。
二人とも下地は悪くないが、まだつけば焼き場で貴族や王家に対しての知識は浅い。
せっかく滞在するならと話が決まった。
今、側にいるのはダリウスと自分だけだ。
私達の先頭に案内のメイド。
ダリウスがエヴを横に抱えてその隣を私も歩く。
着いたのは新しい部屋。
状態が落ち着いたので陛下の寝室からここへ移動となった。
「陛下のお心遣いだ。エヴがワイバーンを好きだと聞いてワイバーンの演習が見えるこの部屋を勧めてくれた」
興味を持ったエヴがバルコニーへと向かいすぐに外を眺めた。
覚束ないが、短い距離ならもう抱えなくても自分で歩けるほど回復した。
その間にダリウスがメイドに部屋の説明を受けている。
私はバルコニーから演習を眺めるエヴの後ろ姿を見つめた。
あれから一週間たつ。
トリス達のおかげて明るさを取り戻していたように思えたのにまた二日前から顔色が悪く塞ぎこんでいる。
前日はにこやかだったのに次の日起きたら急にだ。
じっと考え込んで口数も驚くほど減った。
私達から距離を置いて近寄られるのを嫌がる。
トリス達も心配で私やヤン達へ相談していた。
「団長、マルクスがいます」
「そうか」
こちらを振り向かずに演習を眺めている。
後ろ姿の気配と発した声には無邪気さや夢中な様子はなく、淡々としていた。
ただ、起きたことを報告しているだけだ。
二日前と比べてエヴらしくない。
急激な変化を訝しみ、眉間にシワを寄せて考えた。
「なんだか、揉めてるみたいです。マルクスがイヤイヤしてます」
「ん?」
珍しい。
マルクスが一番の古株で賢く大人しいとカールから聞いていた。
私もバルコニーに近寄って演習を覗いた。
確かにエヴの言う通り。
丸く座り込んで他の2頭とは違う動きをしている。
回りにも人が集まってマルクスを宥めているようだった。
背中に乗ったカールが諦めたらしく降りて顔の側で話しかけていた。
すると、地べたにべったり張り付いていたマルクスが鎌首を上げてこちらを見た。
太くて長い鱗の尻尾をどうん、どうん、と地面に叩きつけて、ここまで聞こえそうなほどだった。
「具合悪いのかなぁ」
無気力だったエヴが心配そうに呟いた。
「さあな。あとで寄ってみるか?」
「はい。行っていいなら」
「魔導師長と陛下に聞いておく」
後ろからノックが聞こえたので応対に足を向けた。
「俺が出ますよ」
「いい。そちらの説明を聞いておけ」
ダリウスと案内のメイドが私の動きに声をかけたが構わないと返した。
メイドがお茶を届けに来たと告げた。
説明を終えたダリウスを手招きする。
「機嫌が悪い」
「団長がですか?」
「いや、エヴだ」 
「たまになります」
「初めて見た」
「…年に一回くらいですかね。今回は長いです」
「心配だ」
「俺達も同じです」
へにゃっと眉が下がり首をかしげて見せる。
「あとでワイバーンを見に行くかもしれん。行きたいと行ってたから陛下と魔導師長に頼みに行く」
ダリウスがちらっとテーブルにお茶の支度をするメイドを見て軽く頭を揺らした。
「そうですね。団長からの方が話が早い」
察しがいい。
メイドに言伝てを頼むより私から聞いた方が確実に許可が降りる。
「ありがとうございます。気晴らしですね」
「なればいいが」
「それと魔導師長へはラウルの鳥でいいかと思いますが、どうでしょう?」
「そうだな。そうさせてもらう」
ヤン達が戻れば陛下のもとへ行くと決めて何気なく部屋と支度の進んだテーブルを見た。
要警護の下見は癖だ。
実際、エヴには必要なのだが。
必要性からダリウスにも教えてメイドがバルコニーのエヴへお茶の知らせをしていた。
それと外からぎゃうぎゃうという鳴き声と大きなバサバサと羽ばたきの音。
どちらも王宮の奥で聞き慣れたそれに油断した。
「きゃああああ!」
どん、と揺れる衝撃。甲高い悲鳴。
ダリウスと二人、抜刀して振り向くとバルコニーにしがみつくワイバーンがいた。
「ぎゃぁーう、ぎゃーう」
ぱくん、と目の前に立つエヴを口に含んですぐに飛び立った。
ずっとメイドの悲鳴が部屋に響いてる。
私もダリウスも。
エヴが食べられて拐われたのに。
鳥の魔獣に続いて二回目。
それを見て固まってしまった。
慌てて二人揃ってバルコニーへ走って身を乗り出したが遥か彼方だ。
よく見れば背中に騎手がいない。
「ワイバーンは肉食でしたか?」
「違う。肉は食わん」
思っていたよりダリウスが呑気だ。
ガラス片の治療がすんであとは傷が塞がるのを待つだけだから守護の紋が戻っている。
あれくらいで怪我の心配はない。
それに遠目だったが、ワイバーンの大きく開けた口の中でエヴが動いていたのが見えた。
「追いかけるのにワイバーンをお借りできますかね?」
「だめだと言ったら奪う」
「同感です」
納刀し、キンッと強化をかけたらバルコニーを飛び降りた。
三階の高さ。
強化があれば平気だ。
どっと地面に着くと隣にもダリウスが飛び降りていた。
すぐに駆け出して中庭を抜けて混乱に陥っている演習場に到着し、残ったワイバーンを貸せと大声を出せばカールが号泣しながら謝っていた。
「申し訳ありませんんんん!マルクスをおおお!マルクスを殺さないでぐだざいいいい!」
「いいから一頭、貸せ!見失う!」
さっきまで演習してたのだ。
まだ鞍はついたまま。
カールも一緒にすぐさまマルクスの飛んだ方向へ向かった。
乗ってる間、騎手のオキシスも謝ってカールと共にマルクスの命乞いをしていた。
「やかましい。もういい。それより下を見ていろ。探せ」
「な、涙で見えないいい」
「泣き止め」
「はいぃ、マルクスゥ、なんでだよぉぉ、なんでぇ」
王宮周辺の街を抜けて森まで来た。
まさかどこか方向転換しているのかと不安になる。
四人で方々を見て回ると絶壁とカーテンのように横に広がる滝が見えた。
「ああ!見つけた!いたぁぁ!マルクスゥゥ!」
「エヴもいる」
絶壁の下。
上から落ちる滝。
木陰の隙間からマルクスと水辺で足を冷やして遊ぶエヴがいた。
側に降り立つとカールがマルクスに泣きながら抱きついた。
私もエヴに駆け寄る。
頭から全身びしょ濡れでマルクスの涎を洗ったらしい。
「…もうお迎え来ちゃった」
邪魔だったのか包帯を外して痛々しい顔の傷を晒していた。
エヴは岩に腰かけて、ちらっとこちらを見るとまた水に浸かった自分の足を見つめた。
滝の轟音にかき消されて皆には聞こえなかったようだ。
迎えに来たのに落ち込んでいる。
気落ちするエヴの様子を察して叱ることなく側にも寄らずにダリウスが黙って脱ぎ散らかした靴と包帯を拾っていた。
「王宮に帰りたくないのか?」
何故と問うとまだ下を向いたまま。
「悩みがあるんです」
何なのか聞くがいつまでも黙って答えない。
無理に聞き出すつもりもないのでこちらも黙る。
靴を履かせて服は来たままダリウスが裾を絞って水気をとり、洗った包帯を巻き直していた。
「そろそろ帰ろう。カールも泣き止んだ」
そう声をかけると頷いた。
後ろを向けばダリウスが黙ってエヴを見つめていた。
「申し訳ありませんでした!」
カールとオキシスが土下座をして謝るとエヴは楽しかったからいいですよと答えた。
「マルクスは遊びに行こうって誘ってくれただけなんですよ。私も簡単にいいよって答えちゃってすいません」
ダリウスから靴を受け取って履くとよたよたと歩きづらい川原を歩きながらマルクスに近寄る。
ダリウスと私で手を貸そうと近寄るとマルクスが私達の間に尻尾を入れて邪魔をした。
ぐうぅと唸って首を曲げて、額と鼻先でエヴが背中を登るのを手伝った。
ダリウスが続けて近寄るのにごそごそと横を向いたりまた尻尾を間に挟んだりと。
振り向いてカールとオキシスの前に立つ。
「会話出来るんだったな?マルクスは何と言っている?なぜ連れ出した?」
「な、なついてます!バルコニーに飛んだのも撫でられたかったと言ってます!すごく、すごく気に入ったと喜んで!お、お姫様は多分、いや、絶対に竜の愛し子です!」
「竜の愛し子とはあんなに可愛がられるものなのか?全ての竜にか?」
ただ竜に好かれるとしか知らない。どういうことか知りたかった。
「えと、愛し子は、竜種に好かれやすいってだけです。りゅ、竜達にも好みがあって個体差があるんですけど、マルクスは甘えん坊で、あの、お姫様を、なんと言うか、母親と思ってます」
「母親」
「は、はい!」
マルクスの説明にエヴ達へ顔を向けた。
まだマルクスの尻尾に邪魔されて背中に乗れないダリウスと、一生懸命長い首を曲げてエヴに顔を寄せるマルクス。
甘えっぷりは言われてみれば。
「……母親」
唖然としながらそう呟いた。
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