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出立

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次は自分の支度だ。
王宮内をうろつくつもりなので中級貴族のシャツとジャケットだ。
王宮に不釣り合いな姿を遠目から見咎められたら近衛に通報される。
私の甲冑や公爵家の装いも悪目立ちする。
ベアードとジェラルド伯の物を借りて女達が急いで身幅を私に合わせて繕った。
エドは身支度を手伝いながら眉をひそめる。
「獣化したままですか?」
「その方が鼻が利く。人化すれば服が緩むだけですむ」
逆に人型から獣化すると服が破ける。
ブカブカの服装でうろつく方が目立つ。
「それにパッと見には王宮に勤める私の一族だ」
だから顔見知りのあいつらが好んで着る色に合わせた。
巻き添えは悪いが番が絡んでると知れば当然と納得するだろう。
肌の上から直に革の胴当てを着けて心臓の辺りに護符を挟む。
必ず使えとベアードに言われたからだ。
準備は大事だからと。
近衛隊長も強いのでしょうと気にかけていた。
私とどちらが強いかクレインまで噂が流れている。
私も分からない。
手合わせしたことはない。
近衛隊長のシグバドは陛下の近衛として常時お側について鍛練や御前試合で私達の団と相容れることは今までなかった。
「近衛隊長が洗脳の魔法が使えるなんて知りませんでした」
「秘匿していたのだろう。陛下と宰相辺りは把握していておかしくない」
「他にも何かありそうですね」
「ああ、そうだな。近衛隊長だけならいいが、他の奴らも何か隠していそうだ」
そうなるとやはり近衛と対峙するのは難しい。
こちらは戦闘を避けるつもりだが、どうなるか分からない。
昼を過ぎた頃カールからの伝言で、いつでも飛べますと報告に来た。
すぐの出立を決めた。
ジェラルド伯と打ち合わせをするヤン達にも連絡して中庭へ。
先に着いたら地面に伏せたカールの隣でワイバーンがぐるぐると唸っていた。
「本当に飛べるのか?」
「ええ、大丈夫です。機嫌がいいので」
「機嫌?」
「生き物ですから人間のようにはいきません。さっきは疲れもあって拗ねていたんです。でも今は事情を聞いてやる気になりました」
鼻先を撫でられてワイバーンもその手にグリグリと押し返す。
力強く押し返されるのに笑顔でよろけるカールを見て側に控えていたエドとスミスの顔をひきつる。
気持ちは分かる。
頭だけで大柄な私達を合わせたよりもデカイ。
口を開ければ簡単に丸飲みになる。
普段扱う大型より一回り大きい。
大人しい草食と分かっていても緊張するのだろう。
「ぐるるるぅ」
「よーしよし、いい子だねぇ、マルクス、また王宮まで頼むね」
了承したようにふんふんと鼻息を飛ばして勢いにカールが後ろに押される。
「マルクスも陛下とお姫様が心配だと言ってます。すぐに向かいたいと」
「さすがですね」
甘えたように鳴くワイバーンを可愛がる姿に感心したエドの誉め言葉はカールに届いていない。
代わりにワイバーンに届いたらしく、縦長にふよふよ動く虹彩の丸い目を私達に向けてご機嫌な様子で瞬きをした。
金と水色と緑が混ざったマルクスの瞳。
エヴの瞳に似ている。
間もなくジェラルド伯らもここへ集まった。
「お待たせしました」
最後にラウルが小さな鉢に入ったククノチを運んでワイバーンの目の前で最終の打ち合わせを続けていた私達のもとへ来る。
昨日の戦闘で小さくなったそうだ。
連れていってどうするのかと尋ねると、ククノチは魔導師長と繋がっているから城内で探すのに役立つと答えた。
「呪符をつけられていたが、それでも大丈夫か?」
「多少は影響しますが、ないよりましです」
ククノチも何かおうおうと話をするが手のひらほどの鉢のサイズになってしまい、ただでさえ聞き取りづらい言葉が余計分からなくなった。
「ラウルは分かるか?」
「少しだけですね。え、何?…ああ、それなら助かるよ、よろしく」
おうおうとククノチが答えるとラウルの手首にくるんと巻き付いて、腕輪に変形したらそれを袖の下に隠してしまった。
「ククノチは主を助けてほしいと願っています」
「魔導師長に何かあればククノチにも影響があるからな」
通常、魔力を供給する主を亡くすと使い魔は消える。
使い魔としての忠誠心もあるだろうが、取引があるからというつもりで返した。
「魔導師長はククノチが大事みたいですよ。根から栄養と魔素を取り込めるように改良してある。主を亡くしてもククノチは生きます。難しいしすごい手間がかかるのに」
ラウルが手首を撫でながら答えた。
するとククノチの返答があったらしく手首を耳に当てる。
「……へえ、そう。意外とあの人は考えてるんだ」
「何と言っている?」
「さすがにあと100年もすれば寿命だから、そのあとはククノチを王家に託すそうです。魔導師長の死後は国の守れと教えられているって」
私もだが、それを聞いていたジェラルド伯らも目を丸くする。
「あの黒がか?」
ジェラルド伯の驚愕。
ラウルの袖の下から微かにごうごうと音が聞こえた。
いつもの笑い声だった。
驚かせたことが楽しいのかそれとも主が見直されたことが嬉しいのか。
気を取り直してお互いの話を擦り合わせた。
もうこれが最後だから。
エヴと奪取、陛下の安否確認、魔導師長は呪符を外すだけでいい。
見掛けさえ戻ればもとの扱いに戻るだろうということで落ち着いた。
状況次第だが、近衛達の戦闘を視野に入れて最悪の状態なら全員をグリーブスかクレインで保護する。
「後はないか?」
ヤン達にも問いかけた。
「今からの出立で王都にはいつ頃着くんですか?」
「夕方すぎ、いえ夜遅くですね。さすがに連続の飛行なので早さが出ません」
ヤンの問いにカールが答えた。
それを聞きながら静かに思考を続ける。
夜なら闇に紛れて都合がいいと思うのといつも以上の厳重な警護が予想出来る。
「下ろす場所の宛はあるか?夜なら私達を乗せてどこまで近寄れる?」
「いつもの発着場で平気です。夜なら同乗者が見えませんし、出迎えもないので。私が報告しなければただの帰還です」
「ダリウス達からは?」
首を横に振るのを確認した。
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