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拿捕

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「まずは陛下に確認をされたらいかがですか?」
二人の激しい火花に口を挟んだ。ジェラルド伯もその言葉に目を細めて怒気が落ち着く。
「出来ません」
「は?」
「中を改めさせないというなら陛下の暗殺の一味とみなします」
その言葉に目を見開いた。
近衛隊長を含めて彼らは殺気をまとい、隠しているが身構えた姿勢に変わる。
地位の高い私とジェラルド伯へのこの強硬な姿勢。
何かあるとは思った。
「たった今、襲われたということですね。陛下はご無事でしょうか?」
「貴殿らに伝えるつもりはありません。先に中を」
拳に力が入り、次第に全身の筋肉がみしみしと軋む。
同じように強い怒りを見せるジェラルド伯が私へ目配せをする。
先程とは違い、目に冷静さが浮かぶ。
扉からよけてジェラルド伯へ譲った。
ノブを回してエヴを呼んだ。
ジェラルド伯の腕を頼りに中から出てきた。
泣いたあとを見られるのが恥ずかしくて片手で顔を隠しながら。
「も、申し訳ありません。あの、か、顔」
「娘は具合の悪さから少々装いが乱れてしまって。あまりご覧にならないようにお願いします」
「見せてもらわねばなりません。失礼を」
「あっ、」
ぐいっと隠していた手を乱暴に引いて顔を晒した。
「近衛隊長!娘に軽々しく触るな!」
近衛隊長の手を私とジェラルド伯が握っていた。
私達の態度を無視してエヴの顔を冷たく見つめ、低い温度の視線にエヴはおどおどと縮こまる。
「…淫魔」
ぽつりと近衛隊長が呟いた。私達三人に聞こえた。私達二人は耐えてもエヴからひゅっと息を飲む声が。
「陛下を襲ったのはこの者だ!捕らえろ!」
「うわぁ!」
驚きに緩んだ私達の手からエヴを乱暴に引っ張り、側に控えた近衛達に放り投げた。
「待て!ふざけるな!うちの娘が何だと言うんだ!」
「クレイン伯、ここでの抵抗はお止めください。王宮内では私が上です」
近衛隊長と激しく争い、近衛隊長が何か詠唱をするとジェラルドの異変。
「く、」
呻いたと思ったら近衛隊長の胸ぐらから手を離した。
不審に感じたが私はエヴに気を取られていた。
「わ、わ!や、やめ、う、あうう、」
彼らが乱暴にエヴを捕まえて呪符の縄で捕縛した。
魔力封じの目隠しと猿轡も。
「お前達!手荒に扱うな!クレインの姫だぞ!黒獅子の!事情を尋ねたいと言うなら姫は抵抗はしない!扱いを改めろ!」
隊員らの中に割り込んで呪符に羽交い締めにされたエヴを奪い返そうと動いたのに、後ろから腕を捻られて驚いた。
「なぜですか?!ジェラルド伯!」
抵抗しようとするなら出来る。だが、なぜと意図が分からない。
「みぎゃあ!」
はっと猫の叫び声に目を向けたら、ヒムドが床にごろごろと身体を打ち付けながら転がった。
「王宮に獣を入れるなど許されません」
「ヒムド!」
近衛隊長が前に振り上げた姿勢の足。
ヒムドを蹴りあげたのかと腹が立った。
「お帰りください。クレイン伯」
げえげえっとえずいて大人しくなったヒムドをつまんでジェラルド伯へ押し付けた。
「う、う」
ジェラルド伯の絞り出す妙な声と頷きの気配が背後に感じる。
「ジェラルド伯!ジェラルド伯?!」
身をよじって顔を向けようとしたら首根っこを強く引かれて背中がのけ反った。
分からない。何のお考えかあるのか。
そのまま私を引きずるように通路へ。
時折、なぜかジェラルド伯は足をつんのめりながら。
なぜか微かに呻きながら。
おかしい。
何かおかしいのに分からない。
通路に出れば他の隊員らが待機していた。
事があれば乗り込むつもりだったのかもしれない。
視線を走らせてあまり動かない首を回して周囲を見渡すと、隊員らに挟まれた若い男。エヴと同じように目隠しと猿轡。捕らえられた魔導師長を見つけた。
「魔導師長!シモン・マグリット!おい!くそじじい!」
私の声に反応して、ぱっと顔が上げて、キョロキョロと私を探している。
すぐにぴょんぴょんと跳ねてここだと知らせようとしているのに、隊員に小突かれて転ばされていた。
「またこいつは魔導師長だと嘘をつくつもりだぞ、この」
続けて何度も小突かれて小さくなっていた。
若い見かけだから不審者と扱いをされたのか。
だが、デオルトか誰か歳のいった者なら分かるはずなのに。
そう思って、部隊の最年長は近衛隊長だと思い出した。
もう一人、側に分かる顔があった。
「デオルト!陛下はどうされた?!魔導師長がなぜ拿捕されたんだ?!」
お前が証言すれば良いだけなのに。
なぜだ。
こちらが問うのに黙ったままだ。
どろんと溶けたような目付きでいつもよりだらしない姿勢で立っていてぎょっとした。
暗い光のない目で私を見つめて口だけがモゴモゴと動いていた。
王宮に長年勤めたあの男が。
なぜこんなことに。
知りたくてじっとデオルトを見ていたら口が微かに開いた。
パク、パクとゆっくり。
震えて汗を流しながら。


(へいかおたすけお)



へいか お たすけろ 


強く頷くと口を閉じて、だらんと肩と背中が丸く脱力した。
そして微かに頭を下げた。
異常だ。
何かが起きた。
エヴの正体は今日陛下に話が届いたばかりなのに。
近衛隊長に淫魔と知られていきなりの捕縛。
魔導師長を不審者として拿捕されて。
正体が分からないとしながら、近衛は魔導師用の縄と口輪をはめていた。
エヴには淫魔の拿捕用の呪符を使っていた。
用意が良すぎる。
しかも後ろの異常な様子のデオルトが『へいかをたすけろ』と知らせる口パク。
 
陛下とエヴ、魔導師長。
三人が囚われた。
デオルトとジェラルド伯の異変。
近衛隊長と近衛部隊は何を狙っているんだ。
何をする気だ。
今ここで暴れて拐えるのは確実に一人か二人だ。
エヴだけ?陛下も?
だめだ。
二人を担いで逃げられるとしたらグリーブス家のみ。
たどり着いてどう動く?
陛下の誘拐の嫌疑をかけられて終わる可能性もある。
ジェラルド伯を残せない。
デオルトは?くそじじいは?
どれも切り捨てられない。
あのくそじじいもまだ陛下に必要な人間だ。
この異常を探るのに必要なものは何か。
痛いくらい頭を回転させる。
少しでも手がかりが欲しくて。
無理に身をよじってジェラルド伯の顔を見た。
汗をかいて真っ青だ。
ぜぇぜぇと苦しげなヒムドを掴み、私を締め上げている。
着いた先はワイバーンの厩舎。
付き添った近衛の男がクレインへ返せと指示を出している。
カールが私とジェラルド伯の様子に目を白黒させていた。
ワイバーンの背に乗せられ、月と星だけの少ない明かりの中、空高く飛び立つ。
「ら、ラウ、ル」
空が白む頃、後ろからジェラルド伯の掠れた声が聞こえて大きく頷いて見せた。
私も心の中であいつならと思っていた。

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