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近衛隊長

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ジェラルド伯のお声がかかるまでエヴを愛でるつもりだったが、隣から扉の開く音が聞こえた。
大人数の入室した気配。
ジェラルド伯の応対する声。
お互いに何か叱責のような鋭さがある。
エヴから視線を離して開け放してある扉を見つめた。
「お父様?」
胸に寄りかかっていたエヴも異変に気づいて顔を上げた。
「クレイン伯、そこを退かれよ。そこに隠した者を出していただこう!」
「陛下の許可をいただいて隣をお借りしていますが?」
「改めさせていただく」
娘がいるだけだと答えると会わせろと威圧的に。
「ここにいろ。いや、私が渡れと言ったらクレインへ帰れ」
「はい」
脅えたエヴを庇って部屋から顔を出した。
「…娘?その顔、耳も。獣化したと噂の、グリーブスのご次男ではないか」
「お久しぶりです。本日、ワイバーンで報告のために一時帰還です」
挨拶するが無表情さは変わらない。
何でもいいが、これのどこが娘だと冷たく言い放つ。
「物々しいですね」
「王宮内の警護は私の管轄ですから、口を挟むのはやめてもらいます。王都兵団の団長とは言え越権行為です」
いきなりの手厳しい物言いに苦笑した。
本当にこの男に嫌われたものだ。
まあいい、と後ろ手に扉を閉める。
「口を挟むなんてとんでもない。逆にこのような応対で何かあったのかと心配しただけですよ」
一人だけ上官のマントを羽織った男に笑みを返した。
私より年上の近衛隊長。
もと魔導師団員。
人族の見かけだが、魔力と魔法だけは先祖返りと持て囃されて魔導師団の上位に食い込んでいたらしい。
魔導師長並みの精神汚染に対しての耐性、魔法と剣の腕を買われてすぐに近衛に移籍して大公が陛下てあられた時代から仕えている。
名はシグバド・アールブ。
平民出でありながら近衛部隊に20年ほど勤めて隊長にまでのし上がった男。
「本日の謁見はすんだのでしょう?ならば早くクレインへ。王宮内のことは私共の管轄ですから」
端正とも強面というほどでもない、何の特徴のない鉄火面の無表情。
平民によくある薄い茶色と黒みがかった榛の目。
無表情なのに、私と会う時だけ眉間に皺が寄り固く冷たい視線に変わる。
よほど嫌われている。
しかも下は上の真似をする。
他の隊員も私への態度はあからさまだ。
「今夜は泊まるように言われております」
そう言うとますます眉間の皺が深くなる。
「予定にないことは警護の不備になります。陛下が仰られたとしても貴殿ほどの方が気づかないなど。配慮のなさには残念ですね」
私が気を回して動くべきだと非難している。
「申し訳ありません」
揉めるつもりはないので軽く頭を下げた。
「無駄話は終わりにそこを退いていただきたい」
「なぜ?」
「話す必要はありません」
つかつかと私の前に立ち、剣の柄を向けた。
鞘か刃先を向けないだけましか。
「こちらにクレインのご令嬢がおられるというなら確認をします」
「せめて理由を。こちらは陛下の許可を得てご令嬢を休ませています」
「何故みだりにご令嬢が陛下の仮眠室で休まねばならないのですか。あなたの悪癖が移ったのではと心配になります」
「具合が悪かったもので」
同意にジェラルド伯へと視線を移す。
隠せない青筋を立てたジェラルド伯が近衛隊長と私を交互に見つめて頷いた。
近衛隊長の下品な勘繰りがいかんのだが、私の日頃の行いは本当に反省だ。
巻き添えでエヴが疑われている。
「確認を」
ジェラルド伯が私と近衛隊長の隙間を抜けて扉を叩く。
「エヴ」
「はい、お父様」
中から応答がある。
「娘はここにおります」
「ここから出ていただく」
近衛隊長の強固な姿勢に眉をひそめた。
「いえ、出来かねます。陛下のお許しを得て、」
「まさか逢い引きの場に使ったわけではありませんよね?陛下の執務室を。あなたまでそんなことをなさったのですか?公爵家の繋がりほしさに?それともご令嬢を使って陛下へ取り入るおつもりですか?橋渡しを頼んだということでしょうか?」
「…なんだと?」
ジェラルド伯の身体からメラッと滾る。
「違おうが何だろうが構いません。ここへご令嬢の入室すること自体が疑われても当然なのですから」
「クレインを、愚弄するか?」
「いいえ、あなたご自身が疑われることをなさったのです」
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