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肉球

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室内は暗い。
隣から差し込む蝋燭の明かりがあるだけだ。
「エヴ?」
「…はい」
隣の執務室より狭く半分ほどもない。
中央に置かれたベッドに腰かけて小さく足を畳んで丸まっていた。
隣にヒムドがぴったりと寄り添ってこちらを見上げて鳴いた。
見上げエヴの頬にかぴかぴの涙の跡が残る。
「すいません。また泣いてしまいました」
すぐに膝をおろして立ち上がると頭を下げた。
「陛下にも謝罪をしたいと思いますが、面会のお許しを、」
「今は他の案件で動いている」
「…分かりました」
静かな部屋でヒムドの尻尾がぱたんぱたんとシーツに叩く音だけ。
エヴは下げた頭を上げない。
「顔を見たい」
「会わす顔がありません。陛下の御前で、二回も、あんな、ふわ、うぷ」
尻尾を掴んでエヴの下げた顔に目掛けてぐしゃぐしゃと顔を拭いた。
「な、なんでぇ?うわ、」
「泣くからだ。尻尾が欲しいならやる」
押し付けたらやはり毛皮は落ち着くらしくそのまま抱き締めて顔を埋めた。
「…耳、ください」
「ほれ」
腰を屈めて頭を寄せると顔を両手で挟んですぐに噛みついてきた。
「なんでそんなに噛みたがるんだ?」
「はむ、…落ち着くし、口が気持ちいいです」
赤ん坊のおしゃぶりか。
あむあむと吸いたがるの好きにさせたが、ヒムドの不機嫌な唸り声でエヴがやめた。
今度はヒムドを抱えて猫耳を食む。
毛並みに顔を埋めて柔らかい黒い毛皮の尻尾を掴んで何度も口に当ててなぞっていた。
「そのままでいろ」
立って背中を見せるエヴの髪に触れる。
前回と同じように豪華に飾られた頭の革紐はボサボサだった。
結び目を緩めて紐と絡んで乱れた髪をほぐす。
紐は丁寧に畳んで寝台に置いて手櫛で少しずつボサボサになった黒髪をほどいていった。
意外と大人しく私の手に任せていた。
「ジェラルド伯から何か助言をと言われたが思い付かん」
「…いえ、大丈夫です」
「助言にもならないが、私ならエヴが何者であれ上手く使える。人族でも淫魔でも」
淫魔と口にするとエヴの肩が微かにひくついた。
「人の害にはならない。エヴがどれほど人に有益で、その人となりが献身的でどれほど心根が優しいか知らしめればそれで人は変わる。私に任せろ。思うままに力を奮っていい」
静かに私の言葉を聞いているが心に響いた様子はない。
無理だという諦めと自身の嫌悪感はぬぐえていない。
「グリーブス家とクレイン家。ヤンとダリウス、ラウル、私がいる。布陣としては手堅い。陛下も不機嫌に見せているが、エヴの明け透けな性格をお気に召した。あの方が欲しているのは能力よりも信頼に足る人間だ」
話しているとエヴがヒムドの尻尾を口許に押し付けながらこちらを見た。
ゆっくり振り返ってコツンと胸に額で寄りかかる。
「お耳ください」
また噛みたいのかと思ってエヴの肩に手を置いて頭を下げた。
「ん、」
「え?」
下げてる途中で近づいた私の顔にエヴから顔を寄せてきた。
唇に。
リップ音もなく優しく触れた。
唇を撫でるように、ふわっと。
間違えて当たったのかと思ったのに。
角度を替えて、唇でハムハムと私の唇を柔らかく食む。
思ったより長いエヴのキスに固まった。
硬直する私からゆっくり離れてエヴが抱っこしていたヒムドの前足を持って私の唇に、ぷにと肉球を当てる。
「団長の口は肉球に似てて柔らかいですね」
そう言ってぷにぷにと肉球で揉んでくる。
「…もっとするか?」
「いえ、もういいです」
肉球で私の顔を遊ぶのはやめない。
エヴのしつこいイタズラにヒムドが嫌がって爪を出したので急いで顔を引いた。
引っ掻き傷は誤解のもとだ。
「私はもっとして欲しい」
「…なんでしたくなったんだろ」
「エヴ?」
下を向いて私の声を聞いていない。
一人で首をかしげてヒムドの頭に口を埋めて不思議そうにしていた。
勝手に私の懐に潜り込んで胸にもたれかかって。
何でと呟いた言葉に私も首を捻るが、魔導師長が発した言葉を思い出した。

『身体が成熟したから自然と異性を求める』

それが当たりなら。
もし当たりなら切っ掛けは私ではないか?
封印が解けたのは私と出会ってから間もなくだった。
私に対してだろうか、性に目覚めて男として私は好まれているのか。
自惚れと思えるほど飛躍した期待が胸からあふれて心臓が早鐘のように鳴る。
心臓から頭の芯までガンガンに響いた。
もしそうなら、お互いに。
目眩がするほど嬉しい。
興奮で息苦しい。
怖がりで鈍感で、移り気。
それに世間知らずな斜め上の子供。
頑固で一生懸命で愛情深い努力家。
全てが可愛い私の番。
頭の中はエヴのことでいっぱいだった。
それだけで幸せだと感じるほど。
甘えて寄りかかるエヴの頭を黙って撫で続けた。
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