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天体観測

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「わぁぁ、すごい。綺麗」
陛下の勧めで物見の塔に来ている。
エヴは丸く空いた天井を眺めて星空を眺めている。
紐を引くだけで開け締めの出来る天井の造りにも感動してどうなっているのか質問をしていた。
この星見の塔は二つのそびえ立ち、一つは観測のため。
私達の訪れたここは王家の方々が空を見てゆったり過ごされるのに使う。
そのために調度品は贅を凝らした豪華な品。
無頓着でありながら目の肥えたエヴにも素晴らしさは伝わり一つ一つの芸術品を眺めて感嘆のため息をはく。
エヴが子供というなら子供が喜びそうな物を見せてやると私に耳打ちし、王家の星見の塔への入館が許可された。
小さい頃、陛下に招かれて訪れたことがある。
懐かしいと室内を見渡した。
ジェラルド伯が二人っきりなどやめてくれと抵抗したが、老執事のデオルトが付き添うということと私とエヴを引っ付けたい陛下の勧めに強く否と言えず。
エヴも王家の天体観測所の噂を聞いたことがあったようで興味を持った。
案内をしたデオルトは陛下の意向を察して飲み物と軽い食事を部屋に置くとすぐに退室をした。
ドアの外に待機しているおかげで本当に二人っきりだ。
見張りのヒムドも毛や爪で調度品に傷をつけてはいけないということでジェラルド伯が預かっている。
今はクレインとの連絡用だ。
ジェラルド伯の側に置いておくのが妥当ということもある。
部屋に見とれてひっそりと出ていく気配のデオルトの動きに気づかず警戒心もない。
あれ以来、久しぶりだ。
鳥の腹から出した時。
色魔のちょっかいを払って番だと気づかず膝に抱いて一晩中。
それと比べて今は可愛らしい装いのエヴが隣で私の腕を頼りにして楽しそうに過ごしている。
思い出しながらヒールが下手くそなエヴの手を支えて室内をうろうろするのに付き合う。
「エヴ、楽しいか?」
「はい、とても。空も部屋の中もすごいです。どれも綺麗、うおぅっ、」
何に転んだのかエヴが前のめりによろけて腹を支えて抱き上げる。
片足の靴が脱げて横に転がった。
「く、下手くそ」
「だって、サイズ合ってないですもん」
笑いを堪えてからかうとむうっと頬を膨らませて腕の中から睨むのが可愛い。
顔が緩むが星の薄明かりと小さな蝋燭の明かりでエヴの目には見えないはず。
「なんでそんなもんを選んだ」
「あの砦で揃えられるのはこのくらいです。全部、急だったから」
街でなんとか買い揃えたと答える。
ダンスの練習で履いていた靴はまだましだったが、装いと合わないから選ばなかったそうだ。
隣国との貿易の拠点でかなり大きな街だが、すぐに手に入る既製品となると貴族ではない富裕層向けの品しかなかったのだろう。
言われてみれば今着ているこの筒状のデザインならエヴの極端な凹凸の体型に合わせやすい。
背中と袖はリボンの編み上げで簡単に調節出来る。
腹の下から手を入れて支えているからエヴは前のめりに傾いた。
そのせいで一房にまとめた髪が肩から落ちてしまって背中から腰の長い編み上げを見てその事に今さら気づいた。
横抱きに担いでソファーに座らせた。
戻って転がったままの靴を拾ってエヴの足元に膝をついて、小さい足先と靴を見比べる。
「…靴が大きいかな」
「はい、少しですけど」
薄いストッキングから透けて見える桜色の爪。細い指先。
「どうせ二人だ。無理に履かなくてもいい」
くすぐるように足首をなぞりながらそう言うとしばらく考えて、はっと顔色が変わった。
「デオルトさんは?!」
「外だ」
「なんで?!」
「陛下は私とエヴを結婚させたいからだ」
ブンブンと顔を横に振って慌てている。
触れていた片足もさっと引いてソファーとスカートの中に隠した。
「そんなに嫌か?」
傷ついたとぼやくとエヴが眉を下げて首をかしげる。
「こ、怖いから」
「何度も悪かった。もうしない」
そう言うと意外そうにしている。
「二度としないと言わないところが嫌いなのだろう?」
微かに頷く。
「嫌われたいわけではない。努力する。それならいいか?」
「…それなら、いいです」
やっと態度と声が柔らかくなる。
いつものように膝頭に額を乗せるとエヴの手が耳を撫でる。
「陛下と仲がよろしいのですね」
「7歳からの付き合いだ」
「そう、なんですね、え、と」
何か聞きたそうな気配で口ごもっている。
「陛下がああやって望んでいるが、無理に婚姻させることはない。大丈夫だ」
そう言うとほっとしたように息が抜けた。
「処分はないですよね?監禁とか」
「ああ、ない」
「今まで通り暮らせます?」
「今のところは問題ない」
陛下はジェラルド伯を信用されている。
エヴの幼さに不満はあるようだが嫌ってはいない。
クレインのスタンビードが落ち着けば魔導師長のように王宮勤めになるかもしれないだけだ。
まとめて王宮で預かりたいと仰っていた。
今の臨時兵団のまま一個師団として四人を陛下直属としてクレインから取り上げる形をお考えのようだった。
おそらくジェラルド伯とその相談をされている。
問題はエヴの精を吸う体質と二つ名の執着。
王宮に留めるのは難しい。
クレインに閉じ込めるにも集中した武力を分散させたい王宮としては納得がいかないはず。
陛下がジェラルド伯を信用しようが他の貴族とのバランスもある。
「ありがとうございます。陛下にお話をしてくださって」
「何もしていない。何かあれば番のために抵抗するとちらつかせただけだ。陛下はご理解されている」
人狼は番が絡めば手間な存在だ。
エヴには悪いが、もし陛下が上位種の淫魔であることを理由にエヴへ不利な処遇をお考えなら無理矢理にでも私のものにするつもりだった。
クレイン辺境伯とグリーブス公爵の後ろ楯ならおいそれと手が出せなくなる。
ジェラルド伯が受け入れるかは分からないが、それもひとつの手だった。
「団長は大きいからソファーは狭そうですね」
何のことかと顔をあげるとエヴが私をどかして絨毯にぺたんと座った。
「膝枕です。約束の」
どうぞ頭を乗せてくださいと正座した両の膝をポンポンと叩いた。
「キスは?」
「嫌です。これだけ」
「だろうな」
素っ気ない即答に諦めてよつんばにエヴへと近寄る。
「伸ばせ。曲げたままだと疲れるだろう」
素直に畳んでいた足を伸ばした。
床に座ったままソファーの座面を背もたれに待つエヴの顔を見つめた。
「やっぱりキスしてほしい」
ごねたらいける。
エヴは押しに弱い。
いつもヤン達に甘い。
私もどこまでいけるかと試したくなった。
「…頬っぺたなら」
眉をひそめて悩んだあと小さく、前もしたからと呟いた。
どうやらここまでは許容範囲らしい。
「してくれ」
エヴの頭を二つの腕に囲んで座面に手をついた。
しやすいように顔の前に頬を向けると優しく唇を当ててきた。
このまま抱き締めたいが髪型が崩したくない。
エヴを困らせるのは嫌だった。
代わりに手をついた座面をぎゅっと握った。
「…エヴ」
「え?はい?」
しばらくして名前を呼んだ。
すぐに離れてしまうと思ったのに。
何度も角度を変えて当てられた唇に堪えられなくなった。
嬉しくて目眩がする。
「もういいですか?」
エヴの問いかけが分からず、きしむ首を回して顔を覗いた。
「昨日、いっぱいしてって言ったから」
不思議そうにする私に首をかしげてそう答える。
昨日の腕相撲のことと分かって納得した。
「…してくれるならもっと欲しい」
ねだってエヴの鼻に自分の鼻を当てた。
ひくっと一瞬身をすくませたが、エヴから顔を傾けて頬に唇を寄せてくる。
じっとしているといつまでも。
頬に、鼻筋に、目元に、唇の端に。
また顔を傾け直して反対の頬にも。
緊張して苦しい。
「…エヴ」
息がつまる。
思わず名前を呼んだ。
「終わりですか?」
目元に唇を当てたまま喋ってくすぐったい。
目を開けて目線を向けるとエヴの柔らかい視線が絡む。
嫌がっていない。
まだねだっていい。
「いや、まだだ」
「はぁい。…ん」
「あ、」
自分から、初めて私の唇に重ねてきた。
目を開けてエヴの顔色を伺った。
ぽやっとした表情で目をつぶっている。
どこにキスをしているのか分かってないのかもしれない。
ああ、肩を抱きたい。髪を撫でたい。もっと深くキスをしたい。
また頬へと移動したから唇を追って顔を傾けた。
何度も重なるとさすがにエヴの目が開いた。
驚いたように目を見開いて小さく、あっ、と重なった唇が開いた。
終わりかな、と寂しさに眉が下がる。
ゆっくり重なっていた唇を離して見つめていたら、エヴの目が柔らかく細く弧を描いた。
「団長、自分からするのは怖くないです」
「ん?」
チュッ、と唇へまたエヴから。
「もう少しします。楽しい」
何度もリップ音を鳴らして唇に。
「ん、た、楽しい?」
「楽しいです。気持ちいい」
熱かった顔がもっと赤くなった。
「エヴ!」
肩を抱き寄せて強引に唇を貪った。
勢いに崩れて絨毯に倒して。
「ん、あっ、ん、んんっや、やだ、だ、ん、ちょ、やめ、」
手が薄い腹をなぞって胸へ。
柔らかい房をふにふにと掴むとエヴが慌てて顔を背けた。
「や!」
「いっ、」
顎を持ち上げられて首から、ぐぎっと鈍い音が鳴る。
ぱき、ぱき、と小さく金鳴りも。
涙目に睨まれた。
「…馬鹿犬」
「…すまん」
足の間に身体を割り込ませ片方の手はしっかりスカートを捲って太ももに手を添えていた。
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