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精霊

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日が高くなり昼の鐘が鳴る前にエヴのもとへ向かった。
知らせるついでと様子を見に行くのにちょうどいい。
多少、回復しているなら仲直りに食事を共にしようと思い立つ。
あの場ですぐ知らせに動くのは肯定を示すようで抵抗があった。
何より用心深い魔導師長が天幕に残した魔法が消えてからにしたかった。
いつも通りにエヴの部屋へ進む。
階段を上がったところで屋敷に音もなく揺れるだけの妙な地響きが起きた。
初めて体験する現象を不審に思いながら扉を叩くのに返事がない。
代わりにまた床が揺れてどうにも揺れのもとがエヴの部屋からだ。
回らないドアのぶに諦めて、内心申し訳ないと謝りながら扉の面に手をかけて一気に破壊して中に入った。
ぎょっとするほどの緑の葉と太い幹が溢れて中に入れない。
「エヴ?!いるのか?!」
中から微かにヤン達の怒鳴り声が聞こえた。
「こいつ、千切っても伸びてくるぞ!」
「もー!やだ!何なんですか!しつこい!」
「魔導師長!どういうことですか?!」
「ダリウス!あんたの馬鹿力でどうにかしなさいよ!ヤンもいつも偉そうなくせに捕まってんじゃない!」
四方からヤン達の怒鳴り声が聞こえ分断されていた。
丸くて固いこの葉は見覚えがある。
「ククノチか?!」
ごぉごぉと風のとどろきが部屋に響く。
「ははは!面白いものをご覧にいれるといったでしょう?」
魔導師長の哄笑に私も枝を折って中へ飛び込んだ。
バキバキと音を立てて声の中心を目指す。
「やああ!やだやだやだぁ!」
エヴの甲高い悲鳴に先を急いだ。
中央は空洞になっていてククノチの枝や葉に窓は塞がれて真っ暗だった。 
その暗闇の真ん中に相変わらず変身を解いた魔導師長が仁王立ちに、逆さに宙吊りのワンピースが捲れてあられもないエヴと向き合ってるのを見て、すかさず腰の剣を抜いて魔導師長目掛けて投げつけた。
「やあ、カリッド」
刺さる前に一瞬で周囲をうごめく大木が魔導師長の庇って、幹で剣先が受け止める。
「遅かったね。先に始めていたよ」
「団長も仲間なの?!ばかばか!」
「そんなわけあるか?!」
逆さに落ちる髪を揺すりながら必死に捲れて落ちるスカートの裾を足の間に押さえて巻き付けている。
「ククノチ!どけ!」
魔導師長を殴ろうと飛び出すと目の前にククノチが立ち塞がってまたごぉごぉと。
いつもと違う大きな音に何を訴えてるのか分からない。
「やだ!触んないでよ!やだやだ!」
ククノチの背後から聞こえた声に身構えて拳を振って見上げるほど大きくなったククノチを横になぎ倒せば、魔導師長がぶら下げられて晒したエヴの素足に触れている。
「この、くそじじぃが!」
「まあ、待て。カリッドは本当に短気だなぁ。番だから当然だけど、レディの正体を確認しないと」
国と陛下に仇なすかどうか、と呟く。
もう少しという距離なのに次々目の前に絡んでくる幹が行く手を阻んで近づけない。
「ふぅん、随分器が大きい。魔力循環器も太くて力強い。破れて修復した跡がある。どちらも長い時をかけて無理に広げてるね。それに変わった魔力だ。かなり濃い。ここまで濃厚な魔力ならあれだけ瞬間的に火力を上げられるのも納得。でもおかしいな。清い魔力なのになぜ別に淫の気が混じってるのかな?本性を出してもらおうか、レディ」
「ひあ!あ、やっ、やあっ、あああっ」
エヴの鳴き声に血が昇った。
手足に絡んだ枝も目の前を阻む幹もまとめて抱き込んで前に踏ん張って突進した。
守護持ちのエヴなら巻き込んでも怪我などしない。
そう思ったから魔導師長ごと押し潰す気になった。
「ぐっ、カリッド!お前!」
幹に挟まれてさすがに驚いている。
「ダリウス!千切っても無駄だ!エヴの声の方まで幹ごと押せ!」
ダリウスに私と同じようにしろと指示を飛ばすと幹と枝の壁がもこっと膨らんで勢いよくこちらに伸びてきた。
「邪魔は困るよ。これは私の務めだ」
呪文を唱えると枝と幹が人形に変わる。
髪の長い細身の少女の形をした人形が3体。
それぞれ違う容姿を持ち、動き出して喋りだす。
魔導師長の精霊だ。
器に乗り移って魔法を操る。
『シモンの邪魔はだめよ』
『許さない』
2体が私達に対峙し、もう1体がエヴを捕まえた。
『あなたはこっちよ。ちょっと調べるだけ。シモンは優しいから。スケベだけど』
「何を調べるの?!何にもしてないのに!」
「ドリアドネ、捕まえていろ」
『早くして、この子力が強い。ひ、きゃぁぁぁ!』
「ドリアドネ!?」
『いやぁ!シモン!助けてぇ!』
一気に乾燥した身体となり割れていく。
繋がっていた他の2体も同じように苦しみ出してククノチの悲鳴も上がる。
乾いた木の枝が広がってヤンも囲いを破って出て来た。
「レディ、あなたの仕業か」
がっぷりと枝に噛みついて、おそらく精力を吸い上げている。
「ククノチを殺されては困るよ」
その言葉を聞いてエヴが、はっと口を離したタイミングで呪文と共に腕を強く上から下に薙いだ。
微かに起こった風が部屋の中で強まり嵐のようになると風の流れが凝縮し、先程の少女とはまた違った大人びた人形が生まれた。
「シルフィ、頼むよ」
『こんな強そうなのばっかり、無茶苦茶言わないでぇ』
手をこちらに向けるとかまいたちがいくつも襲ってくる。
しかしトリスの強い羽ばたきとダリウスの突風を巻き起こす両断で風が押し流された。
『やだ、無理だわ。相性悪いわねぇ』
「そう言うな。補強するから」
距離を縮めて魔導師長を襲うのにまた風の人形がかまいたちを私達に送る。
今度は金の光をまとって薙ぎ払うことが出来ずにかすって怪我をしてしまった。
「やめてよ!」
「な?!わ?」
いきなり魔導師長の身体が自身の影に吸い込まれた。
『シモン!?』
暗かった部屋は萎れたククノチの枯れ木を残して塞がっていた窓からは日差しが射し込んでいた。
やめろと叫んだエヴを見ると影の中から驚く魔導師長の胸ぐらを掴んで引きずり出している。
「これは、影渡りか?ん、ぐっ、」
ごんと衝撃音と共にエヴが口に噛みついた。
ばつん、と紐の切れた音。
直ぐ様ガクンと魔導師長の頭が後ろに倒れた。
前回、ラウル達にしたように術式を叩き込んだわけか。
またそうやって他の男とと腹が立つが、今回は自分の役立たずさが原因で悔しくなる。
『や、やだぁ、シモンがやられちゃったわぁ』
「まだだよ」
すぐに顔を上げて魔法縄を展開する。
目の前のエヴの顔を掴んで目を覗き込み、くわっと開いた魔導師長の瞳の色が赤く染まった。
「この訳の分からない本性を引き出す」
『時間稼ぎね、任せて』
異変に気づいて二人に駆け寄るがシルフィと呼ばれた人形がかまいたち混じりの竜巻でエヴ達の周りを囲う。
ヤンとダリウスがシルフィを切りつけてヤンが再生出来ないように核となる魔力を吸った。
それと同時に部屋の空気がどんっと重くなった。
「ひぃぃっ」
トリスが慌ててその場から離れて壁にへばりつく。
私達も近寄れずに遠巻きに二人を見つめた。
「人族でありながらもとの性質は淫をまとった神龍でしたか。上位種の、亜種」
「だから、何」
「く、」
溢れる魅了と威圧。
特製の魔法縄がぼろぼろと崩れるほどの。
淫魔が持つ角と神龍の眼を中心に顔には水色の鱗が走り、裾から大きな尻尾がとぐろを巻いている。
金の細長くなった瞳孔が光ると魔導師長が苦しげに呻いた。
「調べるってこれのこと?それだけのためにこんなことしないで!早く戻してよ!こんなんじゃお父様達の側にいられない!」
強まる圧にトリスの悲鳴が部屋に響き渡る。
ダリウスが髪の毛をむしって叫び続けるトリスを押さえてヤンがドレインで失神させた。
「早くして!」
それに気づいたエヴがトリスへと焦った顔を向けて魔導師長の胸ぐらを掴んでガンガン揺さぶった。
呪文が言えないと肩を掴んで止める。
エヴが手を離してやっと呻きながら呪文を唱えると角が小さくなり、金の眼が紫に戻る。
溢れた威圧感が収まった。
「トリスは大丈夫?」
「様子を見ないと分かりません。発狂しかけていたようですが」
私はその間に魔導師長を後ろ手に押さえたのに、その姿勢のままバサバサと手元から鳥が幾重にも飛び出した。
「悪いな、カリッド。陛下への上申は義務だ、ぐっ!」
「…そうでしょうね。エヴ、ヤン、明後日辺りまで不在にする」
鳩尾を殴って静かにさせた。
直ぐ様ぐったりとなった魔導師長を肩に担ぎ上げて外に向かった。
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