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起床

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ガタガタと誰か派手に転ぶ音で目が覚めた。
「…なんだ?」
起きると尻尾に引っ掛かりを感じて目の前には横の机に引っ掛かって尻餅をついたエドが視界に入った。
目を丸めてこちらを見つめている。
両手で口を押さえたまま。
何事か分からず眉をひそめた。
机に転んだらしいことは分かる。
エドの背中に押されて置いていた場所よりかなり斜めにずれている。
「なんだその顔は。様子を見に来たのか?ふぁ、」
欠伸しながら違和感のあった尻尾を見ると私も固まった。
「…わけが分からん」
違和感の正体はエヴだった。
金髪ではない黒髪のエヴが尻尾を抱き締めて眠っている。
掛布を急いで引っ張り、裾から丸出しの太ももにかけた。
トリス達の見張りになってから普通の令嬢らしい格好で休むのだろうと察したが、それより影送りなら消えるんじゃなかったのかと心の中で叫んだ。
「エド、ヤン達に、」
「失礼しましたぁ!」
事が起きたと誤解したエドが慌てて叫んだので寝台から飛び出してエドの頭を地面に押し付けた。
「あだだ、」
「やかましい」
天幕から出ようと背を向けていたので背中に乗って潰した。
「静かにしろ。私も混乱してるんだ。騒ぎを大きくするな」
そう言うとこくこくと頷いて静かになった。
しばらく考えてエドの耳元へ顔を寄せた。
「おそらく夢魔の能力でこちらに来た。ヤン達の見張りを抜けられるはずがない」
ため息を吐きながらエドから降りて寝台に丸くなって眠るエヴを覗いた。
尻尾をいきなり取り上げたのに起きた気配はない。
まだすやすやと寝息を立てて熟睡している。
「ラウルが把握しているはずだが」
そこまで口に出して魔導師長が側にいたら無理かと思い至る。
どのタイミングで治療しているか分からない。
こんな早朝からはないと思うが迎えに来ないのはおかしい。
分かった時点で先にエドに取り次ぎを求めたはずだ。
「…まさかと思うが、あちらが騒ぎになってるかもしれん。急いで知らせてこい」 
エドに指示を出していると外からジェラルド伯から使者ですと見張りが声をかけてきた。
茫然として役に立ちそうにないエドは放って垂れ幕に小さく隙間を開けた。
青ざめて疲れた顔のヤンが立っていた。
「何も言うな。入れ」
何か言いたそうに口を開けたが、話す前に狭い隙間から招く。
「人払いだ。見張りのお前らも離れろ」
見張りにそう告げて垂れ幕を閉める。
耳を側立てて足音が離れるまで待った。
周囲に気配がないことを確認してから後ろを振り向く。
ヤンは頭を抱えて寝台に丸まるエヴを見つめていた。
「エヴが消えたのはいつ頃だ」
「半刻ほど前です。トリスが知らせに来ました」
「そうか。こちらには時間は分からないが暗いうちに影送りでエヴが来た。勝手に消えると思っていたので放って眠っていて、本体が来ていることは知らなかった。私が起きたのも先程で気づくのが遅れた。知らせずにすまない」
悪気がないと伝えるが、目を伏せて不信感を隠そうとしている。
「…いえ、お迎えが遅くなり申し訳ありません。ラウルがいれば良かったのですが、今朝はもうすでに魔導師長の治療が始まってすぐに頼めませんでした。先程やっと分かりました」
そうか、と軽く返事を返してさっさと身支度を始めた。
鎧を着て手拭いで顔を拭く。
「色魔の能力なら影渡りだろう。その辺は専門家に任せればいい」
支度を済ませて寝台のエヴの肩を揺する。
「起きろ」
「ん…やだぁ」
「ここは私の天幕だ。そんな格好でここに居座るな」
「や!眠い!」
ぱちんと手を叩いてごろんとうつ伏せにますます丸くなる。
「ヤン、起こせ。まだ回りは昨日の酔いで起きていないはずだ。今のうちに連れて帰れ」
「失礼します」
お互いに無表情を装ってるがかなり怒っている。
こちらはエヴの醜聞を心配しているのにこの態度だ。
腹が立つ。
ヤンも同じだ。
それとは別に悋気も起こしている。
当たり前だな。
部屋を抜け出して私のところに来ているのだから。
エヴを仰向けに転がしてばちん、ばちん、と片頬を強めにはたいている。
いくら守護持ちで大丈夫とは言え思ってたよりも乱暴なやり方にエドと二人で固まった。
「んー!もう!何?!あ、れ?」
がばっと勢い起きたが、昨日のせいなのかすぐに倒れた。
「あれー?くらくらする」
起き上がった拍子にめくれた掛布をヤンが顔をそらしてかけ直している。
夏用の薄絹だ。
形が見える。
「まさかヤンの平手のせいじゃ、」
「昨日のせいだろう」
エドが心配して声をかけたが私が否定する。
「エヴがこの程度で脳震盪を起こすはずがない」
「ご説明をありがとうございます。エヴ様はこの強さでないと目を覚まさないので」
「尻尾は?」
「は?なんだ?」
ヤンが憮然と答える中、エヴのすっとぼけた声に思わず眉をひそめて聞き返した。
「尻尾がない。抱っこしてたのに」
「それ目当てでここに渡ってきたのか」
納得して寝台に荒っぽく腰かけて尻尾でエヴの顔をバサバサと叩いた。
「わ、ぷ、」
「…早く帰れ」
不機嫌に伝えるのに尻尾を掴んで幸せそうに笑う。
「ふわふわぁ、わ、うぷ、」
腹が立ちに上からグリグリと押さえつけたら手が離れたのですぐに取り上げる。
「しゃきっと目を覚ませ」
「はぁい、ふああっ」
寝転んだまま目をこする。
欠伸をして呑気さは変わらない。
「いいと言うまで静かにしてろ。返事はいらん」
「わ、」
下に敷いてある大判のシーツで頭から足先まで包んだら肩に担ぐ。
「行くぞ」
エドにまた戻ると声をかけてヤンを連れて外へ出た。
「私が持ちます」
「いい。さっさと運ぶぞ」
大股に歩くと身長さからヤンは少し小走りになる。
「…暑いぃ」
「やかましい」
シーツの中からエヴの呟きが漏れて言い返した。
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